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21世紀のケインジアンのブログ

金融・経済と時事問題を取り上げています。いろいろなコメントやメッセージをお待ちしております。

 

ことあるごとに、「デフレから脱却した」「賃金も上がった」と喧伝してきたのが安倍首相だ。施政方針演説でも、安倍首相は「べースアップが3年連続で実現」「経済の好循環を前に進めていく」と成果を誇っていた。それなのに、物価下落で年金支給額も減額? それはすなわち、物価上昇を目的にしたアベノミクスの失敗を自ら認めることになるのではないか。

しかし、私が見た限りでは、新聞・テレビで、このアベノミクスの失敗の帰結であるという観点から報道されたものはなく、ただ、4月から年金支給額がカットということを事務的に伝えるものばかりであったのが非常に残念であった。
 

 

昨年末に成立した年金カット法の施行は2021年だが、それを待つまでもなく、容赦ない年金支給額の削減が始まった。政府は3年ぶりに支給額を引き下げる。

 年金支給額は、物価や賃金の変動に応じて毎年決められることになっている。厚労省は、27日に公表した1年間の消費者物価指数をもとに、新年度(今年4月から)の支給額を決定。下げ幅は16年度より0.1~0.2%の減額になる。

 厚労省の試算によれば、0.1%引き下げた場合、夫婦2人の標準的な世帯で、国民年金が満額で月額67円減って6万4941円に、厚生年金が227円減って22万1277円に。0.2%の引き下げだと、国民年金が満額で125円減、厚生年金は437円減だ。年間では6744円の減額になり、その影響は決して小さくない。

「年金支給額は毎年、物価や賃金の変動に応じて決められることになっています。昨年1年間で、物価水準が前年より顕著に下落したと思われるため、支給額も引き下げる方向です」(厚労省関係者)と言うのだが、ちょっと待て。

ことあるごとに、「デフレから脱却した」「賃金も上がった」と喧伝してきたのが安倍首相だ。施政方針演説でも、安倍首相は「べースアップが3年連続で実現」「経済の好循環を前に進めていく」と成果を誇っていた。それなのに、物価下落で年金支給額も減額? それはすなわち、物価上昇を目的にしたアベノミクスの失敗を自ら認めることになるのではないか。

「語るに落ちるとはこのことで、賃金は上がっていないし、デフレ脱却も程遠いのが現状だということです。年金支給額の引き下げは、政府の失策のツケにほかなりません。しかも、安倍政権は株価を吊り上げるために、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のポートフォリオを変更し、株式投資の比重を高めた。その結果、この2年間ですでに約8兆円の損失を出しています。昨年10~12月期の実績はまだ公表されていませんが、国民の虎の子をギャンブルに突っ込み、それで支給額を減らされるのでは、国民は到底、納得できません。勝手に支給額引き下げを決める前に、なぜこんなことになるのか、きちんと国民に説明すべきでしょう」(経済ジャーナリスト・荻原博子氏)

 自分の失敗を庶民に押しつけるのは、いい加減にしてもらいたい。

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/198363/1

 

 
 

 

 

 

 安倍首相もこういう世渡り的なことでは、結構いいこと言いますね。私も、先輩が市長選挙に立候補→当選されたのを近くで見ていましたが、確かに少人数の会合のはしごは効果があるなと思いました。

 

安倍晋三首相は23日夜、東京都内の中華料理店で、自民党の当選2回の衆院議員約70人と会食し、次期衆院選をにらんだ「当選のこつ」を伝授した。

 出席者によると、首相は「少人数の会合をいくつも持って、一生懸命回れ」と指南。そのこころを「100人の会合だと『安倍首相の話を聞いた』で終わるが、20人だと『安倍首相と話をした』と言ってもらえる。これは全然違う」と解説したという。【松井豊】

 
 

 



ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/senkyo/articles/20170124/k00/00m/010/094000c?fm=mnm#csidx57787980aac51c697587f6bbff35148 http://linkback.contentsfeed.com/images/onebyone.gif?action_id=57787980aac51c697587f6bbff35148
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 トランプ大統領の誕生は、当然ながらこれまでの日米関係を大きく変える可能性がある。 この本は、戦後と共に歩んできたジャーナリスト田原 総一朗が、日本の「戦後」の昭和史をたどり、その延長線上でトランプと日本がどのように対峙したらいいのかという視点で描いている。これまでの70年以上続いた「戦後」の昭和史+トランプと対峙する今後の日本のあり方を探る。本書は約170ページ。一気に読めます。

