火曜日の新聞記事に、「科学的介護」を目指す動きに警鐘を鳴らすインタビュー記事が掲載された。(注1)
インタビューに応じている介護施設長の村瀬孝生さんの言葉が重い。
「生活は偶然性やいいかげんなものに満ちていて、データやエビデンスで裏付けられた正しさがベースにあるのではない。」
「ケアで重要なのは、『知る』ことよりも『受け止める』こと」
「目的が先立つ介護は一方的な暴力をはらみやすい。それが組織化されるとなおさらです」
21年度から「科学的介護情報システム」(LIFE)の運用が開始された。介護者の負担を減らすためとはいうものの、どうなのか。
身体障害2級の夫は、この記事を読んで「怖い、怖い」と言っていた。
こんなことがまかりとおるようになったら、おしっこが出たい、と言っても、今は出る状態ではないですよ、と判断されてしまうだろう。体がかゆいと言っても、どこにもその症状は出ていません、と言われてほっとかれるに違いない、と。
人の体、痛みや具合の悪さを感じる脳は、そんな単純なものじゃない。そんなこと、ちょっと考えれば誰だってわかるのに、そこは見ないふりで効率重視で判断しようとする。
結局、介護事業所からデータを集めて利用することに大きな商品価値がある、という、誰かさんが金儲けするためのシステムなんだろう。
こうした情報産業の話はきりがないのでおいといて。私が大きく首肯したのはこの言葉だ。
「介護する側の目的を遂行するために集められたデータで効率が上がるほど、唯一無二の人生を生きた老体は単純ではありません」
「唯一無二の人生を生きた老体は単純ではない」
ほんとに、ほんとうにそのとおりだ。
老人の体をなめちゃいけない。若造なんかより、ずっと強い抗体を持っているのだから。
母里啓子先生が大好きだったグラフを思い出した。
2009年新型インフルエンザ流行後に、新型インフルエンザウイルスの抗体を年齢別にどれだけ持っているかを調べた感染症センターのデータ。若い人より、80歳、85歳以上の人の抗体価がひときわ高くなっていた。(注2)
85歳以上の人の免疫は、大正7年に、スペイン風邪のウイルスに感染して以来、ずっと強化されて維持されてきた。そして、新型インフルエンザに対しても効力を示したのだ。
だから、この流行時、高齢者はほとんど新型インフルエンザにかからなかった。
自然感染の歴史は個人の体の記憶の中に確実に、人生の刻印として残る。自然感染で得た免疫とは、これだけ長続きし、強力なものなのです、と、母里先生はこのデータを持ち出してよく話していた。
インフルエンザの抗体については、2014年にもおもしろい研究があった。
60代の男性にインフルエンザワクチンを接種して、血液中の成分を調べた結果、毒性の強いH5N1型の鳥インフルエンザをも含む、いろいろな型の抗体が作られていたのだ。
この男性は、21歳までに何度かインフルエンザ様の発症をしたけれど、ワクチン歴はなかった。もちろん強毒性鳥インフルエンザにもかかったことはない。それが、2009年のH1N1のワクチンを接種したら、幼い頃の感染を記憶していた細胞から、あらたないろいろな型の抗体を作り、強毒の鳥インフルエンザの抗体まで作ってしまった。(注3)
一度自然感染して作られた抗体というものは、さまざまな変異に対応する抗体もつくりあげてしまう。人の体の免疫の力とはなんとすごいものなのだろう。それに比べ、ワクチンで作られた抗体は、ウイルスの変異には対応できない。
残念ながら、ワクチン歴のある人との比較はなかった。
注1 2023年2月7日 朝日新聞 「科学的介護の落とし穴」
注2 パンデミック(H1N1)2009に対する年齢別HI抗体保有状況(2009年12月16日現在)感染症情報センター インフルエンザ速報2009第2報
注3 藤田保健衛生大 黒沢良和学長 研究グループによる