昨日は、まいご3兄弟の再放送がBShiであったのですよね。


BS環境にないので、残念ながら見る事はできませんでした。



しかし、放送にあわせて遠藤CPが


つぶやきますということで・・・・。


twitterは、アカウントだけとって、ほとんどつぶやいてないのですが


とらのすけさんファンや


ちりとてちんファンの方の


つぶやきをときどきながめさせてもらってました。



昨日も遠藤さんのつぶやきをフォローしてたんですけど


遠藤さん、つぶやくつぶやく!w



お約束のように途中エラーが生じてww


遠藤さんが突然TL上から消えてなくなりまして。


終わりのころにやっと復帰(笑)



遠藤さんのつぶやきのおかげで


あのお相撲のあたりのやりとりがかなりアドリブだったということがわかりました。



「ほそいのとちいこいの」とか


「そのつっぱりちゃうわ」とか




あー。それにしても



まいごの四草は、本当によかったなあ。



ふたりを黙らせるための「うそ」を話すときの


ちょっとわざとらしい感じとか



小草若に「馬の骨」と言われた後の


目の泳ぎ方とか、寂しさや悲しさをかみ殺したようななんともいえない表情とか



あのシンデレラ時間のハッピーバースデイが聞こえてきてから


萬さんの心温まる台詞をもらうまでの


表情だけの演技で見せる心情の変化とか



ふすまをあけてから二人の兄弟子を見つめながら安心した表情に変わってくところとか



車の窓から振り返った笑顔のさわやかさとか



四草会の舞台袖で、プレゼントの一本骨のかけた扇子をみて


ちょっと微笑んで、それからすぐにきりっと


高座に向かう噺家の顔になるところとか



草々兄さんとの男と男の無言の会話とか



そしてそして


ラストの蜩紋の前でお辞儀するときの


おっとこまえな顔とか



見なくたって、脳内に浮かんできますよ。



ハイビジョンでみる四草の御目々はよりいっそうキラキラしていたそうですよ。


みたかったなあ。



昨日は眠くてその後ねちゃったけど、


またDVD出してきて


メイキングのふわふわ虎ちゃんと一緒に


まいごもう一回見ようかな。


私、このブログやってること、家族や周囲の人には、言ってないんですね。

何だか、恥ずかしくてね。

虎萌えばかりだしね。


先日、娘が、

「お母さ~ん、私ブログ始めたんだ♪」


私「え!そうなの。」


娘「うん。アメブロだよ。」


私「!…そ、そう。」

娘「友達がみんなやってるから、面白そうだなと思って。教えるから時々覗いて」


私「うん。あ、くれぐれも個人が特定されるようなこと書いちゃだめだよ。」


などなど、多少どぎまぎしながら、とりあえず、忠告らしきことなど投げかけて。


読者登録して(笑)時々覗いてます。

まだこうして、親に申告してくれるから助かります。


内容は、好きなアニメのこととか、日々の出来事。

仲間内でコメントしあったり、なうを使っておしゃべりしたり。


私たち夫婦の会話などもネタにされたりしていて、冷や汗かいたり…


時々私の知らない娘の姿が垣間見られたりして…、当たり前なんだけど、ちょっぴり寂しかったり…。


どんどん、母親の知らない娘だけの世界を広げていってるんだなと思いました。



で、私は、このブログの存在を娘にカミングアウトしたかというと…


否…


今のところ、ブログは、自分だけの世界。

リアル周囲の人たちには、ちょっこし、照れるような気持ちや思考(嗜好w)を語る場になっちゃってるかな。





NHKウォッチャーであるワタクシ(師匠は猫ノ介さん)の


最近のお気に入り


(あ、火の魚見ましたよ。すっごくよかった。リピートしてます。)



