シュタイナー教育で、リズムのある生活を重視されていますよね?

それってどうゆうこと?

ってずっと思っていました。

 

いま「不安げな子・寂しげな子・落着きのない子のために: シュタイナーの感覚論にもとづく発達心理学の観点から 」という本を読んでいます。

ここにも、生活リズムについて書かれている章がありました。

 

 

 

うちの娘は、小3まで3つのフリースクールに通っています。

 

1つは、地元で開催されている1日野外で自由に活動するフリースクール

とても野性的で、私的にはここが一番こどもにとっての学びがある場所だと感じています。

なんたって、野性的。

こどもたちも個性が強烈で、喧嘩や言い合いも容赦ない。

大人はほぼ何となくの見守りで、せっせと料理や片付けやおしゃべりに興じます。

主催者が遊びの天才で、ないものは作る、あるものでどうにかする方。

毎回、火を使って野外で料理するのですが、それが特別なことではなく

すごく日常、当たり前と化しています。

 

もう1つは、山梨のとても自然ゆたかなオルタナティブスクール。

ここに集まってきている子どもたちは、とても繊細で優しい子たちばかりです。

先生も元々教師だったり、運営母体が保育園で、主宰がその園長先生なので、

先ほどのフリースクールより常識的というか・・・

でもその中でも子どもの主体性を重んじた教育をしたいという感じ。

ここでは、見晴らしの良い小高い山の上にある古民家で、

一応個々が自主的にやる勉強の時間があったり、その日のプログラムが決められています。

 

もう1つは、八王子にあるので、一番都会にあるフリースクール。

ここは、自然豊かな庭があり木にぶらさがったブランコやツリーハウスなどで遊べます。

基本自由に過ごせるので、ゲームをずっとしている子もいる様子。

娘は、バドミントンサークルに入っていて、フリースクールに行って放課後バドミントンをしていたりします。

普段は、外は屋内でごっこ遊びなどをやっているみたい。

 

どこも娘にとってもはお気に入りの場所です。

特に地元のフリースクールは、保育園の年中から通っていて、

身体も心も鍛えられています。

 

わたしは、娘の様子をみながら

毎年毎年、環境を見直し、来年度などうしよう・・・などと考えているわけなのです。

 

 

しかし、シュタイナーの土曜クラスに月2回、1年から通っているのですが、

その先生がとっても心配して、面談したいとお呼びがかかったわけです。

で、

「公立でもフリースクールでもいいから、1か所どこかに決めて通った方がいい、

こどもはそうやって、毎日同じ場所、同じ顔触れ、同じ時間に行くことが

安心と成長に繋がり、心の安定につながる」

と言うわけです。

はぁ・・・と心の中で思いながら、

「そうですねぇ、、、でも・・・・」

と色々お話するのですが、最後には

「わかりました。私は言いたいことは言いましたから。」

と言われ、終わりました。

 

だーかーら、シュタイナー教育やっている人嫌いなんだよ~~~

って思いつつ・・・つい本音が(ごめん💦)

 

 

で、来年度から、ちょっとシュタイナーっぽいこと取り入れているフリースクールに

毎日通うことを決めたので、(シュタイナーやるんかいっ笑)

「土曜クラス辞めます」って伝えたら、

「おめでとうございます!安心しました。

是非毎日同じ場所に通わせてあげてください、それが~~~~なんやらかんやら」

 

というメールが来て、うんざり。

 

シュタイナーがいうリズムある生活ってそうゆうことなのかしらん?

 

 

うちの娘をこの3年見ていても、全然不安定じゃないし、

むしろとてもエネルギーにあふれてて、精神的にも穏やかで安定していて

いつも何かする度に目がキラキラしているんだけどなぁ~

そして、娘は良く笑う。

選択肢は親が与えるけど、決めるのは娘を徹底しているのだけれど

娘はそれを保育園の頃からやっているので、決めることに慣れているから

やるやらないの決定意志は強い。

やる、行くと決めたことは、最後までやるし続けている。

 

この先生、土曜クラスとは言え、どうゆう風に娘を見ていたんだろう・・・・

 

 

そこで

「不安げな子・寂しげな子・落着きのない子のために: シュタイナーの感覚論にもとづく発達心理学の観点から 」という本のこと。

 

私の理解から言えば、外的な強制的なリズムではなく、内的なリズムを大切にするって書いてあるから

やっぱり同じとこに通うとかあんまりどーでも良いのかもって感じました。

 

リズムある生活の本質とは、

機械的な時間管理ではなく、自然や人間の内面的な流れに沿った生活スタイルが重要っぽい。

それって、フリースクールでめちゃ体験としてやってきたなぁと。

春になれば野草をつんで食べて、夏になれば川遊びやキャンプ、秋は木の実やきのこを収穫し、冬になれば山登りや雪遊び。基本野外だから、自然の移り変わりを肌で感じ、鹿が罠にはまったと聞けば一緒に捌いて食べたり、野菜作りに米作り、流しそうめんは竹を伐採して作り、魚獲ってその場でさばいて食べたり、餅つきからクリスマスと、それを5年くらい続けてきたのだから、

しかも、用意されたイベントではなく、すごく実践的に、限りなく生活の一部として。

そこに、ちょっと風変わりで面白い色んな大人に会う機会がいっぱいあって。

親も一緒に山登ったり、火を焚いて料理したり、川泳いだり、

口は出さずに、手と口(笑)を動かしつつ、でも自由に楽しそうに過ごしている親たちが

一緒の空間に居てくれているって、すごい環境だと思います。

 

 

 

大切なことは、

”毎日同じ時間に同じ場所に通う、同じ人が居る”

こと自体が目的ではなく、子どもが心地よく成長できる「生きたリズム」を作りこと。

そのために、子どもの発達やエネルギーの流れに応じて柔軟に調整するのが

リズムの考え方ではないだろうかと。

 

本には、毎日30分こどものための時間をつくってあげる、

それがリズムだと書いてあった気がします。

 

朝起きて、ごはんたべて、夜に寝て、

4季を感じて、外で遊んで、家で休んで、

それが確保されているだけで、立派なリズム。

 

シュタイナーはとても面白いけど、

本質じゃなく、あれやれ、これやれ、これだめ、あれだめ

はあまり聞かなくてもいいかもしれない。

難解だけれども、本質を理解すること。

それは宇宙を理解すること。哲学すること。

私たちは何者かを問い答えを見つけていくこと。

あれやれ、これだめ、は思考停止の一番いい例で、一番簡単だから陥ってしまうのかなぁ。

たぶんシュタイナーの言っているにことは本質だから思考が大事になってきます。

私たちは思考をやめたら、人間でなくなる。

 

簡単な方へと流されないためにも、常に

「それって本当?」

って問い続けようと思います。