しかし、このシステム、人里離れた草木も育たぬ、例えば砂漠の様なところに設置されるのであればいざしらず、我国の様な土地での運用では、施工時のみならず運用時に於いてもずいぶんと問題が発生しているのだという。その最たるものが、緑地を乱獲して太陽電池を敷き詰めるという「人災」だそうだ。
この太陽電池、計算上で云うとゴビ砂漠に太陽電池を敷き詰めれば地上におけるすべてのエネルギーが賄えるという。そういう計算に基づき、予てより研究が行われているジェネシス計画、即ち世界中の砂漠の一部にメガソーラーを設置し、それらを超電導ケーブルで連系することで世界各国に対してエネルギーを安定的に供給しようという大構想であるが、こういう遠大な計画の遂行には幾多の難題がつきものとは言え、人類のみならず地球救済として大変興味深い。
ただし、これらの設置は、飽くまでも利権問題が起きない、自然破壊を伴わないという大前提が必要だ。
我国におけるメガソーラーを見ると、特に近年設置されたメガソーラーは、エネルギーを生成するというより金を生成する機械として稼働しているというイメージが強い気がする。もちろん、そもそも太陽電池産業というのは環境に優しいとかそんなキレイごとを言う前に金融ビジネスなのだから投資モノではあるのだが、自然を破壊してまでというのは如何なものか。
写真はある地域に建設中メガソーラーのGoogel Earthによる写真。施工に先立つ説明会では原野への設置とのことだったそうだが、この写真を見る限り、原野とはいえ施工時には近隣の森林を伐採して設置したと見て差し支えないだろう。実はここ、国内でも有数の高原観光地の一部でもあり、森林散策などを求めてやってくる観光客にとって、森林の中に忽然と現れる無機質な金属光沢を放つ、まるで宇宙基地の様な景観は、太陽電池システムに携わる人やそれに興味を持つ人以外には、さぞかし異様に感じられることだろうと思う。
一方、この様な自然環境問題のほか、民家に近いところに設置された場合にはパネルの反射光が住宅の窓に差し込んで難儀しているケースもあるという。報道では、設置業者がそのようなことを鑑みて設置角度を変えるなりパネルの向きを変えれば良い、というコメントをしていたが、それはナンセンスだ。なぜなら、太陽電池パネルの向きと傾斜角は、エネルギー生成効率と極めて密接に関係があり、計算された値から僅かでもずれると、たちどころに生成される電力が減ってしまうのだ。
図の様に、太陽電池は太陽に真向いに設置させる必要がある。もちろん太陽への仰角は刻々と変わるからその中でも太陽光を最大限に受光できる様に設置しなくてはならない。そのために太陽光パネルが太陽に対して物理的に動いて追尾するシステムもある。それだけ角度は重要なのだ。したがってパネル設置角度は全く譲れない値なのである。
これは太陽電池設置の大原則であるため、パネルからの反射光の方向にある民家は、それこそ泣き寝入りするしかないのが現状らしく、あとから発電所が建設された場合など、住む側にとっては迷惑な問題だろう。
こういう問題の解決には法整備が必要だろう。逆に言えば法規制がはっきりとしないうちにどんどんと設置が進んでしまった結果だだといえる。要は、やってみて初めて分かったというところかもしれない。
裁判を行なうにしても、法としての規則もなければ前例もないとなれば、裁判官の匙加減に委ねられるということになる。裁判官が自然に対してあまり興味なければそれなりの判断となるだろうし、窓から差し込む反射光にしても気にならないタイプの裁判官であれば、これまたそれなりの判断となるだろう。小生は法曹界とは無縁なのでこういう場合の対処方法は全く理解していないのだが、被裁判側が裁判官の嗜好や性癖を考慮した上で裁判官を選べるといった様な権利がないと、当たり外れがでそうだ。
日照権などは昔からある問題なので多くの判例があると思うが、この様な新しい技術の導入時には様々な問題が併発することは想像に難くないし、判例もがないゆえに判断に画一性が出ないだろうことも想像できる。起こりうる総てを事前にシミュレートすることは不可能ではあるが、判断を裁判だけに委ねてはいけないという気はする。