NHK教育の深夜23:55~0:00(月~木)放送の


「2355」


きょうの終わりにほっとひといき。
『2355』は、見ると気持ちよくリラックスできる、
おやすみ前にぴったりの5分番組です。



ということで



ほんとにほっとする


ゆったりとした番組です。



後半におやすみソングというのが流れますが


今放送中なのは


小泉今日子さんのうたう


「三日月ストレッチ腰ほぐし編」




ゆるっとしたアニメと


キョンキョンの優しげな声が


リラックスさせてくれます。


もちろんストレッチも一緒にやると


そのままお休み~な気分です。


番組HPはこちら


おすすめです。



ちなみに「0655」


という朝番組もあります。


こっちは、ワタクシ的に早起きしないと見られないw



そろーりと


F.+2の感想という名の独白を・・・・




事前にREDシアターの配信動画とかみて・・・


どこか、心に掛け金をかけてないと、観れないような


気がしてたんですね。






粕谷が発する粘っこい負の気と


おんなじ匂いのする空気をまとった人が


かつて、私の身近にいました。




心を開放して


感じるがままに舞台を楽しもうと思っていたけど



やっぱり、心に少し鍵をかけて、ドアの隙間から覗くようにしないと


怖くて。




いえ、私が綾子のような立場だったわけではないんです。


粕谷と綾子のようなカップルが身近にいて。


見守るような立場だったんです。


二人とも近しい人で。



彼は夢に敗れて自暴自棄になった時期があって


彼女のほうは、ほんとに彼に寄り添うように支えてて。


目に見える暴力はなかったようですが


言葉の暴力は多々あったようでした。




彼女のほうに、「離れてみたほうがいいのでは?」


と言ってみたこともあったかな・・・


でも、結局別れなかった。



何もできなくてね。苦しかったです。傍から見てても。


だいぶ昔の話ですけどね。




粕谷さんが登場してからずっと


彼から、(・・・助けてください・・・・・)という小さな心の声が


聞こえてくるような気がしました。



虎氏が、見る人によって感じ方が違うだろうと


言ったのは、まさしくその通りで。



私の場合は、そういう自らの昔の息苦しさが浮かび上がるのを


おさえるように


用心しながら観てました。





粕谷の頭をかきむしるようなしぐさや、


なにがきっかけなのか分からないのに


みるみる気分が悪くなっていく様や


眉間にしわの苦悶の表情が




本当にそう言う人を見たことあるのかなあというくらい


リアルで。


自分が何者であるかの答えへの希求と


何者でもない自分への嫌悪



自分で自分を傷つけるだけでなく


他者を巻き込み


他者にも自分を傷つけ憎むように自ら仕向けてしまう哀しい人。


そういう人に


傍らにいる人は何ができるでしょう。




中山のように


しっかりしてくださいと叱咤するか


関係を切るか(あるいはそうせまるか)




綾子のように・・・・


綾子には聞こえるのでしょう。

粕谷の心の「助けて・・・」という小さな叫びが。




綾子のように


絶対的な許しの眼で見つめ続けるか。



自分と物との区別がつかなくて


他人と自分の区別もつかなくなって


ドラム缶相手に独語したり



崩壊寸前というか


すでに崩壊しかけてる粕谷




結局自分を救えるのは自分しかいない


何者でもない自分を


自分で許して受け入れるしか




粕谷さんに


いいんだよそれで、いいんだよって


言ってあげたくなりました。



何者でなくたってそのまんまの粕谷さんで


いいんだよと。



当時


その知り合いのカップルの彼のほうに対して


強い苛立ちや憤りや失望を


感じていて



彼の気持ちが理解できなくて



でも今回の舞台観て


なんだかその彼の苦しさを


ほんの少しだけど


解れたような気がして



崩壊しかけた男を


愛おしい存在に感じさせてくれるように


演じてくれた虎ノ介さん。



ありがとう



少し救われたような気がしました。






おまけ。




中山のタップを


奥のベンチに腰掛けて


微動だにせず


遠い眼をしてみている(みていないかもしれない)


あの粕谷の顔が



超絶に美しく




おいおい、これはあの


阿修羅像じゃねーか


いや弥勒菩薩か・・・


などと思ってしまい




半眼の眼が


どこをみているのか


わからなくて


こちらがいたたまれなくなるような


だけど


ずっと見ていたくなる様な



不思議などきどきで


いっぱいになりながら


あの表情をみておりました。







あ、おまけのおまけ。



その昔の知り合いのカップルですが


今でも夫婦をしております。





彼は、夢を追うことはあきらめ


家族を養い、地道に働くことを選び


たくさんの修羅場があったようですが


今でもたまにお酒を飲むと


昔のことを思い出して


悪酔いして絡むこともあるようですが


彼なりに妻を大切にし


けんかはするけど仲のよい夫婦です。


彼は、何者でもない自分に折り合いをつけ


自らを認めて生きてこれたんだと思います。



だからということもないけど、


粕谷にも、まだ挽回できる今後があると


そういう可能性が残されていると


思いたいなあ。


粕谷の歩いた線路はこんなだったのでしょうか?



