私がテレビを見ていて違和感を感じる刑事事件の容疑者の呼び方 | 21世紀のケインジアンのブログ

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 今から30年以上前、テレビでは刑事事件の容疑者や被告は名前を呼び捨てにされていた。ロッキード裁判での被告田中角栄元首相の映像を見ると「田中は・・・」と呼び捨てにされている。



 その後、裁判段階での被告は有罪が確定するまでは「推定無罪の原則」が適用されるべきだという考え方が認知されて以降は呼び捨てではなく「○○容疑者」と呼ばれるように改善された。



 それでも、なお、テレビを聞いていてとても違和感があることがある。それは、容疑者として逮捕された人物に対し、「男は・・・」とか「女は・・・」という表現をしていることである。これが被害者側だと「襲われた女性は・・・」とか「被害にあった男性は・・・」となるのである。とりわけ、私が強く違和感を感じるのは、女性アナウンサーが逮捕された女性に対し「女は・・・」というニュース原稿を読んでいるときである。女性が女性に対して「女は・・・」なんて呼ぶことは、あまりにも不自然だと感じるのである。



 人を呼び捨てにすることに込められている意味合いはさまざまであろうが、ニュース原稿の場合には一種の制裁的な機能が働いているだろう。つまり、メディアで呼び捨てにされること自体が社会的な制裁の役割を果たすのである。



 しかし、女性アナウンサーが逮捕された女性に対し「女は・・・」というニュース原稿を読んでいるのを聞く時には、何だかメディアがロッキード裁判の頃と同じく、制裁的な機能を働かすことに無感覚になってきているような気がしてならない。「こいつは悪いことをした人間だから当然」という考えがメディアも主流なのだろうが、私はこの「呼称問題」をなんとか改善してほしいと思っている。皆さんは、どのように思われますか。