食物への異物混入問題  - 初動の重要性 | プロムナード

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ここ暫く、市販食物への異物混入事件がかまびすしい。もちろん、あってはならないことであることは間違いなのだが、すべきことはメーカーに対して早急に是正策をとらせることであり、それに先んじて「鬼の首を取った」か、或いは「宝くじに当たったかの如くSNS等でひけらかすのは如何なものかと思う。

写真は、本稿とは関係ないが、アメ横や築地市場などで売られている殻付きアーモンド。これが美味なのだが、この様な切り売り風のものには、たとえ異物が入っていても騒がれることはない。そもそも殻付きだからその中に虫が入っていても驚くことはないし、空の間に髪の毛や糸くず、紙の切れっ端などが入っていても全くクレームはないだろう。つまりユーザーは、工場生産されるものには異物混入がないという先入観を持っているということだ。

消費者は、異物混入が100%無いと言う状態は、科学的に言うと理想形なのだということを理解しておく必要がある。

いわずもがなメーカーの対応方法やタイミングに問題がある場合には、その対応方法を是正させるべくSNSに晒すという行為について理解できなくも無いが、メーカーへのクレーム(進言というべきか)する前に一般公開するという行動は「粗探し」であって、例え僅かであれど欠点や異点があればそれを見出しておおっぴらに晒すという、イジメ感覚に通じるものがある。

「あってはならないことなのだが、起きるということ」はあるのだ。異物混入もしかり。異物混入はないと言い切れないということは、即ち「悪魔の証明」的にアタリマエのことだ。つまり、無いということは証明できないのだ。

すべての工業製品には必ず不良品が出現する。それは信頼性工学的に知られていることだ。つまり、それはそれで仕方が無いことと考える必要はあるということだ。100%不良品がないということはないのだ。そこでメーカーは、出来る限りそれを未然に防ぐことに日夜努力しているわけだが、それでも発生するのだ。工業製品でも食物製品でも同様。

しかし、そのことを履き違えると大変危険な状態をもたらす。即ち、悪魔の証明論理を以って「だからしょうがないんですよ」と開き直ったり、揉み消し工作に走ったりすることが起きると、目も当てられない状態に陥る。

要はそのときの初動である。

先日、あるブログにこんなことが書かれていた。

「先日あるメーカーのポテトチップスに細い糸状のものが入っていたため、お客様相談室へ連絡したところ、謝罪に続き、その糸状のものを送って欲しい旨依頼があり、後日配送会社から自宅へと回収に来宅、更にメーカーから経過報告連絡が2度、詫び状及び調査報告と共に同社製品5種類が入った小包が2度も届いた」

これを神対応と言うかどうかはともかく、真摯で迅速な対応を行えば客は必ず着いて行くものだ。事故が発生したとき、たとえその時点から暫くの間は信用が失墜してしまったとしても、

正しい対応をしている限り、客はそのメーカーを見捨てないものだ。

一般消費財を扱うメーカーには、この様な時の対応マニュアルが完備されているのだろうとは思うが、いかにも日本的なこういう対応は、何か「ほっこり」とさせるものがある。

もちろん、未然に防ぐことが最大の課題なのだが、先に述べた様に事故は起きるものだ。そのときの対応こそが、「選ばれるメーカー」なのかどうかの分かれ目である。

メーカーにPDCAを再確認させ、再発を防止させることが重要。初動時の対応如何によって信頼を得られるということを、しっかり理解しておく必要がある。