刑事事件にならない東芝の闇/上 金子勝・慶應大教授が問題の根源をえぐる
いま、経済危機に陥っている東芝の問題を通じて、原発は経済合理性から成り立たなくなるという金子勝・慶応大学教授のお話です。
「原発」という不良債権に蝕まれるニッポン
▼本社が米国の子会社をコントロールできない
▼世界の潮流に乗りそこなったニッポン
東芝危機が深刻だ。一昨年に不正会計が発覚して以来、歴代3社長が辞任し、そして今また、決算先送りと会長辞任が発表された。この異様な事態がなぜ刑事告発されないのか。問題の根源にある「原発」「日米」「時効」の闇とは?「サンデー時評」倉重篤郎が、慶應大教授・金子勝氏(64)に訊く。
東芝がおかしい。
一昨年5月に不正会計問題が発覚して以来、歴代3社長が引責辞任、そして今回また、予定していた決算発表を先送り、代わりに決算見通しと、志賀重範会長の辞任を発表するドタバタ劇となった。その事業内容もボロボロだ。資産的にはすでに巨額の債務超過を抱え込み、優良事業部門の相次ぐ切り離しで、尾羽打ち枯らした、見るも無残な姿と化している。
東芝といえば、超一流企業だった。戦後の高度成長を支えた輸出製造業の中でもトップランナーであった。我々の同世代でも優秀な人材が多数入社していった。経営陣も石坂泰三、土光敏夫といった大物経団連会長を輩出する厚みがあった。
この名門企業が、なぜこの短い間にここまでの零落の憂き目を見るのか。これは現下の日本が解明すべき最大の謎である。
明らかなのは、その混乱と破綻の始まりが、2006年、米原発子会社ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)を約6000億円で買収したことにある、ということだ。WHが東芝の思惑通り稼いでくれなかった。それどころか、その高すぎたのれん代と、原発を造れば造るほど損失をため込み、その雪だるま式に膨れ上がった赤字が、その他事業部門のなけなしの黒字を食い潰した形である。
この東芝危機から何を学ぶべきか。
単に一企業のガバナンス(企業統治力)の問題に矮小(わいしょう)化すべきではない。すべては、原発事業の不採算性にあるのだが、問題は、そのことを責任ある人々が先々まで見極め、既定路線をスパッと切り替えられない体質にあるのではなかろうか。不都合な情報は隠蔽(いんぺい)し、互いのために責任問題を棚上げする。その結果、真実はしばらくたたないと明らかにならず、いきおい問題の抜本解決も徒(あだ)に後ろ送りにされる、という構図。これはいつか来た道ではないか。
かつてこの種の事件は、刑事摘発されることで、その全容が解明され、広い意味での再発防止につながってきた。だが、今回は捜査当局が消極的と聞く。場合によっては18万人の社員を路頭に迷わすような事件処理が果たしてそれでいいのか。
そんな問題意識から、金子勝慶應大教授に取材を申し込んだ。金子氏が連日ツイッターで、この問題の根深さを鋭く突いているのを知っていたからだ。アベノミクス批判で、本誌で何度か登場いただいた縁もある。
取材に対し、金子氏はこの問題が1990年代に起きた金融不良債権処理問題と酷似している、という認識を示し、「あの時の対応の遅れ、誤りは、アリ地獄のような資産デフレをもたらし、日本経済に失われた20年を生んだ。今度はさらに深刻で、一東芝問題に終わるものではなく、日本のエネルギー、産業構造の問題にまで発展する。場合によっては、失われた30年になりかねない。それだけの事態だ」と警鐘を鳴らした。
不良債権問題と原発問題を経済学者としてのライフワークにしてきた金子氏ならではの指摘だ。その金子流の深層分析を前後編の2度にわたって掲載する。
「背任事件」に近い事態が進行中
金子氏はまず先の日米首脳会談について語った。
「各紙の論調を見ると、日本側は取るものを取ったと会談の成果を評価する向きが多いが、僕は全く逆。安倍晋三政権はトランプ米政権に急所をつかまれた、というのが真相だ」
