氣の抜けたシーズン開幕

年なら待ち遠しくて仕方のなかったプロ野球ペナントレースだが、今年は正直いまひとつそんな気分になりまへんでしたな。  

もちろん大震災による遠慮もなくはないが、実はそれに関わるセ・リーグ、いや、それを動かす巨人と新聞社の強引さにあるわい。  

いやいや、ちょっと待て。  

選手会もけしからんぞ。  

新井君、ちょっとは反省しなさい。   

「野球とともにあった人生のなかで、これほど白けた気分になったのは初めてだ。」(豊田泰光、以下同じ)  

れは3月31日付けの日本経済新聞のコラム欄に寄せた元西鉄ライオンズの豊田泰光氏の文章だ。まったくの同感なのでここに抜粋をさせていただくのだ。  

もともとこの最近、「何か違う」という感じがあったのだが、今回のセ・リーグの開幕強行騒動。球春のときめきも何もあったものじゃない、と豊田先輩はお怒りなのだ。    

昔の阪神タイガースを例に出す。    

「阪神などは1964年にリーグ優勝してから。85年まで勝てなかったけども、ファンはダメ虎を愛し続けた。」  

要は、ペナントレースの勝ち負けだけが、プロ野球の面白さではなかろう、と説くのだ。このご説には瀬戸内海に位置する某セ・リーグの球団ファンは救われるのではなかろうか。なにせ、21世紀中の優勝は難しいのではないかと言われているからだ(勝手なことを言うな)。  

「チームプレーというのも、勝ち負けを超えて存在する野球の値打ちだ。誰かの失策を誰かがカバーする。前の打者が打ち損ねたら、次の打者が挽回する。選手に気持ちがあれば、見る人は何かを感じるだろう。」  

そうだ、そうだ。  

その瀬戸内のセ・リーグ球団でも、選手の失敗をオーナーが足をひっぱり、投手の好投もオーナーがふいにするが、応援する人はそれでもよし、それでこそ広島カープ(あれ、言っちゃった)と今日も熱く赤い旗を振るのである。                  

氣の抜けたシーズン開幕

「プロ野球に”選手をかき集めてでも、とにかく勝てばいい”と言う色が濃くなりだしたのは、それこそ阪神がダメ虎から脱して、優勝争いの常連になり始めたころだろうか。見る側もどこか勝ち負けのみに目を奪われてきたようでもある。」  

この「ダメ虎」を脱出するのに少しならずとも選手の供給と言う演出を広島カープは気前よくやってきた。  

回の開幕強行を強く推進してきたのは讀賣グループである。そして、陰ながらそれを支持した唯一の球団が、・・・・・「鯉」である。  

どうも1リーグ統一騒動以来、鯉は巨人軍に恩に着ているらしい。  

それにしても、情けないのは新井クン会長の選手会である。  

「今は強行してまでセ・リーグ単独開幕をするべきではない」と正義の味方のような発言ではあったが、「ん??」と感じた人がかなり多かった。  

讀賣のオーナーもオーナーだが、選手会も選手会である。  

「今は強行に開幕するべきではないと選手会では思う。   

日程を短縮してまで考え直すべきだ。   

ついては、興行収入が減少するだろうから選手会としても一定の年俸カットを甘んじて受ける。それでこそ、球界が一体となってこの難局を乗り切る時だと思う。」  

「とでも言うべきじゃい!!」という声のナント多いことか。  

営者はあくまでも収入の中から選手の年俸や経費をまかなわなければならないのだ。

球団によっては死活問題なのが、試合の日程であることは当たり前だからだ。

 オーナーも選手会も、お互いのエゴのぶつけ合いだった氣がしてならない今シーズン開幕。どうりで心がウキウキしてこないというものだ。  

しかし、  

巨人の大物ルーキーも、相変わらずの人気球団の「ごり押し」でめでたく1位入団。  

また、そいつにえらく苦しめられた万年5位球団も情けない。

 阪神・金本は「訳の分からないアクシデント」で連続試合出場が途切れたが、翌日は先発出場さされる始末。「なんじゃ、これは」とタイガースファンから思わずメールが来る。  

今年はちょっと、勝ち負けから離れて人間観察のペナントシーズンにしてみようかな。

氣の抜けたシーズン開幕










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御礼

る、4月10日~13日まで  

半期に一度の大イベント「ミムラ 秀宝展」を行いました。  

このような時期にも関わりませず、本当にたくさんの人が「元氣を求めて」お集まりいただきました。誠にありがとうございました。  

全国から駆けつけてくださいましたメーカーさんはもちろんのこと、マジックの喜助さん(写真)や、「開運タロット」のひでさん、「感動ことだま師」のはんさん、そして「似顔絵セラピー」のケンイチくんなど、これまた全国からミムラのために結集してくれました。  

客様も笑い笑いの連続で、  

今まではこのようなホテル催事に敬遠されていらっしゃったお客様も、「初めて来たけれど、こんなに楽しいイベントならもっと早くから来れば良かった」とおおはしゃぎで帰られました。  