ゆっくりさんぽ

写りが悪くてすみません。

この写真は、青森県三沢市の米軍三沢基地へと続く引込み線だそうです。



18日(土)の朝日新聞の土曜日にくる「be on Saturday]の


《うたの旅人》


という連載に


青森・三沢出身の寺山修司作曲、


カルメン・マキさんのうたう「時には母のない子のように」


にまつわる記事が掲載されました。


読んだ方いらっしゃいますか。


戦争で焼け出された寺山さんと母親は、


父の兄の経営する食堂に身を寄せます。


寺山さんのお母さんは


三沢基地の米軍将校のハウスメイドとして働いていたそうで


寺山さんは、派手な化粧をして米軍基地に消えていく母親を


この引込み線から見送ったそうです。



お母さんは、この後、米軍将校を追いかけ出て行ってしまう・・・。




この写真と寺山さんの物悲しい話と


粕谷の独白に出てくる線路が


なんとなくリンクしました。




そして先日の、F.+2の宣伝のラジオ番組で


RON×Ⅱさんが、「この間、虎さん、バイクで青森行ったんですよ」


という言葉が思い出されて


あ、青森の風景を見に行ったのだなあと。



その場に立ってみなければ感じられないもの


を探しに行ったのかなあ。。。なんて



なんとなく、漠然と・・・・


ま、勝手な憶測ですけどね。






新聞の記事には


カルメン・マキさんのことも書かれていて


カルメンさんが大人気で多忙な日々を送っていたとき


CBSソニーのスタッフに


ジャニス・ジョプリンのLP「チープ・スリル」をもらったのだそう。


そして、そのシャウトするようなしゃがれ声にハンマーで頭を殴られたような衝撃をうけたと。



今年夏のライブでも最後に


「サマータイム」を歌われたそう。


「サマータイム」はLP「チープ・スリル」に収められていた曲なのだそうです。




青森・三沢・・・・


食堂・・・・


シナリオライターでもある寺山修司・・・


ジャニス・ジョプリン:サマータイム・・・・


米軍基地・・・・・


線路、引込み線・・・・・




まだまだ余韻の冷めない


あの舞台を連想させるような


さまざまなキーワードがちりばめられた


この新聞記事を


食い入るように読んでしまった土曜日でした。










演出の長谷川さんのブログが更新されていますねぇ。



さすがに、あれだけの脚本を書く方は、使う言葉が違いますね。



「虎ノ介もロンロンも美事に変貌して、・・・」


見事じゃないんですね。


美事ですね。



普通に打ったって美事なんて出てこないし、


第一、言葉を操ってなんぼのプロの方ですから


あえてこの字にしたのですね、きっと。



造語でしょうが、なんだかわかる気がします。



あと


「虎ノ介、ロンロンとも刮目の舞台だった」


って・・・・



・・・・・・・



・・・・・・・



刮目ってーーーーーー?




意味調べちまったよ。




「目をこすってよくみること。注意してみること」



だそう。


刮目に値する・・・とかって使うんだってさ。




とにかく、目を見張るほどに美しく魅力的に変化したって


ほめてくださってるんだよね。


うれしいな。


内野さんが


大変なことになってますが


彼、今日


バースディだったんですね。



・・・・・・


・・・・・・・・・・・



私もです・・・・・・・・




今日からアラフィフ~・・・・・・・あはは




願わくば


千秋楽の舞台を


自分へのプレゼントにしたかったけど




3回も見られたから


それでOK


また1年がんばろー


赤坂では無事に楽を迎えたのでしょうかね。


暑い夏がやっと終わりを告げるかのようなこの時期に


ぴったりの舞台だったです。



感想を別記事で書いてるのですけどね


なかなか思うようにかけません。


ちゃんと書こうとすると


苦しくなっちゃって。



まあ、そのうちUPするかもしれないし、


しないかも・・・・。



突発的に3回目、月曜に観劇しました。



ちょうど中日というか6回目の真ん中の回


疲れもピークだったでしょうね。


前回のときのほうが


二人とも、気迫という点では強かった感じがしました。



あれっと思ったのは



シャドーボクシングの後


工具箱からナイフを取り出すはずの粕谷


ナイフが、ナイフが・・・・あれ?無い・・・・・フ?(失礼しました)



粕谷君、結局


取り出したのは、カナヅチ



そのあとの台詞でも


ナイフというところをハンマーと言い換えて


お芝居を続けてました。



でもナイフで襲い掛かるのと


ハンマーで襲い掛かるのでは


動作が違ってくるし、


受身の中山君、どうするんだろうと



ちょっと見てるほうも緊張



始めてみるお客さんはきっとそういうものだと見ていただろうけど。



でもそこはさすがの二人。


最初からハンマーの設定だったかのように


自然に展開させてました。



このふたり、


仲悪いのに、息がぴったりあってるという


不思議な関係ですねぇ。



ロンロンさんはお芝居も初めてと思えないくらい上手で


声も素敵ですね。


さわやかな声なので、


中山が粕谷を嫌っているようにみえて


心の底では尊敬してるし好きなんだっていう側面が


より前面に出てたような気がしました。



言い回しや声の出し方によっては


かなり粕谷を嫌悪する側面が強く出る演じ方もあったと思って。



でも、ロンロンさんの演じ方で


私個人的にはすごくよかったな。



カーテンコール


いつも一番最後まで頭を下げている虎ノ介氏


この日は、特に2回目のお辞儀は短めで、


さーっとはけてしまれました。




今日の千秋楽はどうだったのかな?


