西ドイツから Gute Pad ! -4ページ目

西ドイツから Gute Pad !

あっちこっちの旅の話を中心に、
ドイツ語知識がまったく無い状態で始めたドイツ生活のあれこれ、
異文化エピソードなど気にかかったことを書いています。

自分好みの考え方だったり、うろ覚え情報だったりするのは
あしからず('-^*)/

昨年の花粉症の時期、ドイツでもらった目薬ではかゆみが止まらず、日本から持って来ていた目薬でかゆみが少なくなったので、目薬の成分を調べたら「ケトチフェン」だと判明。内科医で新しい目薬を処方してもらいました。

 

「Zaditen® ophtha」という名前で 成分は「ケトチフェンフマル酸塩(Ketotifenfumarat)」配合。処方箋なしで買えるようです。昨年はかゆみも治まり良かったので、今年も新しいものを開封して使っていましたが、かゆみは一瞬止まるんですがぶり返す。こするのはダメと分かっていても止められない。かーゆーいー!!って感じでした 悲しい

 

お医者に行って違う目薬を聞こうかと相方君が言っていたんですが、日本から持って帰っていた目薬があったのでこちらを試すことにしました。

 

そして、この目薬をさしたら、すぐにかゆみが止まったんです。でも、これはドイツの目薬でも同じ感じだったので、時間が経ったら再びかゆくなるのではと心配していたんですが、次に目薬をさすまでかゆみが治まっていました。

 

1 日 4 回なので、朝、昼、夜、寝る前とさせば、1 日かゆみがとまっている感じです。もちろん、何かの拍子に、あっかゆ!といってこする時もあるんですが、こする時間も短くなって症状は落ち着いている様子です。にじんだ感じに見える時や、目が疲れたように感じる時もありますが、目薬ってこんなものかと思ったり。

 

こちらの成分は「クロモグリム酸ナトリウム」それに加え、かゆみを止める成分「クロルフェニラミンマレイン酸塩」と炎症を鎮める成分が入っているのがいいのかも。ドイツで同じような目薬を探したんですが、単一成分のみのものが多い気がしました。探せばちゃんと症状に合うのもあるのかもしれません。

 

 

次回帰省時に同じのを買おうか、もう少し上のバージョンにしようかとネット検索をしていますが、またドラッグストアの人に聞いてもいいかなと思っています。

 

鼻炎の方は、ドイツの薬で合っているので、こちらはそのまま継続しようと思います。4月も半ばすぎたし、そろそろ目がかゆくなる花粉も落ち着いてくる頃かもしれません。

 

 

※薬が効いたというのは、あくまで個人の感想です。

 

 

 


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エアフルトの旧市街はカフェやレストランがたくさんあって、どこに行こうかとグーグルマップと相談。旅行前に下調べをせず現地で行くのを決定した場所です。

 

カフェ「Klara Grün Café」

 

開店時間がおもしろく、12:06 から 18:02 というなんだか中途半端な時間。12 時からにするとちょっと早目の 11:55 に開けたりすることになるからかしらと想像していました。何か別の意味があるのかもしれませんが(笑)

 

 

そんなに大きくないカフェですが、奥にも席があります。

 

アルバムのようなメニュー。

 

自家製のケーキがとっても美味しく、滞在中に 2 回訪問しました。コーヒーも満足な味でした。

 

中華料理「Mian Dao/面道」

ドームプラッツの近くに中華の麺店を見つけたので行ってみました。

 

 

 

お通しみたいなのも出てきました。

 

ビャンビャン麺のお店のようで鶏肉とか牛肉、豚ミンチがあったので鶏肉を頼んでみました。骨付きの鶏肉と注文時に案内があって骨は問題がないんですが、皮がちょっと苦手だったかも。辛さマークの唐辛子が 1 個だったんですが、最後の方少し辛くなりすぎました。

 

相方君は牛肉のチリオイル煮という辛さマークが 2 個ついている物を選んで、麺を追加で注文しました。美味しかったそうです知らんぷり

西安や蘭州料理と書いてあったので四川料理系でしょうか。チリソースの料理が多いので辛い物が苦手な人には無理かも。

 

ハンガリー料理「Hungarica Exzellent」

 

 

ドレスデンではチェコ料理に行ったので、こちらではハンガリー料理にしてみました。開店時間の 17 時に行きましたが、外は既に 19 時くらいの暗さです。

 

相方君選択、ハンガリービーフグラーシュにホームメイドのダンプリング付き(小麦粉の団子のようなもの)。

 

私はハンガリーシュニッツェル。上にチーズがのっていました。普段食べるドイツのパン粉がついたものとまた違って薄い衣がついていたので、竜田揚げ的な雰囲気でしょうか。食べてから少し時間が経っているので詳細は忘れましたが、それほど油で胃が重たくならず、美味しかった記憶があります。

 

グリル料理「Faustfood」

 

エアフルトは、テューリンゲン州の州都であるということで、名物だという「チューリンゲンの焼きソーセージ (Thüringer Bratwurst)」が食べられる店を相方君が探しました。

