アメリカでしのぐウエイトレスのブログ -20ページ目

アメリカでしのぐウエイトレスのブログ

バカヤロー!って叫びたいときだってあるんです…。

何度か利用したことがある家具屋さんから、分厚いカタログが送られてきた。


何の気なしに、ペラペラとページをめくってみた。こう見えて私、けっこう収納好きなのだが、今の住みかは、収納もへったくれもない、という狭い部屋。こんな家具を置きたい、こんな収納してみたい、と思うだけで、実際は、どうやってモノを詰め込んで、生活スペースを確保するか、といった状態。


カトリーナから逃れてカリフォルニアにやってきて、とりあえずすぐ住めるところを、と見つけたのが、今の部屋だが、最初の印象は、


狭い、そして、家賃が高い。


LAの家賃は高い、とは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。


私は今、ニューオリンズ人なら窒息してしまいそうな狭い部屋に、ニューオリンズ人なら気絶してしまいそうな高い家賃を払っている。とりあえず住むところが必要だったので、気に入らなければいつか引っ越せばいい、と思いながら、3年が過ぎようとしている。


いつか余裕ができたら、と思いながら、こんな場所に3年もいるのだから、家具屋のカタログに出てくるような部屋に住むなんて、夢のまた夢。


それでも、やっぱり、


いつか、余裕ができたなら、こんなステキな家具に囲まれて、好きなことして暮らしたい。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


なんて、思ってしまう。



いや、ちょっと待て。


もしも、家具屋のカタログのような生活が欲しいのなら、もう手に入れてなきゃダメなんじゃないか?

いまさら、そんなものに憧れてどうする。そこにあるものは手に入れられても、そこで作っていく家庭も育てていく子供も、もう私にはないし、これから作っていく年でもない。それよりはむしろ、


老後の生活のことでも考えた方がいいんじゃないか…。orz


職場でも私生活でも、自分よりも若い人たちと関わることが多いせいで、私はどうも、自分の実年齢に鈍感だ。



いつかいつか、って、いつまでも夢見る少女みたいなことを言っていたら、


いつか、真冬のキリギリスになってしまうかも。(_ _。)



気をつけないと。






事件も無事解決した私が、何をしていたかというと、


グーグルマップのストリートビューにはまってますた。(・∀・)



いろいろと批判もあるようだが、丸八年日本に帰っていない私には、日本にいたころ暮らしていた街や、よく歩いた通りや、住んでいた家が、インターネット上で簡単に見られるというのは、ただ素直に、


すごい!


懐かしくて、あちこち見て回っていたら、ちょっと乗り物酔いの気分になってしまった。

そして、昔の知り合いを彼女の家の前で見つけた。顔はぼかしてあるが、見る人が見ればどこの誰だか分かる。8年間会っていない私にも、分かる。


確かに、プライバシーの問題はありそうだ…。orz



8年間といえば、私がアメリカにやってきたのは、2000年シドニーオリンピックの年。今年の北京オリンピックは、アメリカで迎える3回目のオリンピックだ。


シドニーオリンピックは、ニューオリンズで暮らし始めて数ヵ月後に始まった。こっちのテレビでも、日本で見ていたのと同じような感覚で、オリンピック中継を見ようとチャンネルを合わせたのだが、


これがびっくり。



こちらのテレビ中継は、ひたすら、

アメリカ!アメリカ!!アメリカ!!!



自国の選手に注目して応援するのは普通のことだが、それが半端じゃない。

アメリカが活躍したところだけを、編集して繰り返し流す。


競技全体の進行状況も、試合の流れもヘチマもない。


ただひたすら、アメリカ。


少なくとも、日本から来たばかりの私には、そう感じた。


アメリカ出身の選手を応援したい気持ちは分かるが、ここまでえげつなくできるものか。

それにアメリカは世界各国からの移民が住むところ。テレビを見るすべての人が、アメリカ人選手だけに注目しているわけではあるまいに。


特に日本を応援するというわけでもなく、ただオリンピックを観る、という観点からしても、まったくおもしろくもないものだったので、


それ以来、あまりオリンピック中継は見ていない。



このことは、アメリカ暮らしを始めたばかりのころに受けた、大きなカルチャーショックの中の一つである。


アメリカ人の愛国心、とはこういうことか、と思ったのと同時に、


アメリカ人は、メディアによって洗脳されやすい、そして、しやすい国民なんだろうなあ、などとうっすら感じたりもした。




一言で言えば、単純、ってことだね。



暑い。 このところ夜になっても、それほど涼しさを感じない。


そんな訳で、アメリカ人女性たちは、みな、これでもか、ってほど肌を出したドレスでディナーにやってくる。



そんな食事風景とは、似ても似つかぬ格好の男性が、店の中に入ってきた。


こういっちゃ悪いが、どう見てもウチの客ではない。こんなことを言うと、どんな高級レストランに働いてんのか、と言われてしまう。

ウチはそんな大層なレストランではないが、なんというか、一般的な社会生活を送っていないだろう、というようないでたち、ホームレス風ファッション、とでも言おうか。


でも、いちおうメニューを持って、お出迎え。



お一人様ですか?(;^_^A


いや、そうじゃないんだ。(・∀・)


