「須賀さんって今まで一人でご飯食べてたんですよね」


不意に、目の前で箸を動かす彼女が尋ねた。辺りを確認しそうになって思いとどまる。どう考えても、この資料館には僕と彼女――――神崎シオリさんしかいないのだから、この質問は僕に向けられたものでしかない。

口に運びかけて止まった黒いお米を、一気に口に押し込んでもぐもぐと咀嚼する。返事することは無かった。返答するのに使う声は枯れ果ててしまったのだから。

数日の同居生活で慣れてしまったのか。僕のこういった対応にもあまり動じない彼女は、僕と同じようにお米を口に運びながら箸を止める。僕をじっと見つめ、うーんと悩みながら言った。


「一人でご飯食べるの、寂しくありませんか?」


カラン。

床に箸が落ちる。僕の箸だ。


「あっ、大丈夫です?」


僕の箸を拾うと、席を立って箸を洗う。洗った箸をこちらに渡すと、記憶を無くした僕の幼馴染…しぃちゃんはにっこりと悪びれも無く笑った。

本当に彼女は僕の痛いところをつくのが得意だな。そんなことを思う。何を理由にこんなことを聞くのか分からなかったが、ちっとも怒らずに彼女らしいと呆れる僕も僕だ。

この質問は返答すべきものだろうか。それとも沈黙で押し通すべきものだろうか。脳みそが咀嚼と一緒に動く。

ごくんとご飯を飲み込んで、僕はポケットから使い慣れたメモ帳を取り出した。

なんて書こう。嘘、ついてもバレやしないだろうけど、それではしぃちゃんに悪い気がする。

もう既に『帰れ』と自分の気持ちに嘘を吐いている分、これ以上心に背を向けたくなかった。


『今は、貴方がいる』


最後まで書いてはっと前を向くと、メモを見せる前に彼女がテーブルから身を乗り出してこちらを覗きこんでいた。ぶわわっと突如体中に駆け巡る熱を唇を噛むことで押えつける。

メモは急いでポケットに隠して、残ったご飯をいつもの倍以上の速さでかき込んでいく。途中で変なところに入って咳き込むと、しぃちゃんが抑えられていない笑みを零しながら僕にコップを渡してくれた。


「ふふ。須賀さん、なんだか面白いですね」

「……」

「やっぱり誰かとご飯食べるほうがおいしいし、楽しいですよね。…ちょっと嬉しくなっちゃいました」


私がいるって言ってくれて。

テーブルに肘をついてこちらを見つめてくるしぃちゃん。少しだけ上目遣いに見えて、僕はやっぱりすぐ彼女から目を離してしまった。ああ、これでは彼女のペースだ。

本当はいけないと分かっているのに、彼女からのコミュニケーションを拒めない。鬼にもなることが出来ない僕が、この先本当に彼女を守れるのだろうか。


「ね、須賀さん」

「…?」

「さっきのメモ、頂けませんか?」

「…!」


ダメです?

そう言われて、ダメな理由を脳みそがぐるりと検索しはじめた。が、彼女を納得させそうな理由が検索結果に挙がってこない。

メモを見て何かの拍子に記憶が蘇ってしまうから、なんて理由は絶対に言えないし、字が汚いから、なんてものは彼女が否定して納得しないと思う。

そこで僕は、メモにさっと一言綴った。


『恥ずかしいのでダメ』


そのメモも書いてはすぐにポケットにしまった。自分にいたたまれなくなってまた彼女から視線を外す。ここ最近の僕は視線があちこちに飛んでいる気がする。

早く帰ってほしい。しぃちゃんには早く正しい日常を送ってもらいたい。こんな村にいないで、早く。


「あはは!須賀さんって案外照れ屋なんですかね。いや、これは馬鹿にしているとかではなく、須賀さんのことをもっと知りたいと思うのであってですね」

「…」

「迷惑、でした?ごめんなさい、調子のっちゃって…」

『迷惑ではない』


メモに淡々とそれを書いて、僕は空になったお皿を流しに置いた。

背中に、彼女が楽しそうに微笑む声が聞こえる。僕は耳に熱を感じながら蛇口を捻った。

ああ、明日の食事時、また彼女にやりこめられて調子を崩してしまうかもしれない。

早く用事を済ませて、帰って、しぃちゃん。


<何を食べるかじゃなく、誰と食べるか論>


(その日、久しぶりに僕の頭に『団欒』なんて言葉が思い浮かんだんだ)