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Minahei

ライター戸塚美奈のブログです。

この漫画の主人公、クミコは、カナダに住む日系人。76歳。娘が探してくれたケアホームを脱走し、気ままな一人暮らしを始めるが、そこには執拗に死神のような影が追いかけてくる。

死の淵でコインを差し出す、六文銭を思わせるアイテムや、クミコさんの肉感的なビジュアルに、なにか日本の土着的なムードが感じられる一方で、クミコさんはMacのノートパソコンを軽快にあやつるし、娘は行方のしれない母親をSNSの動画で発見する。設定はあくまで現代的で、その対比がどこかシュールでおもしろい。クミコさんはバイセクシュアルだが、軽々と乗り越えている。ポリティカルコレクトネスを持ち出す隙もなく、痛快この上ない。

 

クミコさんは死神と格闘。日系人らしく、塩を使い、とりあえず死神一匹掃除機に封じ込める。死の影を振り払おうと画策するクミコさん。けれど、ケガをしたことをきっかけに、人の手を借りることになる。ついに元カノにも連絡をとって……。

 

腎臓を提供した娘の母親への過剰な心配をうるさがりながら、自分は夫だけを死なせてしまった罪の意識をぬぐえずにいる。頭でっかちなタイプで、人間関係も早いうちに断捨離してしまったらしい。そんなクミコさんが、再び人とのつながりを頼りにし、希望をもつ過程が描かれている。

高齢になったとき必要なものは、行き届いたケアホームや病院ではない、何より本人の生きる強固な意志、そして、友人たちなのだということ。

愛する人を失ったとき。自らが死の影に追われているとき。そんなときどうしたら希望を持てるのかのヒントがこの本にはあると思った。

塩とコインと元カノと  原作ヒロミ・ゴトー 画アン・ズー 訳ニキ・リンコ 生活書院

 

 

原作は、著者のオバアチャンをモデルにしたものだという。原作も読んでみたい。

 

先日ブログに書いたようなことを、養老孟司先生も言っていた。

今の医療では、担当医師はパソコンだけ見て、患者の手も触らない。現場では検査の数値だけが事実になっていると。全く同じことを父も送ってくれたメールでぼやいていた。モニターばかり見て患者を診ない。採血してセンターに送り、出てきたデータを配って一言、だって。

 

養老先生は、この世の中では「統計」だけが「事実」で、生身の顔色、機嫌、声、匂いはすべて「ノイズ」になっていると言う。本人だとわかっているのに、身分証明書がなければ本人と認識してもらえない。もはや本人でさえ「ノイズ」になっているのだと。

<東洋経済オンライン2023.2.7 養老孟司「健康診断に一喜一憂する人がはまる罠」数値だけで判断して身体の声を聞かないのは危険>

 

養老先生の言うノイズ、とは、数字では拾えないもの。

ノイズ、とは、つまりは「自然」ってことかな。

わからないことがいっぱいあるし、予測不能で摩訶不思議、想定外のことが起こるということ。

人間は自然の存在で、何かしたら決まった物が出てくるロボットじゃない。

人体はナゾに満ちている。

たくさんの不思議なことがある存在の中で、やっとのことでわかってきたほんの少しのコトを頼りに、西洋医学というものは成り立っている。

脳だって、遺伝子だって、わからないことだらけなんだから。

 

夫が毎朝血圧を測っている。

病院での検診で、少し高めの数値が出たため、薬は処方されなかったが、血圧手帳を処方?され、「毎日測ってくださいね」とのお言葉。それをまじめに聞いて毎朝ドキドキしながら測っているのだから大変だ。

「わあ、どうしよう180もある、オレ死んじゃうよ」一曲歌ってから測るといいとか言って歌い出したり、排便のあとなら下がってるとかいろいろ試したり、毎日3回くらい測っている。そのうち、「どうしよう!120なんて出ちゃったよ!?」と言い出す。

要するに、血圧は、日によって、その場その場でどんどん変わる。気温が低ければ上がる。そのくらいの相関関係はあるが、どう考えても数値が何か夫の健康状態に意味をなしているとは私には思えない。

夫の血圧が高いと言われて、「こうすればみるみる血圧が下がる!」的な本を読んだけれど、はっきり言って、減塩しなくても下がるときは下がっているし、上がるときにはどうしたって上がってる。

 

半年たって病院に行ったとき。

先生「どうですか、測ってますか?」

夫「はい、持ってきました!」

自信満々に、日々の記録をとった血圧ノートを差し出す夫。先生おもむろに受け取るとパラパラめくり、興味深そうにながめる。お医者さんってこういうデータ好きだよなぁと思いつつ、固唾をのみ、主治医の言葉を待つ。さぁ、このデータからどんな診断が?

