・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「人というもの」
でもいつも側にいるよ。
あなたの苦しみ、想い、夢、全部知っているから。
人は人によって傷つき、喜び、悩み、希望を抱く。
一緒に笑ったり感動して意気投合することもあれば、ほんの些細なことですれ違うし誤解もうずまく。
でもね、全部あとから振り返ればいいのよ。
目の前の交差やパラレルにとらわれなくていい。
今という時間においてはすべてが単なる現象でしかない。
いずれ振り返り、自分とひもづくものならそれは糧であり経験でありあなたの支えになるでしょう。
from オトウサン
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「首痛と綾瀬はるか」
うーん、首が痛い。
もう半年以上で慢性的だ。
正確 にいえば首と頭がくっつく後頭部だ。
いくら寝ても休んでもとれないのよ。
歳なのかこれは?
これがつらくなると頭がボーっとして、もともとない集中力がもっと無くなる。
綾瀬はるかのような女の子がオフィスにいてずっと後ろからマッサージしてくれたら一日で治るだろう。
所属タレントになってくれないかな(癒しという名の妄想)
from オトウサン
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「マイペース」
そしてわたしはここにいる。
ゆっくりでもいのだろう?
全部必要なことなんだろう?
足をとめているような気がしてもそれはきっと動くために必要なこと。
そんな状況に対する自身への内的葛藤と周囲の外的視点が混沌として苦悩となる。
だけどそれは私が”楽しみ”と共に育んできたもの。
表裏一体であるもの。
生きることにおいて必要なもの。
すべての連続した時間から生まれたもので自分だけが見てきたもの。
だからそれは誰にも伝わらないし受け止めてもらえないのかもしれない。
だけど君にはそれを届けよう。そっとゆっくりと引き渡そう。
すぐに開放しようと力まなくていい。むしろ大事に抱きしめてほしい。
そうすればいつか気にならないものに昇華するのかもしれない。
それが自身を構成する年輪であり立場というものにもなるのだろう。
社会の一員として冷静に自分のペースで生きるのは難しい。理解してもらうのはもっと難しい。
マイペースは難しいし理解されにくい。
ペースは経緯や経験によってどんどん変わり得るものだから逆に誤解すらされる。
まず今の自分にできることはそれを理解すること。それからだ。
from オトウサン
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「寒さもつたわる」
だれもが思っているだろうがあえて言う。
とっても寒いよね。
周囲やテレビで寒い寒いと聞くと更に寒く感じる。
ウソでもいいからすぐに暖かくなると言ってくれ。
寒さブームに蝕まれたのか、結局、あっけなく風邪こじらせました。
なのでこの連休も一週遅れの寝正月。
家に引きこもってベッドとコタツとトイレの往復のみ。
年末にできなかった部屋の模様替えや掃除は再延期か、、、
でもさ、そ んなこともあるよね。
from オトウサン
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「気持ちはつたわる」
君も風を感じただろう?
空はつながり
大地はつながり
海はつながる
だから気持ちはつながる
過去の自分から今の自分へ
今の自分から未来の自分へ
そして自分以外にも
非日常的に思えることもまた日常のひとつであり閉ざされた世界ではない
すべてはつながり物語は現実となる
これが生きるということ 幸せということではなかろうか
from オトウサン ~2006年初頭 両手を空へひろげて~
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「春夏秋冬と喜怒哀楽」 in 中国
こちらも寒い。
東京ほどではないけど。
明日は五度程度になりそうだとのこと。
石垣島と同じ緯度なのに、、、 石垣もそうなのだろうか?
会社関係の人から電話があった。
タイにいるそうだが真夏のように暑いとのこと。
ここから飛行機で二時間くらいなのに大違いだ。
逆に二時間いくと北京であり、ここは零下の気温だそうだ。
方向が違うだけでそれほど差があるとは、、、
ともあれ私は暖かい方が好きなのだ。
「喜怒哀楽」を季節に合わせて「春夏秋冬」で並び替えると「喜楽哀怒」といった心模様だ。
from オトウサン
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「師走の風」
去年の年末年始は田舎が大変だった。
それからもう一年たっているということか。
この季節の風は身にしみる。
ボーっとしてると心も凍る。
意識的に心に防寒を施して手先だけでも己の為に熱く動かしたいものだ。
見た目は冬眠しているように見えても。
from オトウサン
・:*:・゚☆ 生まれゆく君へ 「本音と建て前」
社会にいると状況に応じて使い分けないといけない。
でもそれは悪いことではないよね。
正しく物事を進めるにあたって必要なことでもある。
気持ちはわかるし理解もできる。
ただし、それとは違う言動をとらなければならないこともある。
”思われたい自分”のようには思ってもらえないし誤解だってされる。
どんなに普段近い人であってもだ。
優しくしたい。だけど優しくできない。
冷たくなったね、変わったねと言われることもあるかもしれない。
だけど社会的責任を果たす為には必要な時もある。
これらは僕自身への戒めでもあるが、社会に身を置いているとわがままなやつも多い。
多くの人と関わる社会においては一個人としてのエゴは消さないといけない時がある。
それはこの世でこの国で生きるということの責任でもあるだろう。
ねえ、そうだろ?
でも、愛の空間と時間においては関係ないよね?
from オトウサン