21世紀のケインジアンのブログ -20ページ目

21世紀のケインジアンのブログ

金融・経済と時事問題を取り上げています。いろいろなコメントやメッセージをお待ちしております。

 

日刊ゲンダイが書いている。マスコミはただ、客観的に報道するだけで、ケシカランと書いていたところはなかった。本当に、このままでは記者クラブの存在意義が問われる。

 

コメントのペーパーを渡され、黙って「ハイハイ」と従う記者クラブもだらしがない。一体何のための記者クラブなのか。今からでも遅くはない。記者はスクラムを組んで「ふざけんな。納税者をなめとんのか」と長官室に突撃するべきだ。

 

公の場に出てこられないのであれば、そもそも長官を引き受けるべきではなかった。7月5日付で財務省理財局長から国税庁長官に就いた「森友問題」の“守護神”・佐川宣寿氏が慣例だった長官就任会見を拒否した。

 8日、国税庁は「諸般の事情」を理由に会見を開かないことを国税庁記者クラブに伝え、代わりに佐川長官の「適正・公平な課税・徴収の実現を図ることが重要だと考えており、職責の重大さを感じている」とのコメントを発表した。国税庁長官が就任会見を拒否してコソコソ隠れているなんて前代未聞。例によって、ノラリクラリはぐらかしていれば、いずれホトボリが冷めると思っているらしい。

 コメントのペーパーを渡され、黙って「ハイハイ」と従う記者クラブもだらしがない。一体何のための記者クラブなのか。今からでも遅くはない。記者はスクラムを組んで「ふざけんな。納税者をなめとんのか」と長官室に突撃するべきだ。

 

 

 

 

 

経済評論家の山崎元さんが面白い話を書かれていたので、紹介したい。日本の企業の現場の劣化の原因について書かれている。

イスラエルの募金の日に慈善目的の募金を集めるに当たり、募金集めに向かう高校生の話の結果には、思わず「へー」と驚いた。

「お金はたっぷり支払うか、あるいはまったく支払わないかのどちらかでないといけない」という話は面白かった。

 

「現場のやる気」の低下の原因として、筆者のアタマに思い浮かんだのは、行動経済学では有名な、イスラエルの保育園の「お迎え」を巡る話だ。確か、前に読んだことがあると思い、探したら、iPadの中から見つかった。『その問題、経済学で解決できます。』(ウリ・ニーズィー、ジョン・A・リスト著、東洋経済新報社)の中にその話はあった。

 著者のニーズィー教授らが行った実験によると、保育園の「お迎え」に遅刻する親に対して罰金(米ドルで3ドルほど)を課することにしたところ、罰金のない状態よりも遅刻する親が顕著に増えたというのである。

この場合、親たちは遅刻の意味を、「約束を破ることの罪悪感」から「3ドルのコストで償える迷惑の価値」に読み替えた(注:筆者の解釈である)。従って、「私は3ドル払う用意があるのだから、遅刻することは許される選択肢の一つだ」と考えるようになったので、罪悪感なしに遅刻できるようになったのだ。

 著者たちは、罰金の反対側のインセンティブについても実験している。イスラエルの募金の日に慈善目的の募金を集めるに当たり、募金集めに向かう高校生180人を60人ずつ以下の3グループに分けた。

【グループ1】慈善事業の意義を十分に説いて募金集めに向かわせる。

【グループ2】グループ1に聞かせた話に加えて、集めた募金額の1%相当の報奨金を個人に払うと約束して募金集めに向かわせる(1%は集めた募金の中からではなく別途払われることが事前にはっきり告げられている)。

【グループ3】集めた募金額の10%が払われると告げて募金集めに向かわせる。

 グループ1に金銭的なインセンティブはなく、グループ2は募金の意義に加えて募金集めの成果を損なわない金銭インセンティブが1%あり、グループ310%とグループ2よりも大きなインセンティブがある。

結果を見ると、一番お金を集めたのは金銭的なインセンティブがないグループ1で、最もダメだったのは、グループ2だったという。実験結果について、著者は「この話のキモは、お金はたっぷり支払うか、あるいはまったく支払わないかのどちらかでないといけない、ということだ」と書いている。

 仕事の意義を押し付けつつ、仕事の成果によって金銭的な報酬の差を少々つけると焚きつける、日本企業の多くが導入している「成果主義」は、「所詮仕事はカネのためなので、カネ相応に働けばいい」という気分につながって、現場に関わる社員たちのインセンティブを、かえって劣化させているのではないだろうか。

 

 

 

 

毀誉褒貶相半ばする人物だった。しかし、政策を実現するために本来は自分の体質に合わなかったはずの民主党政権入りし財務相に就任したという離れ業は耳を疑ったものだった。自らの信念を貫いた記憶に残る政治家と言えよう。

「政策の職人」「国対族」を自称した与謝野馨元財務相が78歳で死去した。中曽根康弘元首相の秘書として仕え、政界入りした与謝野氏がこの2つの評価を確立したのは、梶山静六元官房長官に師事してからだった。