「・・・まぁこれならお薬はいらないですね」

そんだけ~?

 

血圧を測ることって、何か意味があるんだろうか? 

毎朝ドキドキしながら測っている夫に、「もうやめれば」と言っているんだけれど。

夫は心配症だ。

昨日も、「雪が降ったらどうしよう?」とずっと心配していた。

「どうしよう、って、もう雪だから在宅にしたんでしょ?」と言うと、「でも明日積もって、それで雪かきとかしなきゃいけなくなったら、どうしよう」

「そんなの、積もってから考えればいいことでしょ? 雨で溶けちゃうかもしれないのに今から心配してもしょうがないでしょ」

「はいはいそうでした、『心配してもしょうがないことは、心配してもしょうがない』」

 

私が口癖のように夫に言うもので、覚えてしまっているのだが、夫の心配癖はなかなか直らない。

仕事の場ではその心配症がかなり役に立ってることも知っているから、全否定する気はないんだけれど、家庭でこれをやられるといろいろめんどくさいのよね。

 

・先のことを心配しすぎると、不安が強化されて動けなくなるよ

・心配ばっかりしてたら、自分の人生の持ち時間がもったいない

 

と、夫に言うつもりでクレヨンしんちゃんの「折れない心をつくる本」に書いた。

 

そのテーマで、高田ミレイさんが、おねしょが心配なマサオくんと大丈夫だよと励ますしんちゃんの楽しい漫画を描いてくれた。タイトルは「なんとかなるゾ」

漫画が傑作で、そうそう、ちょっと心配事があってもなんとかなっちゃうよね~という気持ちになる。

 

心配がもさっと首をもたげてきたら、

しんちゃんの声で言ってみるといいかも。

 

「なんとかなるゾ!」

 

 

漫画のオチはぜひこちらで↓

火曜日の新聞記事に、「科学的介護」を目指す動きに警鐘を鳴らすインタビュー記事が掲載された。(注1)

インタビューに応じている介護施設長の村瀬孝生さんの言葉が重い。

 

「生活は偶然性やいいかげんなものに満ちていて、データやエビデンスで裏付けられた正しさがベースにあるのではない。」

「ケアで重要なのは、『知る』ことよりも『受け止める』こと」

「目的が先立つ介護は一方的な暴力をはらみやすい。それが組織化されるとなおさらです」

 

21年度から「科学的介護情報システム」(LIFE)の運用が開始された。介護者の負担を減らすためとはいうものの、どうなのか。

身体障害2級の夫は、この記事を読んで「怖い、怖い」と言っていた。

こんなことがまかりとおるようになったら、おしっこが出たい、と言っても、今は出る状態ではないですよ、と判断されてしまうだろう。体がかゆいと言っても、どこにもその症状は出ていません、と言われてほっとかれるに違いない、と。

人の体、痛みや具合の悪さを感じる脳は、そんな単純なものじゃない。そんなこと、ちょっと考えれば誰だってわかるのに、そこは見ないふりで効率重視で判断しようとする。

結局、介護事業所からデータを集めて利用することに大きな商品価値がある、という、誰かさんが金儲けするためのシステムなんだろう。

 

こうした情報産業の話はきりがないのでおいといて。私が大きく首肯したのはこの言葉だ。

 

「介護する側の目的を遂行するために集められたデータで効率が上がるほど、唯一無二の人生を生きた老体は単純ではありません」

 

 

「唯一無二の人生を生きた老体は単純ではない」

ほんとに、ほんとうにそのとおりだ。

 