 

焼いたソーセージをパンに挟んでもらってすぐに食べたりする人もいて、店名はファーストフードとかけてる??と日本人なら思ってしまうかも 泣き笑い 

 

 

ポテトサラダと焼きソーセージ  2 本。

 

私はソーセージ1本とフライドポテト。ポテトが熱々ほくほくで、ソーセージの香辛料も好きな感じの味でした。他のお客さんが注文している料理もとても美味しそうでした。エアフルトに再度来るなら、最初のカフェとこのグリル店にはまた訪れたいですね。

 

 


我が家の旅行は南北へ行くことが多かったんですが、少しずつ東方面へも足を延ばしていて、今回は、いつものツェレ、北ドイツから、初めましての東部の町、マグデブルク、ドレスデン、エアフルトへ。特にドレスデンは時間が足りないくらいだったので、いつか再訪できたらと思います。

 

10 月も終わり 11 月になると暗く気の滅入る天気の日が多くなり、旅行中も曇りの日が多かったので写真映えはしませんでしたが、観光するには大丈夫でした。そして、今回は相方君が体調を崩したり、どこかが痛くなったりすることがなかったのも良かったですね 指差し

 

デンマークのパン屋さんに行ったことで、コペンハーゲンまで車で行けるかも・・・と、また新たな目的地を考え中です(笑)


誕生日に、マイセンを訪問できるように日程を考えてくれた相方君に感謝です。

思い出に残るいい旅になりました飛び出すハート

 

 

 

晩秋の北・東ドイツ旅行記にお付き合いいただきありがとうございました。

 

2025.Oct.~Nov.

 

 


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エアフルトの旧市街を散策します。フィッシュマルクトまで来たら見たことが無いキャラクターが。

 

パンのベルント(Bernd das Brot)は 2000 年から子供向けテレビチャンネル「キカ(KiKA)」の定番キャラクターです。彼は、しゃべる白いパンで、いつも落ち込んでいます。ロールパンのような足と、胴体と頭の役割を果たすパンに直接手がついているため、腕は非常に短いんだそうです。ARDとZDFの子供向けチャンネル(KiKA)

 

このキャラクターの向かいに、彼の名前由来のお土産店「ブロートラーデン"Brotladen"(パン屋)」がありました。この店では、公共テレビ局のライセンス商品を通じて、エアフルトを子供向けメディアの中心地としてアピー​​ルしているんだそうです。

 

マウスぐらいしか分かるキャラがいませんでした 真顔

 

少し歩くとツーリストインフォメーションもあったので、立ち寄りました。エアフルトのご当地キャラの「Puffbohne」のマスコットもありました。Puffbohne=ソラマメなんですが、何でもエアフルトの名産品なんだとか。

 

「Krämerbrücke」直訳で、商人(小さな店で商品を売る小売業者)の橋。最初にここを歩いて、わあ!カワイイお店が並んでいると喜んでいたんです。

 

 

外に回ってみると橋の上に家が建っていました。

 

当初は木造建築として建設され、後に 1325 年に石造に再建されたとのことで、ちょうど 2025 年が 700 年目だったようですあんぐり

 

反対側に回ってみました。

 

こちらからの方が全体を見ることができました。

 

市の説明によると、クレーマー橋(商人橋)は、ヨーロッパで人が居住し続けている最長の橋で、最も興味深い建築物です。全長 120メートルのクレーマー橋には、当初 62 軒の細長い家が並んでいましたが、後に32軒に統合されました。

 

かつて橋の両端にあった 2 つの橋頭保教会のうち、現在も残っているのは東側の聖ジャイルズ教会(エーギディエン教会)だけです。

 

マルクト通りにも木組みの家が並んでいました。エアフルトの旧市街はとても美しいと(友達)みんなが言っていたという相方君情報。

 

この屋根の装飾も味があります。

 

市庁舎

この周辺に見どころがぎゅっと凝縮されているので徒歩で周るのが可能です。中央駅からは少し距離があるので、私達は歩き疲れたこともあり、ホテルからこの近くまで路面電車で往復していました。

 

路面電車が交差する停留所アンガー(Anger)から少し歩いたらビルにどなたかの姿が。

 

「ビスマルクの記念碑(Bismarck Denkmal)」

相方君はドイツ人だからか、あっ、ビスマルク!と言っていましたが、私は名前だけ歴史で習ったよねと思う人でした。

 

なんでこちらに記念碑があるのかというと、若きオットー・フォン・ビスマルクは、1850 年 3 月 20 日から 4 月 29 日まで、この建物の前身となる「タンネンベルクと緑のライオンの家」に住んでいました。当時、彼は連邦議会議員としてエアフルトに滞在していました。ビスマルクの死から 2 年後の 1900 年、アンガー 33 番地にあった古い建物は取り壊され、同じ場所にビスマルク・ハウスと名付けられた新しい市庁舎が建てられました。

 

旅先では、教科書で習ったような歴史上の人物がちょこちょこ登場するので興味深いです。

 

 


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