前回のブログでは
これ以上の回復が見込めないと
気づき始めたおとーさんが
「もう俺、死んだ方がいいよ」
絶望と共に
そう口にした日のことを書いた。
その時
あたしが
どうしても伝えたかった言葉。
それがこちら。
その言葉を聞いた
おとーさんは
静かに
天井を見上げた。
そして
ぽろっと
涙を一筋こぼした。
その日以来。
おとーさんは
あたしたちの前で
「死にたい」
とは言わなくなった。
苦しみが
なくなったわけじゃない。
水が
飲めるようになったわけでもない。
それでも
おとーさんは
最後まで
父親でいようとしてくれた。
あたしたちは
そんなおとーさんに
一日でも多く会いたかった。
一分でも長く
一緒にいたかった。
だから
病院へ通い続けた。
あの頃は
それでいいと思っていた。
本当は
家で看るのが
一番の親孝行なんじゃないか。
そう思わなかったわけじゃない。
でも
現実的にはそれは
どうしても叶わなかった。
だから。
せめて
会いに行こう。
それが
あたしたちにできる
精一杯だった。
あたしは
信じていた。
おとーさんも
あたしたちに会えることを
喜んでくれていると。
あーちゃんが病室へ入ると
おとーさんの目は
ぱっと明るくなった。
相変わらず
「水ちょうだい。
ちょっとだけ🤏」って
あれもやる。笑
その姿を見て
「今日も元気そうだね。」
「また来るね。」
そう言って帰る。
そんな時間が
あたしたちの日常になっていた。
でも。
ある日のことだった。
看護師さんが
こんなことを教えてくれた。
「そういえば先日、
お父様の弟さんが
お見舞いに来られていましたよ。」
「そうなんですね😊
どんな話、してました?」
あたしは
何気なく聞いた。
すると
看護師さんは
少しだけ表情を和らげて
こう話してくれた。
「やっぱり……
落ち込むって
お話はされていましたね。」
「こんな体になってしまって‥‥
本当に落ち込む。」
「生きていていいのかなって
思う時もある。」
そんなようなことを
話されていました、と。
その話を聞いた時。
あたしは
言葉を失った。
え……
そうだったの?
おとーさん。
あたしたちの前では
そんなこと
一度も言わなかったじゃない。
ショックだった。
あたしは
何も知らなかった。
もしかして
あたしは‥‥
おとーさんに
弱音を吐かせることまで
できなくしてしまったのかな。
あたしたちの前では
父親でいようと
無理をさせてしまったのかな。
スーパーヒーローだなんて言って
重たい鎧を
着せてしまったのかな。
「あたし‥‥
おとーさんに‥‥
甘えさせてあげることさえ
できなかったんですね‥‥」
思わず看護師さんの前で
泣いてしまった。
看護師さんは
あたしの話を
黙って聞いていてくれた。
そして
静かに
こう言った。
違うんですよ。
お嬢さんには
お嬢さんのお役目があります。
私たち医療スタッフには
私たちのお役目があります。
私たちは
お父様の弱音を
聞くことができます。
でも。
ご家族の代わりには
なれません。
ご家族が来ると
お父様のお顔が
ぱっと変わるんです。
あの笑顔は
私たちには
引き出せないんですよ。
お父様が
お父様で
い続けるために。
それがご家族の
大事なお役目なんですよ。
その言葉を聞いた瞬間。
張りつめていたものが
ふっとほどけた気がした。
ああ。
そうだったんだ。
あの時
あたしは
初めて気づいた。
おとーさんは
弱音を吐けなかったんじゃない。
父親で
いたかったんだ。
家族の前では
最後まで
子どもたちを守る父親で。
あーちゃんの前では
優しいおじいちゃんで。
それが
おとーさんにとって
生きる理由の
ひとつだった。
親父でいることが、
お父さんの
もう一つの意義だった。
だったら
あたしたちの役目は
無理に
弱音を引き出すことじゃない。
おとーさんが
最後まで
おとーさんでいられる場所を
守ること。
その日から
あたしたちは
迷わなくなった。
おとーさんは
いつまでも
あたしたちの
かっこいい親父なんだ。
だから
病室へ行く時も
暗い顔では
行かなかった。
笑って。
おしゃれをして。
いつものように
他愛もない話をして。
相談事だって
した。
「おとーさん、
これ、どう思う?」
そんな時間が
おとーさんにとって
父親でいられる時間なら。
あたしたちは
最後まで
その娘でいようと思った。
病室には
お花を持ち込めなかった。
だったら。
あたしたちが
花になればいい。
笑顔を咲かせよう。
会話を咲かせよう。
家族の時間を
咲かせよう。
おとーさんの病室が
少しでも
あたたかい場所になるように。
それが
あたしたちなりの
「家族のお役目」
だった。
そして。
その花束の真ん中には
いつも
あーちゃんがいた。
最初は
ICUへ入ることさえ
怖くて逃げ出した
あーちゃん。
そんなあーちゃんが
気がつけば
毎週のように
おじいちゃんへ
会いに行くようになっていた。
「あーちゃんが来たよ。」
その瞬間。
おとーさんの目は
ぱっと明るくなった。
本当に
うれしそうだった。
もうね。
悔しいくらい。
あたしを見る顔より
孫を見る顔の方が
ずっと優しかった。笑
でも。
それが
たまらなく
うれしかった。
あーちゃんが
誰かの生きる希望になっている。
そのことが
あの頃のあたしには
何よりもうれしかった。
声を失った
おとーさん。
言葉で
気持ちを伝えることが
得意ではない
あーちゃん。
そんな二人が
ある日
そっと
お互いの頬を
撫で合っていた。
何も
言葉はなかった。
でも。
言葉なんてなくても
心は
ちゃんと話していた。
この頃になると
おとーさんはもう
会話と呼べる「すべ」は
ほとんどなくなっていた。
首を縦や横に動かしたり。
それも難しい時は
まぶたでYESとNOを伝えたり。
そんな小さなやり取りが
あたしたちの会話になっていた。
そう。
言葉が減るほど
心は近くなっていった。
それが
たまらなく
愛おしかった。
あたしたちは
おとーさんを
励ましに行っているつもりだった。
でも本当は
励まされていたのは
あたしたちの方だったのかもしれない。
花は
一輪じゃなかった。
お互いが
お互いの花だった。
そして
夏が来た。
七夕の日が
やってきた。
おとーさんにとっての
最後の七夕の日が。
(つづく)

