流血ブリザード ミリー・バイソンの気合いだ!バッチコーイ! -25ページ目

キングコブラ青春こじらせ物語 ⑤26歳の選択は、もはや若気の至りじゃねぇ

「ミリーはたまに、二重人格かと思う時がある」
二十歳くらいの頃、親友からそう言われたことがあった。
ちがうんだよなー。キレイなものと汚いものが同じくらい好きだ。粗雑なものに美を見つけるのが楽しい。普段は目立ちたくないけど、人前に出ると過激なことをしたくなっちまう…

そんな性格だから、流血ブリザードは自分に合ってると思うんだ。
加入した時は特に、みんな若さも相まって、街中でリヤカーをジャックしたり犬の首輪&ブリーフ姿で徘徊したりして、それをDVD-Rにおさめて配布してた。アタイも、無駄に裸のシャワーシーンを撮ってDVD-Rに入れ込んだ。

理由?
別にない。ただ観た奴が「バカだな~」「アホやな~」って笑える映像を作りたかっただけ。

そのDVD-Rが、もともと活動してた神戸のシーンのパンクスの手に渡った。彼と偶然会った時、こう聞かれた。「ミリー、頭おかしくなったんか?」

…もしそう思うなら、アタイは頭がおかしく"なった"んじゃない。もともとおかしかったんだ。

外野は聞いてきた。
「ミリー、ロックやめたん?」
「まだ、ロックンロールは好き?」
「よっぽどスタイルに自信があるん?笑」
「お前ヤリマンやろ!」

ヤリマンの自覚はなかったからキレちまったんだが、今思えばケツ出しててキレる方がおかしいな。いいアイデアをもらった。アトランティスと相談して、尻にマジックペンで「売女」って書くことにした。
字、うすっ!!!

ただ、こう言われた時は一番グサッときた。
「MINKSのメンバーが泣いてるぞ」

本当に泣いてたかどうかは知らない。
でも、よく思ってないだろうと感じた。

ちょうど、MINKSのミニアルバムを全国流通させるために動いてる頃だった。嬉しいことに、東京の老舗のレーベルが、リリースの話に乗ってくれて士気が上がった。もっともっと、集中しよう。

ユダとアトランティスに「これから、MINKSのリリースで忙しくなりそうやから、そっちに力を入れたい。流血ブリザードの活動はできなくなるかも」と話した。

夜行バスで、大阪から東京まで打ち合わせに行った。
スタイリッシュなカフェが並ぶ一等地に、そのレーベルはあった。ただでさえテンションが上がってるのに、当時の自分からしたら、夢のようなバックアップの話をしてくれた…。

同時に会社も辞めて、いい機会だからヨーロッパに10日間旅行に行った。

帰国したら、まさかの出来事が待っていた。レーベルの社長にも担当者にも電話がつながらない。
一ヶ月経っても誰も取り次いでくれない。それで悟った。最初から、本気でリリースしてくれるつもりなんかなかったのだと。

別にお金をとられたわけじゃないが、期待してたバックアップが嘘だったことと、マスター音源が返ってこないことのショックは大きかった。

会社まで辞めたのに…。
あの頃は、よく堺の二色浜に泳ぎに行った。
水平線を眺めて「海外のフェスに出たいなぁ。出られる日は来るんやろうか?」って考えることもあったけど…海に浮かんでる間はバンドのことを考えずにいられた。

その後ユダに会った時「リリース流れてもうた~(苦笑)」って話した。ユダは言った。「これで、まだ流血やれるな。これから、正式なメンバーとして一緒にやっていこう。俺は将来、流血の上京も考えてるから」

「…上京!?無理やって!」

ただ、この時の言葉が頭の片隅に残っていて、後にちょっとずつちょっとずつ、上京する心構えをしていった気がする。

それからも、しばらくバンドのかけもちを続けたある日、海外フェスのオーディションを見つけた。
MINKSで応募しようと思ってた矢先、ユダから流血ブリザードの平日マンスリー企画「狂喜!!鬼畜人間集会」を、週末に企画したいと提案された。それは、オーディションと同じ日だった。

「MINKSで応募したいオーディションがあるから、その日は出られへんわ、ごめん!」

「俺は今回の鬼畜人間集会で、新しいお客を呼び込んで売名するつもりやねん。流血をステップアップさせてみせるから、頼むからこっちに賭けてくれ!」

そこまで言われたらなぁ。わかった、と答えてオーディションは受けないことにした。
その時、もう自分は流血ブリザードだな、MINKS失格だなって思った。そして半年後、MINKSを休止した。

ユダの宣言は現実になった。
それまで「狂喜!!鬼畜人間集会」は、ギグの合間にメンバーの公開オナニーやコックリサンをするようなイベントだったのが、2009年3月にニューロティカ、ECHO、idol punchをオファーしたことで、KING COBRAがパンパンになるほどお客さんが押し寄せたのだ。

それからも、その時のお客さんが流血ブリザードのギグに来てくれるようになった。
それまでは友達くらいしか見かけなかったのが、高校生から40代頃までの見知らぬお客さんが集まるようになり、平日でもうちのバンドだけで40人くらい動員できるようになったのだ。

-つづく-