新しい人間が組織を変える、
というのは相当な心意気のみならず、決意というものがいるもんだ。

消臭力で有名なエステーの鈴木当時社長は、就任スピーチでぶちかました。


「俺の目にかなわないやつは叩き切る」

その勝負期間を、
三日で全部言って、
三カ月で全部実行に移して、
ケリがつかなければ攻め落とす。

と言い切る。


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マクドナルドの原田泳幸社長は、社長就任挨拶で、こう言った。


「いまから新しいバスが出発する。乗りたくない人は乗らなくて構わない」


エステーは千人いた社員が五百人になった。

とことん抵抗する役員は辞めさせた。

「あっちはあっちで言い分があるんだから、そんなもの、いちいち説得していたら時間もかかるし、こっちが病気になる(笑)」


マクドナルドの原田泳幸社長は、一旦全役員を解任して、社内公募にした。



それでも理解できない役員に閉口したと。



そして、指示命令をもって本人の実力以上の仕事をやらせて伸ばすしかないとけついする。





二人の情熱はすぐに業績となって現れ、増収増益の快進撃を続けることになった。




二人に共通する想いは、

最後の最後は自分が最後の責任を取るという想いだけは人一倍に強い。部下がどうであろうと。そこに言い訳はない。


この二人が口を揃えていう経営観が共通しているので面白い。


経営者が常に冷静で健康体でいるためには、どんなことがあっても最後は


「許す」


ということだ。


許さなければ、
健康な経営はできないと。




インドの覚者の本を読んでいると、「第三の目」についての文章が興味深く書かれていた。



両目の間の眉間の中心にあるものをそう呼ぶ。

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それはいつでも機能できる状態にあるのに、自然には機能していないのだそうだ。


ただ閉じているだけなのだが、少しの日々の訓練でその第三の目は開き、とてつもない力を発揮するのだという。



そこに注意を向ける訓練で、わたしたちは奇妙な現象を体験する。



まず、思考を離れて観察することができる。


自らの怒りも、窓辺に座って雲を眺めるように観察することができる。


この本で興味深いのは、
こな第三の目を働かせることによって、想像力が創造に変わることだ。


想像が現実となる。

この力を悪用してはならないとさえ書いてあるではないか。


実は、催眠術もこの第三の目に相手を合わせさせることでコントロールするのだそうだ。自己催眠の源だ。


第三の目。



この名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。人間に備わる力ではあるが、ほとんどの人がこの力を開かずして終わって行く。



だから、いつしか「あっち」の話と誤解する。不勉強の賜ものだ。



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そう言えば私も、
若くして亡くなった「普通の力」ではない人から言われたことがある。


三村さん、
眉毛の間はかならず剃っておいてくださいよ。産毛を放っておかぬように、と。


理由は、



同じことらしい。






ミムラの愉しい社員と行く、
温泉バスミステリー・ツアー!!



が、定員を超えてしまい(笑)
なんとか調整しましてまもなく締め切ります(笑)



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だいたい、有名人でもないのに、


「ミムラの愉しい社員と行く!」


なんて、それがサブタイトルになるくらいに、我が社のバスツアーは愉しい。



もう体験済みのお客様は、「また行きたい、また行きたい」で、かならず実施する時はお伝えしなければならないのだ。



一泊二日。


それも、どこに行くかはお客様には告げないで行く、という無謀なツアーなんですが(それに現地では展示会もある・苦笑)、それにもめげずに定員を上回りました(笑)



そのかわり、
行程は旅行社につくらせない。
かならず、私たちが下見をして行程を作るわけですから、一切の言い訳もお客様にはきかないわけです。



もし、
満足がいきませんできたら、
ご返金させていただきます!
が、売りです。



勝負!なんです。



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実際には、行程づくりから当日も、
当たり前ですが社員はヘトヘトになります。


でも、
抱腹絶倒してくださってるお客様のお顔を見てると、どんどん脳内にドーパミンが放出されて、またまた頑張っちゃう(笑)



こんなことは、
どこの小売店にも真似ができないんです。


ウチの社員だからこそ、
やってしまうんです。


本気でたのしいことを知ってるから、
お客様に本気で宣伝してます。


彼らの顔には



いつのまにか、
口で言わなくも


「お客様を喜ばせたい!」


って顔に書いてあるんですよ。



素晴らしいなぁ、
じぶんたち。
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僕の好きな言葉に

好きって言うのもヘンだけど(笑)



「心配するな

いつか死ぬから」



という言葉があります。


てんつくマンの字にありました。



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聖路加病院理事長の日野原重明先生は
93歳までに妬く5千人の人の死を看取ったと言われています。


で、
先生の自論は、



人は死に向かう遺伝子を持って生きている、


と言うことをしっかり自覚しないといけない、と言われます。



「人間は百パーセント死にます。



別の言い方をすると、人間は「死の遺伝子」をもって生まれてきます」




そのわかりやすい例として


「人間の皮膚は垢になってはがれ落ちるように、私を形作っている細胞一つ一つが有限の命であり、


今日、骨髄で生まれた白血球は、1ヵ月後には死んでしまいます。


昨日、今日、明日と、コンスタントに生まれてくる細胞がある」



そこで日野原先生が強く感じることは



「私はいま、生かされている」



そう考えれば、人間の死は、生の延長線上にある、生の一部なのだということが、おわかりいただけるであろうと、日野原先生は言われます。


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遺伝子というものは、自分で選ぶことのできない、与えられた「運命」なんだそうです。


しかしその「運命」をどう受け止めるかは、自分で考えることができます。


その人らしく、命の限界を考えながら生きていこう、と。




日野原先生は、最初の死を看取る女性が手を握って別れをいわれたときに、彼女にそれを否定されたそうです。



そんなことを言うな。

と。


それを、いまでも後悔されています。




人は間違いなく死ぬ。


心配するな(笑)




だから、


生きていることを


いい時間に変えようと僕も思うのです。






老子には、経営者としてハッとするような言葉によく出会う。



2000年前の王様のことを語った言葉もとてもシンプルで心に染み渡る。



「最上の君主とは、人々が君主の存在を知っているだけである。


その次にいい王様は、皆から親しまれ褒められる人。



その次は、人から怖れられる。


その次の君主は、人から馬鹿にされる。



ためらうように君主は自らその語る言葉を大事にしなければならない。



そうすれば、目的は成就し成し遂げられるだろう。



そして、人びとはこのような世の中が普通なんだよと自然に思うだろう」




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いろんなリーダーを見てきたし、僕にも思い当たるが、力で皆を引っ張ろうとするとどうしても無理が出てくる。



皆は畏れるのだ。

そうなれば西洋的な君主論で、世の中を治めることになる。


しかし、
国民と違って、そこに働く人には場所を変えることの自由があるのだ。



畏れ、しばり、従わせるだけのリーダーでは、彼らは考えることを止め、そして考える者はやがて去って行く。




では、なにが必要か。


おそらく、




愛だろう。




私にも到底計り知れない




愛を身につけるために



皆のためにいるんだと思う。
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