つい嫌な客 | 群衆コラム

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耳目を惹きつけて止まない話題の数々。
僭越ながらお届けいたします。

長いあいだの習慣で、

ものを売る人を警戒するくせがついてしまった。



雪でも雨でも使えるくつを買いに、

アウトドアショップへ行った。

雨でも雪でもなら

長靴でいいじゃないかとも思ったが、

長靴は天気のいい日には使えない。

うちにはたくさんくつをおいておけないから、

汎用性があるもののほうがいい。

どうせなら山にも登れる靴にしよう。

それで、アウトドアショップなのである。



店内の棚にはくつがずらりと並んでおり、

どれがどんな靴なのかは素人にわかるはずもない。

わかるのは値段とデザインであり、

それで選ぶとこれかなあと思いながら、

ぼーっと立っていた。



こういうお客に声を掛ける店員さんは、

精神的に強いと思う。

ご案内しましょうかと声をかけてきた店員さんに、

そうですねえ、とちょっと浮かない顔をする。

話だけ聞いてもいいはずなのに、

話を聞いたら

買わなければならないような気が働く。

それで、

わたしはいまのところ買うつもりはありませんよ、

というのを伝えんがために、

浮かない顔となる。

おそらくそんなことは微塵も伝わっておらず、

ただいやな客でしかない。



雪雨に強くて水漏れしない。

年に1、2回は山に登ることもある。

条件を伝えると、

店員さんはそれならこれですと

迷うことなく商品を選び出した。

履いてみますかと言われ、

やや警戒の色を見せつつそれでは、

と履いてみる。

店員さんは、

足の長さだけでなく幅も専用の器具で測ってから、

26でいいと思いますと言った。



足先がくつの内側に

強くあたらないほうがいいという。

それならこのサイズはちょうどいい。

ちょっと歩いてみますといって、

店内を一回りする。

帰ってくるころにはちょっと警戒心が緩んでいて、

あっちのくつも履いてみたい、

厚い靴下をはいて試したい、

もう一回最初のくつを履いてみたいなどなど、

店員さんを使い倒すようになっていた。



店員さんには気の毒なことをした。

最後にレジのところで

商品を受け取りながら、

少しは笑顔を見せたつもりだったけれど、

少しすぎてわからなかったかもしれない。



よい買い物をしたかどうかは、

家に帰ってきたときにわかる。

うちで広げてみても、

買ったものが色褪せて見えなかったら

よい買い物だったと思う。

今回のくつはよかった。

部屋の中でも履いてしまった。



山登りの靴を履き、

フローリングの床をごとごとと歩いていると、

部屋の中でスキーを履いて、

「ボーゲン」と言いながらポーズをとる

工藤静香さんが思いうかんだ。

ずっとまえに、

そんなスキー用品店のCMがあった。

テーマソングは「声を聞かせて」だったと思う。

次の雪はいつ来るだろうか。