 
 

 

 

 漢字が読めない総理といえば麻生元総理(現・財務相)が有名だが、安倍首相も、もっと酷いのをやってくれた。この二人に共通する特徴は、ボンボン育ちの世襲議員で、片や学習院・方や成蹊を大学までエスカレーターで卒業し、勉強をあまりしていないところだ。

 麻生総理時代は、マスコミで漢字の読み間違えを随分叩かれたが、当時、東大などを出た優秀な記者たちに、「エビちゃんって知ってる?」とか「ゴルゴ13の最新作読んだ?」といった、いかにも記者が知らなそうなバカ丸出しの質問ばかりしていたので、日ごろから記者たちに顰蹙をかっており。日ごろ、うっ憤が溜まっていた、記者たちが、ここぞとばかり一斉に叩いた。今回は、安倍1強の状態なので、マスコミの報道があれば、そこの社は立派だということになる。

 

おバカ丸出し?――安倍首相が24日の参院本会議での答弁で、漢字を読み間違えていたことが分かった。

 国会でにわかに与野党の論戦になっている「プラカード」を巡る問題。安倍首相が前日の施政方針演説で「国会でプラカードを掲げても何も生まれない」と発言したことに対し、民進党の蓮舫代表が代表質問で抗議。自民党も野党時代にプラカードを掲げていたことを指摘した。これに怒った安倍首相はこう答弁。

「あくまでも一般論。民進党とは言っていない。思い当たる節がなければ、ただ聞いていればいい。
(ひときわ声を張り上げて)『訂正でんでん』というご指摘は全くあたりません

 訂正でんでん? どうやら安倍首相は、答弁書にあった「云々」という漢字を「でんでん」と読んでしまったようなのだ。

 早速ネット上では、〈

 
 

〉〈安倍首相、国会答弁で「云々」を「でんでん」〉〈あまりにも堂々と言っているから野党側も気が付いていない感じでした〉などと動画付きで情報が拡散されている。

 読み間違えだとしても、「訂正でんでん」なんて日本語、意味不明。どう考えてもおかしい。安倍首相はそう思わなかったのだろうか?

 
麻生財務相の「みぞうゆう」よりビックリだ

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/198186

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のブログのアクセスが多かった記事を見ると、自分でも書いたことを忘れているものも結構ある。今回は5年前のブログである。ここで取り上げる岩見隆夫さんは3年前にお亡くなりになり、少しずつ皆さんの記憶から薄れがちになりつつある。亡くなる半年前に、自ら肝臓がんであることを公表したが、亡くなる一か月前まで連載を続けられたのが、この政治コラム「近聞遠見」であり、私も愛読していた。この岩見さんのコラムを読むと、最近の政治絡みの報道やコラムは随分と軽くなったなと感嘆してしまうものだ。

 

毎日新聞に週一回連載される岩見隆夫の政治コラム「近聞遠見」を私は楽しみにしている。長年のベテラン政治記者としての経験・知識に毎日新聞らしい中道左派のスパイスがかかっていて、なかなか味わい深い。このところしばらく軽めの内容が多かったのであるが、今回は思わずじっくり読んでしまったので、皆さんにもご紹介したい。

 

 

野田佳彦首相誕生劇の裏で注目された、代表選告示2日前の8月25日、東京都内のホテルの一室での野田と民主党の小沢一郎元代表との極秘会談を引き合いに戦後政治の大きな分岐点となった極秘会談について触れている。

 

 私がこの極秘会談で驚いたのは、仲介役があの細川元総理であったことだ。てっきり湯河原で陶器をこね、晴耕雨読の毎日を送っている野田と思ったら、今回の民主党代表選挙の前に野田と民主党の小沢一郎元代表との極秘会談を実現させている(また、どこまで関係あるかはいまのところ、よくわからないが、この細川内閣の官房長官だったムーミンパパこと武村官房長官の補佐官を務めていたのが、現在、野田総理の後ろ盾とも上司とも言われている勝栄二郎財務相事務次官である)野田総理は日本新党で初当選した秘蔵っ子なので意外感はないが、小沢一郎元代表とも未だこれだけのパイプを持っていることに驚いた。私が想像していたより遥かになまぐさい。まだ、枯れてはいない。