 中曽根派にいた与謝野氏が、竹下派の梶山氏の知遇を得たのは国対だ。梶山委員長時代に国対副委員長を務め、目から鼻に抜けるようなカンの良さが目にとまった。梶山氏は橋本内閣で官房長官になり、自民党から副長官を選ぶ段になって、派閥が異なる与謝野氏を起用する。橋本政権の「財政構造改革」は、中曽根氏の提案を梶山氏が受け、与謝野氏に「好きなようにやってみろ。いざというときは俺が出ていく」と指示し、実現したものだった。これを契機に、与謝野氏の政策通ぶりが永田町と霞が関に知れ渡った。

 1998年、自民党総裁選に敗れた梶山陣営にいた与謝野氏を、小渕恵三首相は通産相に指名する。与謝野氏が相談すると、梶山氏は「仕事ができるのならば、どんどんやれ。断ることはない」と就任を後押しした。梶山氏のような理解者、後ろ盾がいるときに、与謝野氏の能力は最大限に発揮された。

 法律、政策的頭脳にすぐれていた与謝野氏には、それが故に反感を持つ政治家も少なくなかった。その意味では官僚の方が、与謝野氏とウマがあったのかもしれない。

 2005年。小泉内閣での郵政民営化が佳境に入ると、自民党政調会長だった与謝野氏は園田博之氏に助っ人を頼んだ。「おれは人望がないのはわかっている。最後のとりまとめは理ではなく情だ。それはおれにはできない」と言われた園田氏は、心情的には郵政民営化に反対ながら、とりまとめに尽力した。

 この後、安倍内閣での官房長官、総裁選出馬、麻生内閣での経済財政担当相、財務相から自民党離党、新党結成までは、園田氏という盟友が、与謝野氏を支え続けた。

 屈指の政策マンでありながら、同じようなタイプの宮沢喜一、橋本龍太郎元首相とは違って宰相の座には届かなかったが、どこか恬淡としていた。趣味はカメラ、パソコンの自作、囲碁と玄人はだし。カラオケではプレスリーを英語で何曲も歌ってみせた。

 読書家でも知られた与謝野氏に、若手の記者がお勧めの本を聞くと、書棚から『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』を手渡した。最期まで謙虚に学び続けた生涯だった。

 

 

 

 

私が尊敬する丹羽宇一郎さんの本をおススメします。丹羽さんについては、中国大使在任中の評価は分かれるところですが、それは置いておきます。丹羽さんは伊藤忠商事社長就任後、伊藤忠の3950億円の不良債権を一括処理、約4千億円の赤字を計上。バブルの後遺症である不良債権を築いたのは歴代の社長達だったにも関わらず、責任を取り自身は給与を全額返上。大きな赤字を計上して無配になったことで、社員や株主に対してけじめをつけました。そして、トップの覚悟を示すことで、社内の意識改革をうながしました。その結果、翌年の決算では、伊藤忠商事の史上最高益を計上するに至りました。余談になりますが、給与を全額返上して、奥さんには大変怒られたそうです。

社長就任中には、同社の関連会社であるファミリーマートや吉野家の弁当を自ら購入し昼食を済ませ、出勤には、運転手つきのハイヤーなどを使用せず、電車で通勤されていました。たいていの人は満員電車に乗って、しんどい思いをして会社に通っているのに、それを横目で見ながらハイヤーなどに乗れば、社員感覚からずれてしまうと思われたとのことです。

人は言っていることではなく、行っていることでその人の価値が分かると思っている私が尊敬する人物です。

この本の中で紹介される本も、そこから導かれる教訓も、ビジネスパーソンの血肉になるものばかりで、これはぜひ読んでいただきたい一冊です。

参考になった部分はたくさんありましたが、一つ挙げるなら、下記の部分でしょうか。

私が考える教養の条件は、「自分が知らないということを知ってい

る」ことと、「相手の立場に立ってものごとが考えられる」ことの

2つです

 なお、この本の印税は、伊藤忠兵衛関連の資料館と中国からの私費留学生の奨学金に全額寄付されます。

 

 

 

昭和55年4月2日、松下政経塾第一期生の入塾式翌日、松下幸之助が塾生達に以下のように話しました。「われわれの社会は、人間お互いが飼い合いしている。(略)結局、人間が人間自身を把握しなきゃいかん。だから、人間の把握が一番大事です。この塾で、最初に訴えるものは、人間把握です」。

 

 昨今、日本の指導者に一番欠けているのが、人間の本質に対する洞察力ではないでしょうか。例えば、高齢者は、社会のお荷物と思っていないでしょうか。あるいは、知識や技術の古くなった人を、゛余剰人員゛とみなしていないでしょうか。人の首を切ることが、「大胆な経営改革」と高く評価されていないでしょうか。政治家も、経営者も、すべからく人の上に立つ人は、「すべての人は、社会の大切な資源である」と考える所から発想しなければ、幸せな社会は実現しないのではないのでしょうか。「この世に無駄な人は一人もいない」はずです。

 これから、人手不足社会が到来するかもしれません。リストラすることがいい経営者という社会から、今いる社員をいかに上手に使いこなして業績を上げるのが良い経営者かというように世の中の物差しが変わってくることを考えておく必要があるでしょう。

 ちなみに、松下幸之助の「家族主義」を捨て、米国式の経営手法を取った6代目社長の中村邦夫氏は、45歳以上の社員は要らないと大規模な人員削減を実施しました。その結果、優秀なエンジニアの流失を招いています。

 短期的な利益に追われる上場企業ではなく、長期的な視野で経営することができることは中小企業の利点です。