馬の功績  - 人類は、馬がいなかったら今でも古代人のままだった | プロムナード

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人類は、馬という動物がいなかったら、現在でも原始的な生活のままだったらしい。

アメリカの自然公園に行くと、乗馬している人に会うことがあるし、公園内に横たわる自動車道路にも、「馬の横断に注意せよ」といった看板がたくさんある。それらはいわゆる商業的な乗馬クラブではなく、ホントに馬を輸送や移動手段として使っているのだ。


写真はカリフォルニアの州立公園にある山のパトロールをしている警官。

最初、彼等に出くわしたときは何かの余興かと思ったが、真面目に馬を乗りものとして使っていた。確かに、公園の中で排気ガスをまき散らす四輪駆動車で偵察するよりも、ずっと環境に優しい。
考えてみれば、確かに人類が文明を築いた背景には、物資の輸送にしても農耕にしても、更に民族の移動についても、馬の貢献度は計り知れないものがあったといえよう。

こんにち、動力源として馬を使うことは、少なくとも先進国ではあまり見られなくなったが、古代の人類が馬という動物を飼い馴らすことを覚えたことが、文化文明の発達を促したということは確かだろう。

想像してみるに、つまり現代社会から車や電車といった様な交通機関が全くなくなったら、という仮定を考えてみれば簡単にわかる。逆にいえば、それらがなかったら、食糧もエネルギーも通信手段も何もない未開の地に暮らす人々の生活に戻るということを意味するわけで、つまり原始的な生活を余儀なくさせられるということになるわけだ。

物資の輸送などに役立つといえば、使う動物もそれなりの体格を必要とするわけだが、移動する速度は申し分ないとはいえ肉食系動物はよろしくない。よって草食系で立派な体格を持つ従順な動物といえば、馬とか牛の類となるのだが、農耕や物資の輸送であれば牛も役に立つとはいえ、移動用の乗り物としてはどうかと思うし、速度もあの程度。従って同じぐらいの大きさの動物で知恵のある動物というと、馬ぐらいしかいないのだ。

この素晴らしいパートナーがいなかったら、例え人類が、以前別のページで紹介したような(http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-11572645102.html)、ミラーニューロンという、他の動物にはない特別な脳細胞を持っていたとしても、文化文明もローカルで限定的な域を超えることはできなかったかもしれない。

文化文明の発達の大きな機動力となった馬。馬との付き合いは長いし、馬の恩恵は計り知れなく大きかったのだ。

尤も、現代でも馬の世話になっているというか、馬で稼いでいる人もたくさんいる様だが。。。