 

 岩見氏は、「約40分の会談の詳細が判明したわけではない。党内融和のカギになるやりとりがあったのは確実で、いずれわかるだろう。」と書いている。これからの民主党内部の動きを見る上で、この極秘会談は大きなポイントとして忘れてはならないようだ。

近聞遠見:「極秘会談」と戦後政治=岩見隆夫

 <極秘会談>

 について、書く。

 ケイタイ政治と言われるご時世だが、肝心な時はケイタイでは用を足さない。顔をつき合わせた会談になる。

 政治は無数の会談が織り出す反物のようなもので、出来、不出来も激しい。そのなかに大小の<極秘>がはさまる。漏れれば効果がなくなる、あるいは逆効果になるかもしれない会談だ。

 野田佳彦首相誕生劇の裏で注目されたのは、野田と民主党の小沢一郎元代表との極秘会談だった。代表選告示2日前の8月25日、東京都内のホテルの一室である。

 「会いたい」

 という双方の求めに応じて2人と親しい細川護熙元首相が仲介し同席した。

 野田首相誕生の直後には早くもメディアに漏れ、細川が新聞、テレビの取材に応じている。一般に重要度が高いほど極秘が長く保たれるが、野田・小沢会談は明かしたほうが得策という計算があったのかもしれない。

 約40分の会談の詳細が判明したわけではない。党内融和のカギになるやりとりがあったのは確実で、いずれわかるだろう。

 ところで、戦後政治を彩るさまざまな極秘会談のなかで、印象に強く残るものが二つある。

 一つは、保守合同が迫った1955(昭和30)年5月15日夜、場所は東京・高輪の山下太郎(後のアラビア石油社長)邸だ。日本民主党の三木武吉総務会長と政敵、自由党の大野伴睦総務会長が向かい合った。

 仲介したのは毎日新聞の老練政治記者、西山柳造、西谷市次の2人である。三木に、

 「なんとか大野に会わせろ。国家の大事で会いたがっていると伝えてくれ」

 と頼まれ、2人が大野を説得して実現したのだった。この一夜の緊迫した会談で、戦後政治の大きな節目になった保守合同、自民党の結党が決まる。

 会談の秘密はしばらく保たれ、毎日新聞の特ダネにもならなかった。当時、大野を担当していた読売新聞の渡辺恒雄記者(現主筆)は、のちに「回顧録」のなかで、

 「2人の毎日記者は書くより三木、大野の信用を優先しているように思えた。僕はこのタイプの『大記者』になりたいとは思わなかった。信用も必要だけれど、書くのが本業だからね」

 と語っている。政治家と記者の関係もいまとは違った。

 二つ目は、田中角栄元首相の失脚による後継問題で騒然としていた74年11月27日早朝、東京・世田谷の永野重雄日商会頭(新日鉄名誉会長)邸だ。ポスト田中の有力候補、福田赳夫前蔵相と大平正芳蔵相の極秘会談は、福田の側近で大平ともじっこんの坊秀男元厚相らが会談の実現に駆けずり回った。

 介添え役の永野も同席し、福田側に立って、

 「2年前の総裁選では、福田さんが田中さんに次いで2位だった。ものごとには、おのずから長幼の序もあるのではないか」

 などと口説いた。譲れ、という談判である。当時、福田69歳、大平64歳。しかし、折り合いはつかず、結局、椎名悦三郎副総裁の裁定で、間隙(かんげき)を縫うように三木武夫の出番になった。

 もし大平が譲って、福田擁立に回っていれば、その後の政治史は随分違ったものになっていたが、そうもいかないのが党内力学だった。この会談もしばらく極秘のままで、年が明けメディアが嗅ぎつけた。

 福田・大平会談から37年、様変わりである。政治家の小粒化と並行するように、極秘会談のスケールも小さくなった。(敬称略)=毎週土曜日掲載