「オレ辞める」
そう聞いたのは昨日のことだった。
「辞めようと思う」ではなく、「辞める」である。
よく三文週刊誌に「○○離婚!!」の後に”へ”とか”か?”とかが虫眼鏡サイズで付いてるが、今回は、ヘ、も、か、もない。
確定のようだ。
どうやら辞表提出済み。受理も時間の問題だという。
物流部門のボスは絵に描いたような、ボスキャラである。
といってもミナミの帝王にでてくる様な「かっこいいボス」とは一線を介している。
体格はよく、といってもお相撲さんの流れにある体だが、顔は日本人離れした大きな目。
唇は分厚く、脂ぎった鼻頭にはほくろがやたら多い。
そう、やたら。
なんといってもトレードマークはオールバック。
1世代前のやくざといった感じか、もしくは自己管理の下手なマフィアだろうか。
水無瀬はそのボスが嫌いではなかった。
仕事の出来る人間だったし、なによりも明るかった。
部署は違えど、会えば何かしら話をしていた。
そしてその言葉の端々に、伊海への期待がこめられていたのを、よく知っていた。
もちろん「なぜ」という質問がでる。
これから、伊海はこの「なぜ」という質問に何十回と答えなくてはいけない。
お世話になった上司、先輩、そして両親・・・。
あまり良いニュースではない。話をするのにも骨が折れるだろう。
そんなことをもわかりながらも、水無瀬は躊躇無く聞いていた。
「何故なんだ」と。
「バックパッカーがしたい!」
答えはシンプル。
同期たちは、さらに質問を深めていく。
いつ辞めるのか、旅はどこに行くのか、物流のボスは何て言ったのか・・・。
伊海は大きな決断をやりきったかのように、ハキハキと答えている。
水無瀬は上の空で聞いていた。
先ほど聞いた言葉が、幾度も幾度も頭の中を反芻していた。
「バックパッカーか・・・」
今朝掃除した社屋は元通り、落ち葉で黄色く染まっていた。