はい、みなさんこんにちは。

 今日は目出度い天長節でありますが、前々回の記事の続きになります。

 

 お父さんの仕事のお客さんは、ほとんどが社会のド底辺です。

 お客様を底辺呼ばわりするとは労働者の風上にも置けないと思われる方もおられるかもしれませんが、お父さん仕事が何だか分かれば、九割の方は納得してくれるんじゃないかな。身バレはしたくないので、何の仕事かは言わないですけど。

 はっきりと申し上げますが、ド底辺を支援なんてしてはいけない。これは、絶対です。

 ですが、実際の社会保障・福祉政策はド底辺にばかり向いていて、ド底辺にばかり手厚い支援をしています。

 これで社会が豊かになるわけがない。いやむしろ、貧しくなっていくばかり。

 ド底辺は、いくら国や自治体、慈善団体がヒト・モノ・カネと時間を投入しても、決して浮かび上がりません。

 ド底辺は、とにかく与えられた支援を際限なく呑み込んでいくだけです。

 底に穴の開いたバケツ、ブラックホールと言ってもいいかもしれない。

 その結果得られるのは、うんこです。比喩ではなく、文字どおりうんこしか製造されません。

 では、どこらへんを支援すべきなんでしょうか。

 お父さんは、中の下から下の上くらいのところをターゲットにして、支援していくべきだと考えています。

 このあたりは、きっかけがあれば、浮かび上がる可能性がある。少なくとも、社会の迷惑にならない程度に自活していくことが可能になる希望がある。ド底辺に比べて、コスパが断然違う。

 古いレシプロ飛行機にクランク棒突っ込んで、グルングルン何度か手動で回すとエンジンがかかり、落ちることなく自分で飛んでいけるイメージですかね。このイメージでいうと、ド底辺は、いくらクランク棒突っ込んで手で回しても一向にエンジンがかからない感じです。

 この点で、お父さんは現在の就職氷河期問題に関する報道姿勢に疑問があるのです。

 こういった関係の特集番組で取り上げられるのは、どー見てもド底辺の人なんですよね。

 お前みたいな奴は、団塊世代でもバブル世代でもゆとりでもZでも、どんな時代に生まれててもド底辺で間違いないよという残念な方ばかりを取り上げている印象が強いです。

 就職氷河期世代の苦悩は、そこじゃない。

 新卒時の椅子取りゲームの椅子が少なくて、他の世代であれば座れていて然るべき椅子に座れなかった、その結果、ポテンシャルはあっても能力を伸ばす機会が得られなかったところなんですよ。

 心身ともに能力値の低い、どの時代に生まれていようがド底辺間違いなしの人に焦点を当てて、悲惨な生活をしてますよーと特集やっても、誰も支援したいとは思わないでしょう。

 報道側の悪意を感じます。

 こんばんは。

 日々、呪いの言葉ばかり吐くのは精神衛生上よろしくないので、今日は褒めて褒めて褒めちぎりたいと思います。

 

 ゴミ、クズ、カスの岸田・石破政権が終わり、昨年10月に高市早苗自民党総裁が爆誕して以降、最も国民のために働いた政治家は誰だと思いますか?

 高市首相ですか?片山さつき財務相ですか?それとも小野田紀美(←お父さんの性癖ど真ん中です)さんでしょうか?

 お父さんは、斉藤鉄夫さんだと思います。はい、公明から中革連の代表になられた方ですね。

 この方の世間様の評価、あまり高くないようです。というかむしろ、小馬鹿にすらされている印象を受けます。

 しかし、その見方は間違っています。

 斉藤さんは、高市首相を超える仕事をしてくれたと思います。

 もちろん、高市首相もいい仕事をしておられますし、それを否定するつもりはありません。

 だけど斉藤さんは、もっとすごい仕事をしてくれました。

 まず、高市首相が新総裁に就任した直後、公明党を連立から離脱させました。

 四半世紀以上前から、ほとんどの国民が心の中では嫌だなと思っていた創価学会を、ついに政権から切り離したのです。これは、小泉首相にも安倍首相にもできなかったことです。

