「廃線跡」。
なんとも廃頽的というか退廃的というか、ある意味不衛生な響きすら感じさせる様な言葉であるが、小生は廃線跡を辿る旅が頗るお気に入り。
少なくとも「廃」という文字が付いている以上、文字通り捨てられたものではあるが、小生には、長年に渡る役割を終えて静かに余生を送りつつも、少しずつ自然回帰している姿をそこに見る。
廃れ朽ち果てたあとに新たな生命が蘇える、そこはまさにパワースポット。
廃線跡は、その昔、たくさんの夢や希望、或いは悲しみの想いを満載した汽車や列車がその道を一途に運んでいたんだなぁ、という思いを馳せることが出来る、郷愁漂う「ウラ名所」だと思っている。
関東地方に於ける有名なところとしては、旧信越本線(碓氷線)がある。ここは以前から鉄道遺産として保存されており、かつての熊ノ平という駅までは遊歩道も完備した観光地となっているので、訪れる人も多い。
碓氷線のアプト式鉄道には、全部で26個のトンネルがある。この峠で最も有名な鉄道遺跡は、通称めがね橋といわれる第三橋梁だが、橋梁の様な派手なものとは別にトンネル群は独特の味があって大変興味深い。
碓氷峠第六隧道軽井沢側
その昔、ここを蒸気機関車や初期の電車が通行していた。今はひっそりと余生を送っているとはいえ、現役を退いた今もなお、強烈な存在感を醸し出している。興味があれば是非訪れて欲しい。郷愁といったノスタルジックな感覚を超えた、圧倒的なプレゼンスに引き込まれることだろう。
この随道、かつては厳重に封鎖されていて入坑することが出来なかったが、さらにその昔は管理が緩かったから入ることが出来た。トンネルの距離は500m以上あり、しかも途中で曲がっているので、入り口から少し歩くと漆黒の闇となる。
耳を澄ませば遠くから汽車の警笛や蒸気の音が聞こえてくるような幻想的な世界であり、なんともいえず心地がよかった。或いはその闇に対して、霊感の強い人だったら立ちすくんでしまうかもしれない雰囲気でもあった。
実際この碓氷線建設や運用では事故もあったと聞く。その後、2012年4月以降、随道内部が整備されて灯りもともり、現在では電灯を携帯する必要なく、通行可能となっている。
耳を澄ませば遠くから汽車の警笛や蒸気の音が聞こえてくるような幻想的な世界であり、なんともいえず心地がよかった。或いはその闇に対して、霊感の強い人だったら立ちすくんでしまうかもしれない雰囲気でもあった。
実際この碓氷線建設や運用では事故もあったと聞く。その後、2012年4月以降、随道内部が整備されて灯りもともり、現在では電灯を携帯する必要なく、通行可能となっている。
これ等のトンネルは総て明治時代に造られたもので、当時の土木技術でこんな僻地(失礼!)に、よくもまあこんなにたくさん造ったものだと感心させられる。
更に、それぞれのトンネルはそれぞれ別の顔を持っていて、入り口や出口の形が違うのだ。この辺り、
技もさることながら、明治時代の職人達のこだわりとか粋といったものを感じさせずにはいられない。
更に、それぞれのトンネルはそれぞれ別の顔を持っていて、入り口や出口の形が違うのだ。この辺り、
技もさることながら、明治時代の職人達のこだわりとか粋といったものを感じさせずにはいられない。
廃線とは確かに捨てられたものではあるが、現役時代から現代までの時代の推移や変遷を語ってくれる貴重な遺産であることは確かだ。この随道を見るたび、堅牢な姿を後世まで保つための原点となった「ものづくりに対する真摯な取り組み」に対して、いつも敬意を払わずにはいられない。
廃線跡を辿ると、そういう出会いがある。