最後の最後に、粕谷ではなく


加藤虎ノ介の顔で


挨拶されたのかしらね^ ^





泣きたい気分になるときって時々ありますよね。



そういうときは、泣ける映画とか泣ける本とか読んで


号泣すればすっきりするから、


ときどきやるんだけど。



F.+2 観て


心は痛かったけど


泣きはしなかったの。



でも、なんだか心の奥が、泣きたい泣きたいというんです。




舞台見終わって帰る途中


本屋によって


店員さんのお勧めの一言カードに


「涙腺崩壊まちがいなし!」


みたいな文句が書いてあったある文庫本を買って


読んだけど、


店員さんと私の泣きのポイントは違うらしく


一向に泣けなかった。しんみりはしたけど。




で、今日、


すっかりそんな気分は忘れていて


普通に仕事を終え帰宅。



例の世田谷のラジオ番組の完全版(?)聞いてて、


ナビゲーターの方が


「黙読より音読したほうが台詞がはいりやすい」的なこと


おっしゃっていて。



何気なく好奇心で


F.+2の舞台の上演台本とりだして


あの粕谷の最期の「独白」の部分を


音読してみたんですよ。(←痛いおばさんですね)




そしたら、


ちっともそんな意図で読んだわけでもなかったのに


途中から


嗚咽・・・


涙、出てくる出てくる・・・。




決して頭で理解してるわけではないけど


なんでだかわかんないのに涙出てきちゃう。


虎氏のように心情を豊かに表現なんてできない


へったくそな音読なのに。




あの虎氏の熱演、聞いて、圧倒はされども


泣きはしなかったのに。



ちょっとびっくりした。





音読って、セラピーになるかもって思いました。


言葉に魂がある文章なら、特に。




あ、でも虎氏も言っていたように


読んだときの体調や心境によっても


感じ方が違うのでしょうけどね。

とりあえず、2回観てきました。


どうしよう。もう一回みたい。



休みとって、当日券でもう一回行くかも知れません。


ああ、我ながら、どうしてこんなにどっぷりとはまっちゃってんだろ・・・。



劇中流れてた「サマータイム」だっけ。


耳について離れんようになってる。




ネタバレなしで語れる部分だけとりあえず。


この作品については、なんか語っちゃいそうなので、それは後日また。



とにかく、ボキャブラリーがなくてじれったいのだけれど


凄い。凄い。圧倒されます。圧巻です。



RONRONさんのタップは文脈上、中山の感情の爆発と昇華がなされる


重要な場面で、その成否はお芝居のできをかなり左右する重要なもので


大きな見せ場。



もう本当に彼の心の叫びをそのまま体で表現しているようなタップで。


タップを間近で味わうのは初めてだけど。


体がしゃべってるって感じ。



私が観劇した2回のうち、2回目のほうが、感情が高ぶっている感が強く出ていて


感応した観客から、思わず期せずして拍手が。




2回目は、運良く前から2列目の席だったのですよ。


だからということもあったのか、本当にタップを踏む音が


そのまま胸のあたりにぐさーっと付きささってきて。


体の動きの見事さとか足さばきとか、みとれてました。




そしてそして


虎ノ介氏ですが。




某ブログで、「ミイラになっちゃう・・・」という表現があった意味が


観て初めてわかりました。


どのぐらい水分出ちゃったかな。




あの独白のシーン。


私は個人的な理由で、かなり心に鍵をかけながら


観ていたのだけど




声色がすっと


それまでと全く色を変えて


あれは、きっと粕谷の心の中にいる


無垢で繊細なインナーチャイルドの声



感心するのは


ものすごく泣きじゃくりながら


顔中ぐしゃぐしゃにしながら


しゃべってるのに


セリフが言葉が


きちんと力を持って伝わってくること



セリフだけで


一切の動きはなく


立ったまま帽子を深くかぶり


表情も見えない。



声だけのセリフだけの演技です。



脱帽でしたね。




粕谷の体が小さく小さく縮んでいくのが見えました




この独白シーンの虎氏の声・・・・大好きでした。


すこーし鼻の奥に抜けるような声色で優しくて潤いがあって。




長いモノローグが終わって暗転


直後の挨拶。



粕谷の空気が抜けないまま(無理無い)硬い表情で挨拶する虎氏。



でも、2列目で表情を近くで見れたせいかもしれないけど



ほんのちょっぴり


安堵の笑みというか表情のゆるみが


感じられたのは


私の錯覚だったかな・・・。



泣きはらした目の奥はきらきらしてました。



それから


この脚本。


いろんなご意見があるようですが


単なる素人のつたない感想ですけど



言葉にリズムとか力があるなあって。


だけど決して伝えたいことを説明して無くて


説明してないのに


言葉で主人公の心象がこれだけ


表現されてるってすごいなと。