前回のブログでスピリチュアル的な講座を受講しようと思ったキッカケなどを書きまた。
ダウン症の息子を産んでまだ2年ちょっとなので、あまりわかってないことも多いかもしれないのですが…
でも、現実的にはダウン症の息子を抱えており、一般的に見ると大変そうだとか思われたりするのかな。
私自身も出産後、人生終わった…って思ったけど。
でも、実際今感じる気持ちとしては、息子を出産する前よりも全般的に心が軽くなって生きやすくなっている自分がいるんです。
ほんと不思議なことだけど。
だって矛盾してると思わない⁉
それは私の価値観、気持ち、視点の変化によるものとしか思えない…
ということで
障害のある子を出産したとかではなくても
人生生きにくいと感じている方、特にママたちに
何か気づきみたいなことを伝えるキッカケになればいいなと思って。
何か自分のサロンを通して伝えることはできないだろうかと思い受講したのでした。
で、今回はその息子を出産してからの気付き…というのをちょっといくつか書いてみたいと思います。
過去ブログで書いていることなのですが、久しぶりに読み返したら、けっこう心の動きとかもいろいろ書いてて、私ってこんなこと考えてたんだな~って思ったので。
自分の気持ちの整理、再確認も含めて…
あと、最近フォロワーさんになってくださった方もおられるかと思うので、ここでもう一度まとめてみたいと思います。
※過去ブログ(#53 ~ #77)くらいで書いてあることなので、興味がある方は読んで頂けたらと思いますm(_ _"m)
ただ、私文章あんまり上手じゃないうえに、長いのでその辺覚悟してください(笑)
《ダウン症という色眼鏡》
私は赤ちゃんには無条件の可愛さを無意識に期待していたんだと思う。
でも、我が子がダウン症。
ダウン症といえば、知的な障害があり、見た目も特徴的な風貌になっていく。
我が子は斜視もあるので、目ん玉が変な位置になることもあって気持ち悪いって思うことも多かった。
とにかく全然可愛くないと思った。
でも、一緒に生活していく中で少しずつ心境の変化があり…
「ダウン症」というレッテルを外して「赤ちゃん」という視点で見れるようになってきたら「思ってたよりも可愛いかも⁉」「なんや、普通に赤ちゃんやん」って思える事も増えてきた。
もちろん、それでもめっちゃダウン症顔の時もあって「やっぱり無理やわ」って思う事もあったけど(笑)
でも、そんな日々を過ごすうちに、私の「赤ちゃんとは可愛いもの」「この子はダウン症」という勝手なフィルターが、自分自身を苦しめていたんだと気づいた。
もちろん、だからってすぐに受入れに気持ちが向かったわけではないけれど…
私は今まで自分の思い込みや、勝手に作ったフィルターを通して物事の可能性を狭めたり、偏った見方をしたり…そんなことはなかっただろうか
息子の事だけでなく、そんな思い込みで人生苦しく感じている部分も多かったんじゃないだろうかと気づいた。
《自分軸の作り方》
今まで自分軸とか他人軸とかそんなこと考えたこともなかったけれど、私は人に合わせることが得意だとは思っていた。
私はそんなに苦にならないから、私がちょっと我慢して事が丸く収まるなら…って感覚が大きかったんだと思う。
けれど「私がちょっと我慢して…」って思う時点で、もう我慢してるんだよね(笑)
そして今までの人生振り返って、結局そうやって人に合わせて生きてきたもんだから…
今回自分の人生とガチで向き合い、振り返った時に心の底ではなんでも人のせいにしてる自分に気づいた。
それって他人軸で生きてきた証拠。
自分の人生、責任もって生きてきたって言えないなって思った。
もう「自分軸」ってもの自体がよくわからなくて、友達スピリチュアリスト?に聞いてみたら「どんな自分にもOKしてあげることだよ」って。
その当時はまだ、息子を養子縁組で手放したいって思っていたし、息子がダウン症で生まれたのも自分の責任だって思っていたし。
そんな母親最低だって思っていたのに‥‥
でも、そんな自分も全部ひっくるめて自分にOKしてあげることだよって。
…意味が分からない。
でも、やってみた。
・それだけ楽しみにしてたんだから、ショックな気持ちが出て当たり前だよ。
・障害持った子を育てるなんて未知すぎて怖いよね。
そんな思いがでてきても当然だよ。人は誰でも、未知なことは怖いものだよ。
・受入れられない自分を責めなくても大丈夫だよ。
今すぐ白黒ハッキリしないといけないわけじゃないんだよ。
グレーという選択肢だってあるんだから、そんなに自分を追い詰めなくていいんだよ。
そうやって自分を肯定するたびに、抵抗感はでてくるけれど。
でもそんな自分の醜い部分、認めたくない部分を自分で認めて、等身大の自分を認識することができたように感じた。
ホント辛かったけど、ここでちゃんと本当の自分と向き合えるキッカケができてよかった。
そうでなかったら、この先もずっと人生他人のせいにして生きていたと思うから。
そこから自分と向き合うことの大切さを感じるようになった。
《まずは自分を大切にすること》
いろんなことを考えて苦しんでいるけれど、私には何ができるわけでもない。
まずは自分を整えることが大切。
今まで何をするにも自分のことは後回しにしてきたけれど、まずは自分のことを満たしてあげるようにしてみよう。
自分のことを一番大切にできるのは自分自身だから。
そして私が今まで通り元気に楽しく過ごせることが、娘にとっても一番いい影響を与えることになると思うから。
息子をどうの…とか、娘のために…とかではなくて、まずは自分のことを一番に考えてみよう‼
《頑張る事をやめてみよう》
今まで寝る時間も惜しんで、家事・育児・仕事…
いろんなことを頑張ってきた。
でも、それって何を目指していたんだろう??
そんなにお金が欲しかったの⁇
そんなに頑張ってるけどお金貯まったの⁇
なにを、どこを目指して頑張ってたんだろう??
ゆっくりすることへの罪悪感
なにかしていないといけない気がする強迫観念
バリバリの昭和の価値観
…そしてその先に産まれた息子がダウン症。
親戚にも残念だったな…とか言われたりして。
私は何を目指して頑張ってきたんだろう。
なんだったんだろう。これは。
人生で一番の失敗のような気持ちになった。
なんかもっと大切なことを忘れてない??
本当は人生に起こることで失敗なんてないんだよね。
そこには経験と学びがあるだけ。
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自分で読んでたらこれも書きたいな…
これも書きたいな…ってことがたくさんあったので、ついついいろいろ書いてしまいました。
ちょっと長くなるので②に続きます(笑)