「こんな時だから、元気をだしたいの」とおっしゃられたお客様方。  

本当にありがとうございました。  

感謝申し上げます。  

本当にありがとうございました。

 当日のレポートを、「肩こりストレッチ」で活躍いただいた健康の達人・和田明彦先生のブログにご紹介いただきましたので、ぜひともご覧になってください。  

http://blog.livedoor.jp/asikenko/archives/51928308.html  マジシャン喜助さんからも、当日の様子をブログにご紹介いただきました。  

http://ameblo.jp/magician-kisuke/entry-10865896210.  ありがとうございました。ぜひご覧ください。










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嗚呼、麦酒礼賛的爆飲人生哉

 酒は肝臓と体力が許す限り、「とことん飲むのだぁ~人生」を今まで送ってきたけども、どうやら考え直さねばならないようだ。  

まず、さすがに年齢が年齢だけに、飲んだ翌朝の身体へのダメージがひしひしと感じられるようになったこと。  

それと、これも年齢のせいか「とことん飲むぞぉ~人生」を追求しようにも、もうとことん飲めないのだ。明らかに飲める量というものが違ってきた。  

~お~、それはめでたいことではないか。と言われよう。  

そうかそうか、これからはお酒も「そこそこ飲むのだぁ~人生」に転換ですな、などと慰められて余生を送る、というわけにもいかないかもしれない。  

は、最近読んだある本で、  

お酒は脳を萎縮されるそれも飲みすぎた回数が問題ではなく、人生で飲み続けた総量がそうさせるのである。」という一文を読んだからだ。  

お酒を飲む量に比例して、萎縮する、というのだ。  

休肝日ですわ、はっはっはっは。などとノンアルコールビールを飲んでおられるそこのあなた。それは肝臓には優しいが、脳の萎縮はいままでさんざん無茶に飲んできたお陰で萎縮しているのかも分からんのです。  

れれっ、そう言えばワシはどうにも記憶力が最近とみに低下してきたのは、そのせいか!などと心当たりのあるそこのお方。慰めるようであるが、人間は加齢とともにやはり脳は萎縮していくんだそうだ。ただ、アルコールの飲んだ量によってそれが加速されることが考えられるらしい。  

まぁ、もう遅いって言えば、遅いんだけどなぁ。  

心まで萎縮しないように、やっぱり今日も楽しくビールを飲んでくだされ。

バンコク市内のスーパーマーケットで。見るだけでワクワクしてしまうのだ

嗚呼、麦酒礼賛的爆飲人生哉










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預言者より

「苦しみ、それは  

あなたの理解を被っている殻が壊れること。」  

レバノンの出身の詩人であるカリール・ジブランという人の本を知ったのは、

船井幸雄氏が何かで書かれていたからだと思う。  

「この本を読むときに、私は涙が止まらない」という帯のコメントが、あまりに船井幸雄氏のイメージとはかけ離れていたので、余計に興味をそそられて求めた記憶がある。  

私もつまらなく悩んだり、心に重くのしかかる出来事があるときには、この本を開いていたことが多いのです。  

愛、労働、死、自由、苦しみ、などのいくつもの項目に心にとどめおかずにはいられない完全なる詩文というものが、そこにはある。   

お話下さい。 

 

苦しみについて。

  

アルムスタファは答えて言った。   

 

苦しみ、それは、あなたの理解を被っている殻が壊れること。   

 

果実の芯が陽に触れるためには、   

 

まずその核(たね)が壊れねばならないように、   

 

あなたも苦しみを知らねばなりません。  

 

あなたの日々の生活に起こるさまざまな奇跡へのおどろき、  

 

それを心に常に生き生きと保てたなら、  

 

苦しみも喜びに劣らず不思議に溢れていることがわかるでしょう。  

 

苦しみの多くは自ら選んだもの。  

 

それは、あなたがた自身のなかの、うちなる薬師が、  

 

病んでいる自分を癒そうとして盛った苦い苦い一服。  

 

それゆえに、この薬師を信じなさい。  

 

してその薬を沈黙と静穏のうちに飲みほしなさい。  

 

なぜなら、その手がどんなに耐えがたく厳しくても、  

 

 

「見えない方」の優しい手で導かれているのですから。                  

 

 哲学者アルムスタファは、  

日々に起こる苦しみも、田畑を過ぎていく季節の自然のように受け止めなさい、と言います。  

それも、そのような苦しみも、新鮮な驚きの目で、敬意を持ってその苦しみを見つめなさいと、言っているのです。  

何かに執着する心。  

早く苦しみから脱してしまいたいと思う、人間の本能も苦しみを一層深めることになるのだと、彼は示唆しています。  

苦い一服。  

それを沈黙して静穏のうちに飲みほしなさい、と。  

人間とは、自分の持つ心の深さと、  

誰かにいだかれている宇宙の本質を感じなくしては、本当の心の平安は訪れないのだと、理解していくために苦しみがあるかのようです。  

今回は、鈴木秀子さんの一文を目にして、久し振りに「預言者」に触れることができました。ありがとうございました。

預言者より










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勇気ではなく、手放す。

らは「ワクワク」することに出会っても、急に悪魔の理性が現われて、やっぱりなどと思いとどまることばかり。  

本当はやればいいのに。  

やったところで自分が思うほど他人は、

いちいちそんなこと構っちゃないのに。

 他人が氣になって止めてしまう。  

あるいは、  

自分自身が「そんなにうまくいくわけはない」などと、怖れをなして止めてしまう。  

は、そこに必要なのは「勇気」なのか。  

Basharバシャールは言う。  

「必要なのは勇気ではありません。」  「自分の観念を書き換えるのです。   

古い観念を手放す前に、行動してはいけないのです。」  

自分は本当は心のどこかでそれをやっていく気持ちが強いのに、止めてしまう。  

その動作を起こすのに必要なのは、果たして「勇気」だろうか、とバシャールは言うのだ。  

「立ち上がりたいと考えた時に、自分は立ち上がれると分かっているのに

 ”立ち上がったら倒れるだろうか”などとは考えませんよね。勇気は必要ありませんよね。  

単純にあなたが”立ち上がれるかどうか”を知っているのが問題なのです」  

つまり、、  

勇気とは、行動を起こす時に必要なことではなく、  

「観念を変えていいのだ」という感覚に必要なプロセスなのです。  

 観念を変えると決められれば、もう勇気は必要ないのです。   

「バシャール 未来は選べる  より」

勇気ではなく、手放す。










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