日暮里・谷中・根津・千駄木 (2)  - ガイドブックにない歩き方 | プロムナード

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前回に続き、日暮里・谷中・根津・千駄木の歩き方について紹介する。前回の分はこちらで。

前回: 

日暮里・谷中・根津・千駄木 (1)  - ガイドブックにない歩き方

http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-12136095595.html


さて、次は日暮里駅から緩やかな御殿坂を上り、経王寺、延命院を右に見ながら反対側に下ると見えてくる、谷中銀座に続く階段を夕焼けだんだんと呼んでいるが、この名称、平成2年に地元タウン誌「谷根千」の編集者であった森まゆみ氏が命名したと聞く。実際、小生が子供の頃は、単に谷中の階段としか呼んでいなかった。

階段を下りると谷中ぎんざである。昔は谷中銀座と書き、ひらがなではなかったと思う。銀座と言えども距離は僅か200m程度の商店街。だが、休日には大勢の観光客が行き交う。人気の理由は昔ながらの佇まいが郷愁を感じさせるからだと思うが、昔はありふれた商店街で、観光客、特に外国人なんぞ一人もいなかった。ここにある「後藤の飴」とか「武藤書店」、「近藤電気」、「のなかストアー」、古本屋の「淸秋堂」などは、小生が小学校の頃からある商店だ。もちろん、最近になってここに進出した店舗もあるが、大方は古くからある商店がそのまま営業しているか、または品揃えを変えて営業を継続している。

ここでは詳しく述べないが、後藤の飴の近くに、小生が第一日暮里小学校時代だった時のクラスメート、「しーちゃん」と呼んでいた
池波志乃(本名:美濃部志津子)の家があった。当時はクラス替えがなかったために6年間同じクラスだったこともあり、ずいぶん一緒に遊んだものだった。彼女の紹介記事を見ると、「谷中日暮里の下町で育ち、遊んだ」と書いてあるが、小生と全く同じである。

谷中銀座通り沿いには、自転車もすれ違いに苦労する様な路地がたくさんある。ラビリンスなところもあるので迷子にならない程度に入り込んでみよう。この辺りは

 

 

 

山ぎしの鰻

ここで食事を摂ったあとは、今来た道を戻りながら谷中銀座へは戻らず、そのまま歩いた左側にある

 

 

谷中珈琲

この夜店通り、今は暗渠となっているがその下に

 

 

 

 

 

へび道

この蛇行は守谷歯科医院のところで終わり、その後はまっすぐな道となる。この辺りの看板を見ると、「藍染町会」とか、「Village藍染」とか、藍染と言う名前がやたら出てくるのに気付く。

この辺りに、

 

 

大名時計博物館
 

この博物館は岡山県勝山藩の下屋敷跡に設立されたもので、入り口が屋敷の木戸門になっている。大名時計というのは江戸時代お抱えの御時計師達が手造りで製作した時計のことで、工芸品としても貴重な時計であるが、ここにはそうした時計が陳列されている。驚くべきは、そうしたなかで今でも可動する時計があることだ。時計の原理に忠実な歯車など当時の技術に驚嘆するのみならず、そのメインテナンス性についても感銘を受ける。

ここを見学し、宗善寺入り口まで戻ったら左に曲がる。右へいくと先ほどのねんねこ家がある三浦坂だ。左に曲がって突き当たりを右に行くと、三叉路に正面に大きな木が見える。地元でパワースポットといわれ、観光客も写真を撮りに来る

 

 

 

 

 

ヒマラヤ杉

このヒマラヤ杉、なんと最初はこの横にあるみかどパンの前身だった甘味処の主人が所有していた鉢植えが、90年の年月を経て高さ20mの大木に成長したものだそうだ。その佇まい、確かにパワースポットとして遜色はない。

ここを通り過ぎたら、突き当たりを右に進むと
言問(こととい)通りに出る。出たら左折し、通りを緩やかに昇ってカヤバ珈琲に面した上野桜木の交差点を渡ると、左に下谷風俗資料館付属展示場と言う建物が見える。ここは江戸時代から代々酒屋を営んでいた

 

 

 

 

 

 

芋坂


この芋坂は、夏目漱石、正岡子規、田山花袋の作品にも出てくる坂で、今は電車線路の壁で切り崩されているが、明治時代には坂のまま線路の反対側の東日暮里へ降りていた。現在は坂の途中からJR各線の線路の跨線橋を経て日暮里駅東口への道につながっている。この辺りは、「日暮里・谷中・根津・千駄木 (1)」で紹介した下御隠殿陸橋を降りた辺り、即ち谷中から見て日暮里駅の反対側となる。この跨線橋の下に日暮里名物

 

 

羽二重団子


ここで体力を復活させたら、再び芋坂を戻り、先ほどの言問通りにある上野桜木二丁目の交差点を目指す。道程については現地にある案内図を参照して欲しい。桜木二丁目まで着いたら言問通りを渡り、そのまま進むと寛永寺の通用門となる。そこから正面から見る

 

寛永寺

さすが徳川家の寺、規模がでかい。

ここでゆっくりして、上野へ向かおう。
東京藝術大学を経て上野公園。この辺りはガイドブックに紹介があるのでここでは省く。ただし、特記しておきたいのは京成電鉄の廃駅

 

京成電鉄、旧博物館動物園前駅

ここを経て

 

 


この後は、体力があれば不忍池を散策してアメ横へ行ってもよし。そしてそのままアキバへ行ってもよし。

 

 

東京は広い。