先ほど、
エフエム局の関係者との食事会から帰ってきました。
私なりにどうやってスケジュール的にご迷惑をお掛けしないようにという相談ごとのつもりでお招きしたのだが、あにはからんや、楽しい話に終始してしまった(笑)
どうも続けて行くのは難しいかなぁ、という感覚ではあったのだけれども、反対に激励される始末。
わたくし的には、どうにもしまらない御開きとなってしまったのだ(笑)
早い時間にもかかわらず、
よほどのことがないと二次会にはいかない。
以前の私なら、
食事会は二次会のアペリティフ。
二次会がまた三次会を呼ぶ、
という流れだったのに、いまや一人で家でウイスキーを傾けるのがいい。
竹鶴12年。
サントリーのウイスキー工場で知ったのだが、広島県竹原市出身のこの竹鶴正孝がいなければ、いまのサントリーウイスキーも
いやさ、
日本のウイスキーの歴史もどうなっていたかわからない。
それほどまでに、国産ウイスキーの開発と地位を目指してスコットランドで孤軍奮闘した竹鶴正孝の思いやいかに。
ものごとの始まりは、
一人の狂気から始まる。
六分の狂気
四分の熱
である。
2013年に国際コンクールで銀賞を受賞した「竹鶴ピュアモルト12年」
気軽に家庭でも飲めるこのクラスが
無くなるという。
12年ということは、
そこにつかう樽の「最低が」12年ということ。それ以上の樽とマッチングするのだ。
それでは
12年以下の樽の効率が悪い。
消費者は何も分からないとでも
思っているのだろうか。
世界も
竹鶴正孝も
泣くのではないかな。
正孝は、スコットランドで奥さんを見つけて連れて帰り、かなりもめた。
そんな時代だが、彼は違ったのだ。