最近の子供達の理科離れや計算能力の低下、これらは国の滅亡の前兆に他ならない。この流れを阻止し、我国が再び科学技術のトップに返り咲く様になるために、親は子供達に何をすべきか。
親と子供と、それぞれ理科が好きと理科が嫌いという2つの要素を含めて考察する。
親の好み 子供へ与える影響
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親が理科好き 子供も好きになる可能性 高
親が理科好き 子供は嫌いになる可能性 中
親が理科嫌い 子供は好きになる可能性 低
親が理科嫌い 子供も嫌いになる可能性 高
子供が好きになる場合: 高+低子供が嫌いになる場合: 高+中
こうしてみると、世代を重ねるたびに理科好き子供の絶対数がどんどん減り、最後はゼロとなりそうだ(飽くまでも計算上の話だが)。
従って、理科好きを絶滅させないためには、親が理科嫌いであっても理科好きに育てるという「努力」が必要であることがわかる。
理科好きにさせる。実はその題材はたくさんある。要は、
親が子供に対して理系的な見方考え方を習慣づけさせることが出来るかどうかだ。
興味を持たせるというのは以外と難しいと思う。与える側が興味なければ尚のこと。何か題材を与えて、或いは見せて、「興味を持て」だけでは子供にとって苦痛だろう。
それよりも簡単な方法は、
子供達に「好奇心」を持たせることだ。そして解明したいと言う気持ちを持たせること。
理系というのは、物事の真理を、「観察することによって客観的な説明が出来る能力」を持つことや、理解できないことに直面した場合、「考察することによって、仮説を立てて立証していく能力を持つこと」であって、何も暗算が速いとかそういうことではない。
要は、センスの問題なのだ。
不思議なことや謎めいたこと。子供は、そういうものに対して本能的に敏感であるし、知ろうとする能力を持つ。赤ん坊が目の前にあるものに手を出すということは、それを手に取って確かめたいという意識に立脚した行動であり、何でも口に入れてしまうこともその表れだ。
従って、親は子供に「何を見るか、どこを見るか」を教えてあげればよいのだ。そして、なぜそうなのかを考えさせる。それが理系的な思考を育てる最も基本であり、かつ重要な指導だ。
ただし、親にばかり義務として託すのは酷じゃないかとも思う。親が理科が好きかどうかに拘わらず、子供に興味を持たせたり育むという環境を、国がきちんと用意できるかどうか、そして親がそういう環境を利用することが出来るということが、実は大切なのではないかと考えている。
