入院してました② | 人生プラスマイナスゼロ

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まさか、自分が乳ガンになると微塵も思っていなかった36歳の闘病記録
ステージIIA・ルミナールA

​異変に気づいたのはいつ?!


その日は午後から胃カメラ、大腸カメラをやって、夕飯を外食で済ませようと、油そば屋さんへ。


油そば→スーパー→帰宅の流れだったのだが、スーパーにいるときに少し腹痛を感じる。


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じゃっかん、​腹がいてぇ…
早めに帰宅したい…


だんだん口数が少なくなる私。

当時のことを旦那は


​今、思い出してみれば、スーパーのとき、様子がおかしかった!

 
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と。



​帰宅後、激痛が襲う!


帰宅後、すぐにヨギボーに倒れ込む私。


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​痛い…でも…もしかしたらウ○コ出したら、良くなるかもしれない


と思い、トイレに行くタイミングを伺っておりました。

そうこうしてるうちに、息子のお迎えの時間。

だんだん痛くなる腹痛で、申し訳ないが旦那に行ってもらうことに。


息子の帰宅後も腹痛は良くならず…むしろ悪化。

さすがに


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​こ…これは…ウ○コの痛みじゃねぇえええ…

となり、旦那の後押しもあり、救急へ駆け込むことになりました。



​駆け込んだ救急は二次救急の病院


自宅から一番近い救急へ旦那と自家用車で向かいます。

あまりの痛さに車の中では唸り、ジタバタとしてました不安


血を取り、CTを撮りと、私は覚えてないですが、いろいろと検査をしてもらいました不安


救急の先生が下した判断がこちら。


急性膵炎です。
うちでは看護体制が整ってないので、専門の先生のいる大きい病院(三次救急)へ搬送します。
おそらく、そのまま入院です。

 
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薄れゆく意識の中、


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​えぇ…に…入院だとぉおお…?ネガティブ


となっておりましたw



​救急車で三次救急へ


もう激痛&嘔吐で何がなんやらでした。

自分では動けないので、ベッド間移動も全てやってもらいました泣き笑い

気が付くと搬送先の病院の救急で処置を受けてました。


そのとき、旦那は


​奥さん、重症急性膵炎です。
膵液が周辺臓器まで溶かして、広い範囲で炎症起こしてます。
最低2〜3週間は入院です。

 
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と言われたようでえーん



​ナースステーションの目の前の部屋


一通り処置が終わり、その日はナースステーションの目の前の個室へ移されました。

おそらく深夜2-3時くらい。


救急に駆け込んだのが21:00くらいなので、急性膵炎発症から約5〜6時間後に目処がたちました。

個室に移されてからも、定期的に看護師が容態確認しに来てくれました悲しい




​重症急性膵炎の痛み


膵炎発症から約5〜6時間後。


強めの痛み止めを打ってもらい、

動かなければ、まぁ大丈夫…。

くらいまで痛みが抑えられたのですが、

痛み止めが切れると眠れなくなるくらい、

痛いこと痛いこと。


膵臓+周辺臓器の炎症がひどいので痛いのは当たり前らしいんですがえーん


主治医に相談して、24H絶えず強めの痛み止めを流す点滴に変えてもらいました悲しい


1週間くらいはこの強めの痛み止めを流し続けてました。

そこからは24H流すのは変わらないけど、徐々に痛み止めの強さを弱めて、退院に向けて痛み止めを止めるという感じでした。