「今回の首脳会談の裏のテーマは、アベノミクスの中軸である日銀のゼロ金利(マイナス金利)政策の継続をいかに米新政権に認めてもらうか、ということだった。金融緩和をやめた途端に破綻するアベノミクスの脆弱(ぜいじゃく)性に一時手を突っ込まれかけた。金融緩和で意図的に為替(円安)操作しているのではないか、という疑いをかけられたのがそれだ。もっと円高にしろ、とゼロ金利に難癖をつけられる可能性があった。金利が1%上がると67兆円分の国債の価値が毀損(きそん)、それがGDPの13・5%分に相当する、という実態がある以上、日本としては絶対に受け入れられないものだった」
85年のプラザ合意を彷彿(ほうふつ)させる。あの時も為替政策による貿易不均衡解消圧力がかかった。
「首脳会談への同行者を、通商摩擦担当の世耕弘成経産相ではなく、金融・為替担当の麻生太郎財務相にしたのは、その危機の表れだ。『金融緩和をやめろ』と表で言われたらマーケットの収拾がつかなくなる。ペンス副大統領、麻生間で裏でやりましょうということにした。最悪の事態は逃れたが、米に弱みを握られ、ますます従米体質を強めざるをえなくなった」
従米体質というと、東芝問題の根っこにもそれがあるのではないか。すべてのトラブルの大本は米WHにあるはずだが、のれん代の過大請求にしても、WHによる建設会社買収の失敗にしても、東芝本社側からのガバナンスがまるで働いてない印象だ。なぜ日本の本社が米国の子会社をコントロールできないのか。
「2006年のWH買収の時からのことだ。2000億円の価値しかないのを6000億円で買い、4000億円という巨額なのれん代を払わされた。東芝は当初、沸騰水型中心のゼネラル・エレクトリック(GE)と組んでいたが、世界戦略を展開する上でWHの加圧水型技術も欲しいとなったわけだ。ところが買収後、WHが受注した複数の原発でコストオーバーや汚染水対策などの問題が発生、工事遅れや中断につながり、予期せぬ損失がたまり始めた。最初の不正会計(15年4月)の背景には、WHのこの赤字隠しがあった」
ただそこで東芝は、いったんは出直したように見えた。歴代3社長を辞任させ、センサー部門をソニーに、医療機器をキヤノンに、白物家電を中国企業に売却、半導体、原発事業の2本柱に絞り込んだ再建策を打ち立てた。
「そこに新たなWHの不祥事だ。15年12月にCB&Iという建設関連会社のストーン・アンド・ウェブスター(S&W)という子会社に対するWHによる買収があった。東芝は約260億円をこれに支払った。ところがそれではおさまらなかった。7125億円というとんでもない建設コストの損がたまっていた」
ここでも東芝本体のガバナンスが問われた。
「その発表があったのが、1年後の16年12月だった。そこにも不自然なにおいがする。東芝が明らかにした損失の内訳は、労務費37億ドル(約4200億円)、資材上昇などで調達コストが18億ドル増えたというが、こんなことが1年で起こるわけがない。東芝は16年の4~9月期決算で急激に回復したとされていたが、ちょうどその時期は参院選、鹿児島、新潟両知事選と重なっている。本当に業績が回復していたのか。原発問題の争点化を回避しようとしていたのではないか、と疑いたくなる」
結果的にWHが東芝本体をここまで追い込んでしまった。
「ダニー・ロデリックWH会長を東芝のエネルギーカンパニー(東芝エネルギーシステムソリューション社)社長に滑り込ませるなど、どんどん不良債権を押し付けてきた」
ほとんど背任事件に近い大きな闇がある。さすがにそのロデリック氏は今回の損失の責任を取らされ、同社長職を解職されている。
「首になったくらいでは、本当はすまない。でも東芝は訴えられないだろう。自らの再建に安倍政権の支援を必要としているし、安倍政権はトランプに弱みを握られてしまっているからだ」
「原発安価説」はもう通用しない
それにしてもなぜ東芝はここまで来てしまったのか。
「一言で言えば、不良債権問題だ。二つの意味を持たせている。一つは、原発事業そのものが不良債権であるということ。二つに、今回の東芝の対応そのものが1990年代の金融不良債権処理の時と全く同じやり方で、事態をいたずらに悪化させてきたことだ」
原発=不良債権?