やはり客ではないらしい。


で、ご用件は?(;^_^A


今日、ランチのとき、ボクのママがアイスティーをテイクアウトしたんだ。で、ママは糖尿病で砂糖が使えないので、何かスィーター(甘味料)をくれないかな?(^人^)


orz


昼にアイスティーをテイクアウトした。というところまで聞いたとき、わざわざ店にやってくるなんて、まさか食中毒?と一瞬思ったが、アイスティーで食中毒なんて、よく考えればありえない。だいたい、昼にテイクアウトしたアイスティーを夜まで後生大事に持っているというのも、妙な話だ。



この日、ランチも働いていたウエイトレスに尋ねてみたが、



アイスティーのテイクアウトなんて、ここ100年くらいお目にかかってない。┐( ̄ヘ ̄)┌


と、言う。そういや、私もそんなもの扱ったことがない。



あきらかにウソだが、めんどくさい、くれてやれ、と思い、キッチンに入ろうとすると、



あ、できればスプレンダー(ちょっと高級なヤツ)がいいんだけど。

(o^-')b


どこまで、図々しいんだ、この男。(-_-メ


申し訳ありませんが、用意してません。(;^_^A


と、ふつうの甘味料の小袋を数個渡すと、おとなしく出て行った。



このあとどうするのか、と興味を持ったので、外まで追ってみた。


すると、


隣のレストランに入っていった。


そこでも、同じことをするに違いない。もしかしたら、


ランチにスシをテイクアウトしたんだが、しょう油がなかった。


とかいって、しょう油をもらうかもしれない。(゚ー゚;



こんな、いちいち手の込んだ見え透いたウソをついて、レストランを回って甘味料を集めて歩くなんて、



いったい、どんな生活をしているんだろう。orz


ホームレス風ではなく、立派なホームレスだったのかもしれない。





そうそう。レストランにやってくるのは、なにも客ばかりではない。

こんなふうに、ナプキンをくれないか、とか、ボールペンを貸してくれ(返さないけど)とか、ものをもらいにやってくる人は、けっこう多いのだ。



以前にも、テイクアウト用のスプーンをくれ、とやってきた若い女の子に、スプーンはないので、と箸をあげたことがある。


女の子は、お礼もそこそこに、なぜか怪訝そうな顔で箸を受け取って、外に出て行った。


しばらくして、通りを見てみたら、さっきの女の子が、




道に座って、コンビニで買ってきたアイスクリームを箸で食べていた。






最後の客が帰った。


ラジオの電源を切ろうとリモコンを手にしたそのとき、スピーカーから、ホテルカリフォルニアが流れてきて、私は手を止めた。


喧騒にかき消されていたBGMは、客がすべて去った店内には音量が大きすぎて、すぐにそれと分かるギターのイントロが店内に響いている。


いつも私がラジオを消し忘れていると、


さー、ラジオ消そうね。


というボスも、何も言わずに片付けをしている。


シェフたちもみな、おしゃべりもせず、ただ黙々と後片付けをしている。



もしかして、みな、ラジオを聴いているんだ。

70年代を代表する名曲ホテルカリフォルニアは、私よりも一世代上のボスたちには、私が思う以上の何かがあるのかもしれない。





年配の、え、この人が、というような意外な人が、アメリカ音楽に詳しかったりして、驚くことが、ときどきある。


よく考えてみれば、あたりまえのことなのかもしれない。



若い頃、ラジオから流れてくるアメリカンポップスや、ハリウッド映画を見て、アメリカに憧れ、見も知らぬアメリカという国に単身渡ってきた人も多いのだろう。


感動や興奮を維持するのはむずかしい。

アメリカの大地をはじめて踏んだ頃には、見るものすべてが目新しかったものが、いつのまにか、ただあたりまえにそこにある日常の風景になり、日本にいる頃もっていた、アメリカに対する憧れも、もうそこにはない。


年を重ねるにつれ、あきらめにも似たなにか切ないものに、心のほとんどを占領されて、ただ日々の糧を得るためだけに生きるような日々。



客に乞われるままに、ヘンテコリンなロールを黙々と作りつづける、寡黙なあのシェフも、イジワルなあのシェフも、数十年前、アメリカにやってきたばかりのときは、でっかい夢を持っていたに違いない。



物悲しいメロディーに誘われて、そんなことに思いをめぐらせた。



そして、曲が最近のヒップホップに替わったところで、ラジオを切った。




そういえば私も昔、



アメリカが好きだった。

やったー。


終わったぞー。


о(ж>▽<)y ☆



な、長かった……。(゚ーÅ)




でも、


ほんとにこれで終わりだよな…。

実はまだ…、って、何か出てきたりしないよな…。



大問題発生から、7週間。

とっても疑り深くなった。orz



まさか、夢じゃないよな。