健康は目的じゃない。
健康は道具。
こんなことを呟いている方がいらっしゃいました。
なんだかすごく共感してしまった(笑)
健康になることを目標にする人が多いのは、
社会全体が不健康だから?
健康なココロとカラダを手に入れて、
自分はいったい何をしたいのか。
どんなことを成し遂げたいのか。
そこが明確になれば、健康体は
もっと簡単に手に入るのかもね(#^.^#)♪
昨年末から筋腫治療の副作用も消え、
貧血症状も収まっていたので
ついつい経過観察をおざなりにしてきたのが
仇となり…![]()
ここ2~3日、ちょっと貧血気味
と思って
医者へ行ったら、結構大変なことになっていて
またしばらく鉄剤の点滴に通うハメになりました
気づかぬうちにちょっとずつ下がっていく数値。
慣れって恐ろしい~
日常生活を送れているのを不思議がる担当医。
西洋医は“病は気から”を信用しないらしい(笑)
でも、過信は禁物。
現実を冷静に受け止めて、
頼れるところは頼ろうと思いマス。
日本人にとって、フルーツを食事として食す
という意識は、まだまだ定着していない。
収穫できる品種も少ないし、
デザートとしての意識が強いためか。
ベジタリアンやヴィーガンは割と多いけど、
フルータリアンは、実際に「私がそうです」と
言われると、逆にちょっと引いてしまうかも(汗)
ナチュラルハイジーンの考え方、私の中では
過去の食理論の中ではいちばん共感できるものだけど
日本の気候風土や歴史文化を考えると、
食生活をブランド化するのは
ちょっと無理があるような気がする。
そんな中でも、フルーツはデザートではなく
食事として摂るべき、という考え方は大賛成。
特に午前中の食事をフルーツに替えるだけでも
健康へのメリットは相当上がる。
排泄に問題のある方、砂糖中毒の方、
精神的な問題を抱えている方、etc…
たしかにコストはかかるけど、心身の健康は
なにより優先されるべきものだと思う。
食べるタイミングさえ間違わなければ
こんなに有益な食品は他にないかも…と
つくづく思う。
なんにせよ、最近特にそのパワーを感じている
私だからこその心の叫び、なのでした(^-^)
たまにお邪魔して読んでいるのですが、
読みたいな~と思っていた本の彼の考察にも
共感したので、シェアさせて頂きます。
↓ ↓ ↓
セミナー&カウンセリング中毒の方、
(自覚症状のない方のほうが多いかな…^^;)
ご参考まで。
私自身、この傾向強し。
ちと反省。
やっぱ、この本、読んでみようっと♪
以前、「171717」というタイトルで書いたブログ。
(ちょうど1か月前でした)
最近はつながらずに「17」だけで来ることが多いので
ちょっと弱まってるのかな~(汗)なんて思って
「17」だけで調べてみると…
そう。キーワードは楽観的。
「果報は寝て待て」
「人事を尽くして天命を待つ」と同じで
どんなことにも結果が出るまでに
多少のタイムラグがあるのが当たり前。
でも、人間は不安という感情となかなか
縁が切れない生き物で、ついつい
「こんなことしてていいのかな」
「もっとできることがあるんじゃないか」と
思ってジッとしていられないことが多いもの。
たとえば、「大丈夫。結果は3か月後にでますよ」と
わかっていれば、その3か月間は安心して
それがやってくるのをワクワクしながら
待つことができるでしょ?
このワクワクしながら待つことができると、
実は3か月かかるところが1か月になることもある。
ところが不安に駆られて「もしかしたらダメなんじゃないか」
なんて結果を疑ったりすると、もっと先に延びることもある。
良しとされるのは、そうなることを自分自身が信じることが
大切だから、という理屈。