兄弟げんか | Minahei

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ライター戸塚美奈のブログです。

今日は最悪の日。

食事の直前に兄弟げんかが始まってしまった。

 

どうしたら、けんかしなくなるのかな。

 
学校の先生に相談したら、

「お母さん、兄弟げんかは止めてください!」ですと。

止めようとして止められるものなら、苦労はせんよ。

仲裁に入ると、どちらも、「何でオレのことだけおこるんだよ!!」と私をなじる。私はどっちの味方もしてないのに。そんで、いつのまにか、怒ってるママが一番悪者になってたりする。

みんなどうやって、兄弟げんか止めているんだろう。先生に聞いたら、

「あるお母さんはよく泣くらしいですけど」

泣いて止めてくれるんなら、それも苦労はないよ、、。

「大学生の兄弟がとっくみあいのケンカをして、壁に穴があいた」

などという話を聞くと、絶望的な気持ちになる。

 

水木しげる先生は、男三人兄弟だけれど、子どものときはけんかばかりしていて、お母さんがいつもキレていたらしい。あまりにはげしい兄弟げんかに怒り心頭に発したお母さんが、ぶすっと包丁をたたみに突き刺したって、、、。だもんだから、水木先生の兄弟は、お母さんのことを「イカル」と呼んでいたそうな。

そんなケンカにあけくれた兄弟も、今はとても仲良しというのだから、、、。

その話に望みをたくし、いつの日か、我が家に平和と静寂が訪れることを願うのみである。

 

兄弟げんかは、しかし、永遠のテーマである。

兄弟という形で血はつながってはいても、相性が悪ければ互いに理解することができない他人にすぎないことは、歴史上の人物や世界中の文学作品で私たちはよーく知ることができるのです。

だから、仲良くなれないのは、仕方ないんです・・・! 

 

仲がいいから、ケンカする。よく言われることだけど、それは違うんじゃないか、と思う。

仲がよければ、やっぱりそんなにケンカしないよ。

兄弟げんかをすると、痛みがわかるから、他の子に意地悪しなくなる? 社会性が育つ? そういう人もいるけど、私にはどうもそう思えない。ケンカすればするほど、心がすさんでいくような気がする。

うちの子どもたちを見ていると、生まれてすぐの子犬みたいに、じゃれて噛みあっているようにも見えるが、もはやそんな無邪気な域をすぎ、家庭内での権力争いをしているようにも見えて恐怖を感じる。

おい、君たち! もう、じゃれる時代はそろそろおしまいだ! もうぼちぼち、兄弟も他人だ、って気づくべきときなんじゃないか?

 

私は、自分が姉で嫌だったので、絶対、上の子をガマンさせるような育て方はするものか、と思っていたけど、今、思うに、それは間違いだったような気もしている。

父が、兄、弟の区別をちゃんとしたほうがいい、と言ったとき、少々むっとしたものの、

兄弟だけど、他人であり、だから礼儀作法をわきまえよ、と教育するためには、兄と弟の区別をつけ、最初から立場を認識させるのが一番やりやすかったなあ、と今にしたら思う。

 

でも、、もう今さらしょうがない。

弟に「兄上」と尊敬させるのは無理だし、兄のほうを、「お前はこの家の大事なあととりだ」と持ち上げるわけにもいかんし。

 

犬のいたずらをやめさせるためには、考えられる原因をすべて取り除き、なるべくそのいたずらをさせないようにし、いたずらしない状態を長くつづけることがしつけのコツだが、それと同じように、すべての原因を取り除き、ケンカをしない状態を、なるべく長く維持するようにするしかないかもしれない。

 

常にケンカの原因にあるカードゲームは、兄弟間でするべからず、というルールを朝つくったばかりだったのだが。

テーブル下にころがっていたボールを足で取り合い、蹴り合いがはじまったのだった。。。ボールは全て片付けました。

もちろん、以前から、おかずは取り合いにならないよう、すべてきっちりとりわけています。

 

明日は平和な一日になりますように、、、、。

 

あああ頭がいたい。