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ダウン症児のママはシンガーソングライター MIMOの「ギフト」な日々

ダウン症の愛娘の子育てと、シンガーソングライターとしての音楽活動を楽しんでいます。
みなさんが元気でやさしくなれる情報をお届けいたします!

今朝一番で開いたX(旧Twitter)。

藤田ニコルさんの

お宮参りの投稿が

話題になっていた。

 

 

キャー!

なんて神々しいの!

にこるん❤️

ママの顔になって

素敵だなぁラブ

あたしは癒された。

 

 

たくさんの祝福の声。

ん?傷ついたという声?

ん?ん?その声への反論。

いろんな意見が飛び交っていた。

 

 

それを眺めながら

あたしはふと思い出した。

昔の自分を。

年賀状で他人の幸せを見て

モヤモヤしていた頃の自分を。

 

 

正直に言う。実はあたし‥‥

傷ついた側の気持ちも分かる。

だってあたし自身がそうだったから。

まぁそんな自分の闇は

おくびにも出さなかったけどな。

 

 

25歳を過ぎた頃だったかな。

友達が次々と結婚していった。

年賀状には幸せそうな

ウエディングドレスの写真

赤ちゃんを抱っこした家族写真。

そのたびに私は笑顔で

「おめでとう」と思う反面

胸の奥がチクッとした。

 

 

焦っていた。

羨ましかった。

取り残された気がした。

 

 

そして結婚したら今度はこうだ。

「子どもはまだ?」

「孫はまだ?」

 

 

人生って不思議だ。

ひとつ山を越えたと思ったら

次の山が現れる。

 

 

そしてあたしは娘を授かった。

ところが待っていたのは

ダウン症の告知だった。

 

 

今度は健常のお子さんを

見るのが辛くなった。

街で元気に走り回る子。

公園で遊ぶ親子。

見たくないわけじゃない。

でも見ていると苦しかった。

 

 

天国の母も言っていた。

あれだけ可愛がってくれてたのに

孫が生まれた当初は

街で健常のお子さんを見ると

「コン畜生」

「なんでうちの孫が‥‥」

と思ってしまう自分がいて

そんな自分が情けなくて

そのあと泣いたのだと。

 

 

もちろん母は

健常児が憎いわけじゃない。

親が憎いわけでもない。

ただただ苦しかったのだろう。

あたしも苦しかったもん。

 

 

あの頃は分からなかった。

でも今なら少し分かる気がする。

 

 

年賀状が嫌だったんじゃない。

赤ちゃんの写真が

嫌だったんじゃない。

健常のお子さんが

嫌だったんじゃない。

 

 

その写真の中にある

幸せが、

欲しくて

たまらなかったんだ。

 

 

 

そんなことを考えていたら

ある女友達とのエピソードを

ふと思い出した。

 

 

昔、NHKの取材を受け

あたしと娘が放送されることになった。

嬉しくて。

観てね!と彼女にメールした。

 

 

ところが返事が来なかった。

あれ?と思った。

数日後、彼女から返事が来た。

 

「MIMOが眩しすぎて、

 直視できなかったよぉ」

 

要は「観なかった」と。

当時は少し寂しかった。

でも今なら分かる。

 

 

人は時々、

他人の幸せが眩しすぎて

目が痛くなる。

その光が強すぎると

自分の心を

焼き尽くされそうになる。

それはあたしが一番知ってる。

 

 

でも本当は、

その人が憎いんじゃない。

ただ、

 

自分の傷が

痛いだけなんだ。

 

 

だからそのあと思った。

あぁ、今、彼女はきっと

なにか悩みがあるんだな。

なんか辛いことがあるんだな。

でもいつかまた

そのトンネルから

抜ける日が来る。

だからその日を待とう。

そう思い直したら

スーッとあたしの中の寂しさが

波のように引いて行った。

 

 

 

そして月日が流れた。

数年後、

その友達の息子さんが

超難関高校に合格した、と

翌年の年賀状での報告が。

 

 

あたしは飛び上がるほど

嬉しかった。

すぐに連絡した。

心からお祝いした。

そして十年ぶりくらいの再会で

一緒に美味しいランチを食べた。

やっぱりあの当時

悩んでいたと告白してくれた。

 

 

傷はずっと同じ形ではいない。

時間は時々、とても優しい。

だからあたしは思う。

 

 

幸せな写真を

載せる人もいていい。

それを見て

祝福する人がいてもいい。

傷つく人がいてもいい。

羨ましいと思ってもいい。

泣いてもいい。

 

 

みんなそれぞれの

事情があり

痛みがある。

計り知れないほどの

それぞれの物語がある。

だからその気持ち自体は

否定しなくていいと思うのね。

 

 

ただね、

これはあたしの場合ね。

その気持ちを

誰かを傷つける刃にだけは

しないでいよう。

そう思ってる。

だってその刃で

一番傷ついてしまうのって

結局、

「あたし自身」だからさ。

だから今日も

そう自分を諭してるおねがい

 

 

まとめまーす。

 

 

他人の幸せが眩しすぎて

目が痛かった頃のあたしへ

 

 

そりゃ、モヤモヤするよね?

わかるよ、わかる。

でもさ‥‥

 

あなたはまだ、

自分の幸せの形を

知らないだけなんだよ。

 

大丈夫だよ。

ちゃんとたどり着いてるから。

あなたなりの幸せに。