 続いて、今般の解散総選挙です。旧立憲民主党と接近して中道改革連合(だっけ?)を立ち上げ、旧立憲民主の執行部や大物議員の首を三国無双よろしく狩り取ってくれました。

 これほど、国民のために働いた政治家を、お父さんは他に知りません。

 見た目がパッとしないヲジなので、イマイチ評価が高くないですが、お父さんは斉藤てつおさんを心の底から応援しています。

 久しぶりなので、もう一本投稿しよう。

 ネット空間では、標題のような言説をしばしば見かける。お父さんも氷河期世代なので、「優秀」と言われて悪い気はしない。 しかし、本当にそうなんだろうか?

 この点、GOOGLE先生のAIは、世代間の価値観の相違だと結論付ける傾向があるようだ。

 世代間に価値観の相違があることはそのとおりなのだろうが、ネット空間で標題のような言説をしばしば見かける理由の説明としては、あまりに物足らない。

 そこで、何の根拠もなく妄想めいた考察をしてみる。あくまで考察なので、根拠は?とか言わないように。

 お父さん自身、一労働者としてうちの新人さんたちを見るに、資質の低下は極めて深刻だと感じている。

 仕事ができない無能はまだいいが、存在してるだけで組織の害悪にしかならない者が少なからずまぎれている。

 本社の偉い人(多分氷河期の前期ぐらい)も、自分たちが若い頃だったら絶対に採用されていないような者が採用されているとぼやいていたので、お父さんだけが感じているわけじゃないだろう。

 どうしてこうなったのか?

 思うに、各年代の総人口と、それらの者が就職する時期に用意されていた椅子の数の差ではないだろうか。

 就職氷河期世代は団塊ジュニアとそのちょっと後であり、総人口は多いが、その呼称が示すとおり、新卒時に用意された椅子はひじょぉおぉおぉおぉに少なかった。就職氷河期世代にも優秀な人間もいれば無能な人間、有害な人間までおり、当然、就職先も魅力的なところから魅力のないところまであるわけだが、魅力が上の方から椅子に収まっていくとして、就職先が用意した椅子が少ないので、他の世代だったらその資質・能力なら選ばないだろうという魅力の低い就職先にも優秀な人材が下りていった。そうすると、各就職先には「過ぎた」人材が採用される。そして、無能な就職氷河期世代は社会に出てくることすら叶わないわけで、その結果、就職氷河期世代は「優秀」だという印象が生まれたのではないだろうか。

 一定程度優秀でなければ、職を得ることすらできなかったとも言えるだろう。

 一方、Z世代はこれの真逆の現象が起きているように思う。つまり、Z世代は就職氷河期たちが経済的に追い詰められ子供を生めなかった結果、総人口が少ないところに、彼らが就職する時期に人手不足が深刻化し、新卒時に用意される椅子が多くなった。こちらも魅力が上の方から順に椅子に収まっていくと考えると、魅力が上の方の椅子に優秀なZ世代が座ってもまだ余裕があり、本来であればその就職先には「相応しくない」レベルの者まで採用される。魅力的な就職先からそうでないところまでこの現象が起こり、本来であれば社会に出てくるべきじゃないヤツまで表舞台に引っ張り上げられるわけなので、結果として、Z世代は「無能」との印象が生まれる。

 言い換えると、無能な奴でも駆り出さないと社会が回らない状況にあるとも言えるだろう。

 こんな感じじゃないだろうか。

 お父さんが大嫌いな団塊・バブル世代も含めて、どの世代も優秀な奴は優秀だし、無能な奴は無能で、害悪も一定数いるように感じる。そしておそらく、その「割合」はどの世代でも大きく変わることはないんじゃないかな。

 ただ、それぞれの世代の総人口と、そこに用意された椅子の数の関係で、標題のようなイメージが出来上がるんだと思います。

 今回の記事は、次に書きたいことの布石なんだけど、その記事を書くのは今夜かもしれないし、一年後、あるいはそれ以降かもしれない・・・。

 以下続刊デアリマス。