政治評論家を引退する三宅久之が語った「毎日新聞凋落のきっかけ」 | 21世紀のケインジアンのブログ

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 私がたびたび頑張っている新聞の一つに取り上げる毎日新聞。残念ながら、経営難に陥って久しい。その中で、紙面の高いクオリティを保つべく頑張っている記者の方々には本当に敬意を払うものであるが、他紙に比べて劣勢であることは否めない。現在の販売部数はおおよそ、読売新聞1000万部。朝日新聞800万部。毎日新聞350万部。日経新聞300万部、産経新聞160万部という状況である。



 

元々、大手紙の中で創刊は一番古く、戦前までは日本最大の部数を誇っていた。GHQの思想の影響などもあり、戦後、朝日新聞が毎日新聞に肩を並べるようになったが、依然として、毎日は朝日と並んで大手新聞の中ではダントツの2強であった。




 三宅久之氏は政治記者として昭和27年(1952年)に毎日新聞に入社したのであるが、その理由は、試験日が同じだった毎日新聞のライバル朝日新聞は論調が嫌いだったという。このころ、毎日、朝日は二大紙と言われており、遙かに格下の読売新聞には入社試験は受かったものの入ることなど考えなかったという。また、当時、日経新聞は株の売買をする一部の特殊な人向けの新聞と見られていた。



 その毎日新聞の販売部数が凋落し、現在のような経営難に陥ったのはどうしてなのか。私は以前から興味があったのだが、今回、それについて、三宅久之氏の証言で新たにわかったことがあった。



 そのきっかけになったのが、先日、TBS系のドラマ「運命の人」のモデルになった「西山事件」だという。




 「西山事件」とは、1971年 沖縄返還協定 に関する日米間の密約情報を、毎日新聞政治部記者の西山太吉 が外務省の蓮見事務官を騙し肉体関係を利用して入手した。この密約情報が社会党 にわたり、国会で政府を追求して大問題となり、2人は逮捕された。密約の内容よりも肉体関係を利用した卑劣な手口などに関心が集まり、報道の自由がどこまで許されるのか物議を醸した。西山と女性事務官は国家公務員法 の守秘義務違反で有罪となった。この西山事件により毎日新聞は全国的な不買運動に悩まされた。また、この事件の後、西山の所属した毎日新聞社は、本事件での西山のセックススキャンダル報道を理由とした全国的な不買運動 により発行部数が減少し、全国紙の販売競争から脱落した。また、オイルショック による広告収入減等もあり、1977年に会社更生法を適用。その後、負債を整理する旧社(株式会社毎日)と、通常の業務を行う新社(株式会社毎日新聞社)とに分離する「新旧分離方式」により会社を再建。



 三宅氏の記憶によれば、当時は自民党の佐藤栄作総理の時代。佐藤総理の地元山口県は「毎日新聞の金城湯池」と呼ばれていたが、「西山事件」以後、部数が半分以下に激減してしまったという。そのような不買運動が全国的に広がり全国的な販売部数の減少を招いてしまったという。スクープした沖縄返還を巡る日米政府の密約の報道内容は正しかったことが今では明らかになっているだけに大変残念な出来事というしかない。