近所のロボットレストラン | 群衆コラム

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耳目を惹きつけて止まない話題の数々。
僭越ながらお届けいたします。

ものすごくひさしぶりに、回転寿しに行った。


回転寿しくらい、


行きたい時に行けばよさそうなものだが、


そうはいかない。


高いものでもなく、カウンターもあるのだから、


一人で行ってもかまわないはずだが、


抵抗がある。




あれは家族連れが行くものである、


という思い込みがあり、


そう思ってしまったがさいご


とても一人では足を踏み入れられない。


ひとりで行ってしまう自分がいたたまれない。


カウンターのある牛丼屋にも、


家族連れでごった返すファミレスにも平気でいけるのに、


回転寿しにはひとりで行けない。


妙なこだわりである。




その禁断の回転寿しに行くチャンスがあった。


友人とその子どもで


夕飯でも食べますかということになり、


歩いてすぐのところにあったのが


回転寿しの店だったのである。




衝撃的な店だった。


ひとことでいうならば、ロボットレストランだった。


歌舞伎町にもロボットレストランなるものがあるけれど、


あれとは違います。


文字通り、ロボットが切り盛りしていて、


そのお手伝いを人間がやっているかのようだった。




席待ちの予約もタッチパネルで入力するし、


呼ばれて席についてみれば、


注文もタッチパネルである。


じゃあ回っているこのお寿司はなんなのだと思う。


お客が取って食べるというより、


回っているのを見たお客が、


あれ注文しようと気がつくのを


誘っているのかもしれない。


東京では、宣伝するためだけに


街中を走り回るトラックがあるけれど、


回っている寿司も同じようなものだろう。



そしてなにより衝撃的だったのは、


お寿司が回るレーンが二階建てになっていたことである。


しかし、2階はガラ空きでなにも回っていない。


これはなんだろうかと見ていると、


突然ピューと新幹線のぞみが走ってきて


一瞬で通り過ぎていった。


お寿司をふた皿積んでいた。


注文したお寿司でさえも、新幹線に運ばせている。


ここまでくると、


この寿司を握ったのもロボットなのではないかと疑いたくなる。





それにしても、この新幹線はよくできている。


誰かが注文したお寿司が


かならず他の人の目に留まるようになっている。


一瞬で走っていくからつい見てしまう。


見たら、自分もあれが食べたいなと思う。


そして注文するのである。




ぜんぶで9皿食べて、会計をして店を出た。


会計をしたり、食べ終わった皿を片付けたりする人は


何人かいたけれど、


お寿司を握ったり運んだりする人は


まったくいなかった。


寿司屋が舞台であったとしたら、


その中央に立っていたのは


まぎれもなくロボットだった。


知らない間に、


ロボットが運営するレストランが


こんな近くにできていた。




子どものときには回転寿しさえなかったのに、


すごいことになった。


わたしがじいさんになるころには、


自分があの新幹線に乗せられて


ぴゅーと風呂に入れられるんじゃなかろうか。


冗談とも言い切れない、


妙なご時世になった。