流血ブリザード ミリー・バイソンの気合いだ!バッチコーイ! -27ページ目

キングコブラ青春こじらせ物語 ③ユダとキ○ガイな仲間たち

2008年、凶悪コメディ集団から「過剰演出の鬼畜ロックバンド」に転身した、流血ブリザード。


きっと、ロック好きなら、常軌を逸したいでたちのバンドに惹かれるだろう。
そして、パンク好きなら、ザ・スターリンの遠藤ミチロウやセックスピストルズのシド・ヴィシャス伝説に一度は憧れるだろう。
少なくともアタイらはそうだった。

あの頃のスローガンは、「無名より悪名」だった。
嫌われるくらいでちょうどいい。アトランティスが過激なパフォーマンスをしてたのは、名を広めたいというもくろみがあった。ユダは、全裸で暴れるのがパンクだと、本気で思ってやってただろうがな。


バンドのコンセプトが先に決まって、それからメンバー探しが始まった。二人はツインボーカルで、特にユダがメインVo./アトランティスがパフォーマー担当になった。アタイはギター弾きとして入った。
残るところは、ベースとドラム。とりあえず身近な奴に声をかけようという話になって、ベースはユダのバイト先の同僚フジワラ君、ドラムはアタイの学生時代の先輩タマコシさんに頼んだ。

タマコシさんは、レッド・ツェッペリンのドラマー、ジョン・ボーナムを敬愛してて、ヒッピーみたいに腰まで髪を伸ばしたガチムチ系のハーレー乗りだった。ユダは彼に「サンダーフォーク」という名前を与えた。

一方、ユダが連れてきたフジワラ君は、アタイと同い年のひょろっとしたおとなしい青年だった。
彼はうつむきがちで、笑顔を見せず、そしてとにかく声が小さかった。

まぁバンドメンバーが揃ったから、親睦を深めるため、当時ばあばら(すでに流血のスタッフをしていた)と借りてたシェアハウスの一室で、友達も誘って10人くらいで鍋をすることにした。

しかしフジワラ君は、部屋の隅でポツンと一人正座して、輪に入ろうとしない。
アタイらはなんだか気になって、コミュニケーションをとろうとした。

「フジワラ君、何飲む?」

「…©※∞°÷=♂」

「えっ?  えっ??」


「フジワラ君、うどん食うか?」

「…©※∞°÷=♂」

「えっ?  なんて?」


「フジワラ君は、どんなバンドが好き?」

「……ウィー…ザー…」


フジワラ君がweezerが好きというのは妙に納得できた。(入るバンド完全に間違ったよな。笑)
weezerが好きなのは別にいいんだが…こんなに声が小さくて、まともにコーラスできるのか心配になった。

おとなしいフジワラ君を見かねたユダは、彼に洗礼を施した。
難波の味園ビルのバーGround Zeroにフジワラ君を連れていって、HISATAKA★のライブを見せたのだ。彼は「衝撃を受けた」と言っていた。

さらに「SLIPKNOTみたいになれ」と言って黒いツナギとガスマスクを買ってこさせ、「下水道の悪夢  ヴォルド・ザ・ナイトメア」という名前を与えた。長いからすぐに「ヴォルド」になったが。

初めてのギグは、神戸の今はなきライブハウス URBAN SQUARE だった。とにかく演奏も歌もひどく、クソみたいなギグだった。ユダとアトランティスが暴れてたけど、どんなパフォーマンスをしたかは覚えてない。終演後、知らない人が寄ってきて「ケツがよかった」と言ってくれた。他に褒めるとこないんかい…ないな、って思った。

二ヶ月後、KING COBRAでバックドロップシンデレラと共演した。ギグの内容はまったく覚えてないんだが、打ち上げでベースのキャナコさんに「流血ブリザードにはサポートで入ってて~」なんて言ってた記憶がある。あの頃は、まだガールズバンドをメインでやってたからな。

そしてまもなく、ドラムの「サンダーフォーク」が抜けた。理由は「演奏中、ミリーのケツを見続けることが苦痛で耐えられない」だった…

今度はアトランティスが、これまたガチムチ系のドラマー、カマタさんを連れてきた。神戸弁と標準語が混ざった、物腰の柔らかい男性だったが、その顔つきからはサイコパスの匂いがした。予想に違わず、彼はスタンガンマニアだった。

カマタさんは「ダーカマ軍曹」と名付けられ、流血ブリザード ドイツ支部から派遣されたという設定になった。

めでたくメンバーが揃ったから、アーティスト写真を撮ることにした。
大阪の桜川という地域に、工場跡地があると聞いて、流血ブリザードスタッフのキャンピーを連れて朝早くからそこに押しかけた。

Vo. ユダ

Vo. アトランティス

G. ミリー・バイソン

Ba. ヴォルド

Dr. ダーカマ軍曹

流血ブリザード with キャンピー

写真はさよちゃんというカメラマンに撮ってもらった。


ダーカマ軍曹が加わって、活動は軌道に乗っていった。そのまま精力的にギグを行っていく…はずだったのだが、数ヶ月後、ダーカマ軍曹はアタイらの前でこう言った。

「俺は、もう三十代だから。就職しなきゃ。みんなと一緒に走れないんだ。」

…パンに陰毛を入れて好きな子に食わせようとするような変態が何を言ってるんだと思ったが、本人は真剣だった。

ユダ「それやったら、三十代だからこそ、よけいに走らなあかんのちゃいますか!」

あの頃のユダは、スラダンの安西先生並みに名言が多かった。

しかしその説得もむなしく、ダーカマ軍曹は辞めていき、公にはドイツ支部に戻ったということにした。(もちろんそんなものはない。)

しかし、ドラマーがいないからといって、せっかく始めた活動を止めるわけにはいかない。こうして、いろんなバンドのドラマーにヘルプを頼み続ける日々が始まったのだった。

-つづく-