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まずはメインとなる富岡製糸場のお話です。訪問したのは2022/3/6です。ここは少し長くなるので前編後編にわけます。ここ以外は1話ずつで終わる予定です。
富岡製糸場には興味があったものの、世界遺産登録されてすぐは相当混んでいると思ってしばらくは近くは通るものの、足が向きませんでした
結果的に登録から8年経ってからの訪問となりました。
行く前にスタバでラテを購入。
上州富岡駅の近くに公営の駐車場があったのでそこに止めて歩きます。富岡製糸場までは距離があります(徒歩12〜13分)が、今でも無料で駐車できます。
上州富岡駅。市の中心駅ですが建物が寂しいですね
わざと路地を通って行きます。こういうところはスナック街なところが多いんですよね。
今では想像もできないと思いますが、固定電話の加入はかなり高額です。今は携帯電話を持てばいいですから固定電話はよほどのことがない限り入りませんね。今は固定電話は勧誘と特殊詐欺の温床でしかないですから。
昭和な公衆便所が残っている
入口はこちら。もちろん男女共用です。いわゆるジェンダーレストイレですね
「21世紀への街づくり壁画」の文字がじわじわきますね。21世紀になって20年以上経っていますし。
富岡製糸場に着きました。看板は年季が入っているように見えますが、「世界遺産」の文字があるのでつくられて10年経っていないです
旧富岡製糸場と「旧」がついているのは、現在は稼働していないからです。とはいえ1987年まで現役と、比較的最近まで稼働していたのです。1987年を最近というと、ジェネレーションギャップを起こしかねない
富岡製糸場はもともと官営(国が運営)だったのですが、そのあと片倉工業などの民間に移管し、操業停止まで運営していました。操業停止後、富岡市に譲渡されこんにちに至ります。建物は無償、土地は有償だったらしいですね。
入場料は1000円ですが、確かJAF割引使ったために900円でした。JAFの年会費を少しは元取らんと
入口を通った先。
検査人館とありますが、フランス人技術者の宿舎です。ずいぶん立派ですね。富岡製糸場自体、フランスの技術が使われていますから有識者としてVIP待遇なんでしょうね。
そういえば渋沢栄一の話が出てきていませんでしたが、富岡製糸場の総責任者で初代場長だった尾高惇忠は渋沢栄一と従兄弟の関係であり、渋沢栄一の生家近くに尾高惇忠の生家もあります。渋沢栄一自身も富岡製糸場に携わっていました。
一方、男子寮はこんな入口。格差がすごい
こちらを見るとそこまで酷くないか。
東置繭所と何やら建物がある。東置繭所については後編で話します。
ここには高圧変電機があります。木造の建物とのギャップがすごい。
繰糸場(そうしじょう)。ここで糸が作られています。ある意味富岡製糸場メインの場所といえますね。
内部は広く長い。ここに機械がびっしり入っています。
機械があるといっても相当な人数が作業に携わっていたことが想像できます。ここで働いていた工女については後編で話します。
ということで、後編に続く。
後編はこちら↓