老人の体をなめちゃいけない。若造なんかより、ずっと強い抗体を持っているのだから。

 

母里啓子先生が大好きだったグラフを思い出した。

2009年新型インフルエンザ流行後に、新型インフルエンザウイルスの抗体を年齢別にどれだけ持っているかを調べた感染症センターのデータ。若い人より、80歳、85歳以上の人の抗体価がひときわ高くなっていた。(注2)

85歳以上の人の免疫は、大正7年に、スペイン風邪のウイルスに感染して以来、ずっと強化されて維持されてきた。そして、新型インフルエンザに対しても効力を示したのだ。

だから、この流行時、高齢者はほとんど新型インフルエンザにかからなかった。

 

自然感染の歴史は個人の体の記憶の中に確実に、人生の刻印として残る。自然感染で得た免疫とは、これだけ長続きし、強力なものなのです、と、母里先生はこのデータを持ち出してよく話していた。

 

インフルエンザの抗体については、2014年にもおもしろい研究があった。

60代の男性にインフルエンザワクチンを接種して、血液中の成分を調べた結果、毒性の強いH5N1型の鳥インフルエンザをも含む、いろいろな型の抗体が作られていたのだ。

この男性は、21歳までに何度かインフルエンザ様の発症をしたけれど、ワクチン歴はなかった。もちろん強毒性鳥インフルエンザにもかかったことはない。それが、2009年のH1N1のワクチンを接種したら、幼い頃の感染を記憶していた細胞から、あらたないろいろな型の抗体を作り、強毒の鳥インフルエンザの抗体まで作ってしまった。(注3)

 

一度自然感染して作られた抗体というものは、さまざまな変異に対応する抗体もつくりあげてしまう。人の体の免疫の力とはなんとすごいものなのだろう。それに比べ、ワクチンで作られた抗体は、ウイルスの変異には対応できない。

残念ながら、ワクチン歴のある人との比較はなかった。

 

 

注1 2023年2月7日 朝日新聞 「科学的介護の落とし穴」

注2 パンデミック(H1N1)2009に対する年齢別HI抗体保有状況(2009年12月16日現在)感染症情報センター インフルエンザ速報2009第2報

注3 藤田保健衛生大 黒沢良和学長 研究グループによる

 

 

タレントの毒蝮三太夫さんのご両親のお話。戦争、終戦、お兄ちゃんたちの復員、映画やテレビ番組ウルトラマンの話……まるで、山田洋次の映画を観ているような面白さだった。

 

「たぬきババア」と呼ばれるお母さん。料理は下手で、家事はからっきし。でも、不幸せな境遇の人や、病気や怪我をしている人に、とにかく優しかったそうだ。近所の目の見えなくなった人を毎日銭湯につれて行ってあげていたという。

「病気の人を見たら、その人はお前の病気を代わって身に受けてくれたのだ、お前の不幸を代わりに背負ってくれている人なのだと、思うんだよ」

この言葉が口癖で、今は毒蝮さんの座右の銘のひとつになっているそう。

 

吉原の近くでやっていたしるこ屋では、お女郎さんたちの身の上話を、ときには一緒に涙を流しながら親身になって聞く。お汁粉の味はいただけなかったようだが、不幸なお女郎さんたちが話を聞いてもらいたくてやってくる。

それを見ていて、少年だった毒蝮さんは学ぶのだ。傷ついた人が本当に喜ぶのは、ただただ親身になって話を聞くということなのだと。

 

後年、毒蝮さんはお年寄りのアイドルになり、ラジオ中継にはファンのお年寄りがやってくる。そのことを知ったお母さん、

「年寄りってのは、義理や人情、伊達や酔狂じゃァ、わざわざやってこないんだよ。おまえと話したくて来るんだから、声のひとつも、ふたつもみっつもかけておやり」

と。

なんでも、年寄りは先にあの世に行くものだから、「マムシさんはいい人だ」といって、神さま仏さまにはご加護を、閻魔さまには目こぼしを頼んでくれるそうだ。

 

すべての人がこうした考えかたをすることができれば世の中が変わるのに……。

 

 

「たぬきババアとゴリおやじ」毒蝮三太夫 学研プラス