「そうだ。福島の原発事故後に出てきた論点は、まずは電力不足論だったが、全原発が止まってみて足りることがばれてしまった」
「次に、原発が一番安価だという議論の蒸し返しだ。大島堅一立命館大学教授の過去の有価証券報告書から実績値を取り出して推計する方式で、原発が決して安くないというデータが出ている」
にもかかわらずなおコスト安だと強弁する者もいる。
「福島事故の処理費用が賠償や除染を含めどんどん膨れ上がっており、2016年12月に福島原発の処理費が21・5兆円になると経産省が発表した時点で、もはや裸の王様だ。大島教授の実績値方式でその額を乗せると、コストは13・1円(キロワット時当たり)と最も高いエネルギーに、さらに建設コストを乗せると15・7円(同)とべらぼーに高くなる。誰も反論できない状態だ」
「当たり前の話だが、福島事故後、国際的に安全基準がすごく高くなっている。メルトダウン対応のコアキャッチャーを付けたり、格納容器を二重にして投資がかさばり、人員も増やさなければいけなくなっている。実際に、東芝子会社のWHの米国内での受注は、ことごとく赤字だ。再稼働のメドのない国内原発にしても、廃炉にすると、原子力施設や核燃料の未償却部分4・4兆円が特別損失として表面化するという。動かさなくても赤字、廃炉でも赤字。いずれにせよ経営がもたない。文字通り不良債権化している」
世の中は、原発にはまだ未来があり、温暖化対策のためにもなる、という。
「ここで原発事業に対する180度の認識転換が必要になる。つまり、実は原発は必ずしも必要とされていない。それは原発ゼロをしのいだことでも証明された。それはたちの悪い不良債権である。拡大すればするほど関連企業は疲弊し、あるいはつぶれ、日本全体の産業構造の転換もますます遅れていく、という認識だ」
「問題は、不良債権であるにもかかわらず、その扱いが宙ぶらりんなことだ。止まっている原発でも水冷式だから、今でもシフトを組んだ監視が必要で、人員が切れないばかりか、固定資産税もかかり、維持管理費はトータルで約1兆円だ」
確かに、原発安価説はもう通用しないところまで来ている。安全対策や工期の長期化で建設コストは膨れ上がり、1基当たり3000億円とされた建設費は1兆~2兆円に膨張、米国ではシェール革命により天然ガスが安くなり、寿命を迎える前の原発を廃炉にする動きも出ている、という。
「世界的に原発事業からの撤退が始まっている。GEは原発部門を(日立の)子会社化し分離、実質日立にくれてやるような感じになった。独のシーメンスは原発をやめ、IoC、IoTでインフラ事業を展開、電車や送配電網、工場管理を効率化する事業、火力発電や医療機器にシフトしている」
刑事罰の時効が過ぎるまで情報隠蔽
だが、日本勢は原発事業にのめり込んだまま。時代状況に対応できずにいる。
「GEとかシーメンスとか国際的な重電機メーカーの雄が撤退しているところに向かって、日本のメーカーが国策の名前でどんどん不良債権をつかまされ、勝手に滅びていく構図だ」
「これはなんだろう、と考えた。原発からIT、再エネという根本的な技術の転換についていっていない。世界の潮流に乗りそこなった。その責任をごまかすための原発継続だ。やめるというと、今までの問題を全部整理しなければならない」
「そのへんが1990年代の金融不良債権処理の時と一緒だ。責任を棚上げするために情報を隠す。処理費用(コスト)がかかりそうなものは過小に評価、会計は粉飾する。それで刑事罰の時効が過ぎるまでの時間を殺す。刑事罰不適応の5年たって、文書偽造やその他の犯罪行為が免責された時に、実はこうだった、と初めて情報を出す」
「金融不良債権の場合は、土地の値段が下がっているのに、買った時の簿価のまま価値を表示すれば値下がり分が表に出ない、あるいは、飛ばしや付け替えでその場を繕ってきた」
「それと同じ手法が原発のコスト計算だ。鉛筆をなめなめやる。安全投資しても事故確率が減り、稼働原発数が増えればコスト操作ができる。極めて非現実的な想定をして粉飾をする。事故の深刻さも隠す」
まるでうり二つではないか。それにもかかわらず、東芝事件はこのまま「日米」と「時効」という二つの壁に阻まれ続けるのであろうか。後編では東芝事件が日本経済全体に及ぼす影響とその抜本的解決法についても論じてもらう。
くらしげ・あつろう
1953年、東京生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員
かねこ・まさる
1952年生まれ。慶應大経済学部教授。経済学者。著書に『セーフティーネットの政治経済学』『粉飾国家』『悩みいろいろ』など多数
(サンデー毎日3月12日号から)
ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/sunday/articles/20170227/org/00m/070/011000d#csidx75e06b393cffd35a8469dba05800f61 
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