鳥居ミコです
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鳥居ミコが
初めましての方は
こちらをご覧ください
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本日
年内最後の
コンサルをさせていただいて
鳥居ミコとしての
今年お目にかかれた皆様
本当に
そんな仕事納めの今日
初の著書
「人生を開く不思議な100物語」を
読み終えました
100の不思議な話を
一気に読んだら
どうなるのか…という実験的な動機で
編まれた本とのことで
届いて以来
ずっと読もうと思っていました。
でも
直感的に
(読み始めるなら一気に読める時じゃなきゃ)
と感じていて
ずっとそのチャンスを
待っていたのです。
そしたら
昨日50話
今日50話。
二日かけて
読み始めた時の感想は
(なんて懐かしい記憶を
呼び起こす本なんだろう)
でした。
私も
子供時代から
ケンスケさんほどじゃ
ないけど
不思議な体験を
重ねていたから。
高熱のたびに現れる
黒い林の木々やら
ずっと顔の右上で光ってる
小さな稲妻やら。
そして
中盤に差し掛かり
(過去と現在と未来を自在に往き来して
だんだん時空を移動していくようだ)
と感じ始めました。
家や路地や
日常に目にする景色と
家族が交差する様子が
とても映画的で。
それはやがて
(目に見えない世界で
粒のように小さくなったり
宇宙のように広がったりしながら
渦を巻いて浮遊してる感じがする)
という感覚になり
最終的に
目に見えるものと
目に見えないものを包含する
膨大な情報に埋もれながらも
(自分の内側の感覚を信じることを
大切にしよう)
そう強く思うように
なりました
不思議なことは
あると思うとあって
ないと思うとなくなるような
そして
あって欲しいと願うと
なくなり
あることさえも期待しないと
現れるような
繊細な感覚で
キャッチするものだから。
ケンスケさんと出会ったのは
今から3年前の2016年秋でした。
その翌年に
3回リトリートを共催して
様々なイベントで会ったり
諏訪まで遊びに行ったりしつつ
瞑想から現実との向き合い方まで
大切なことを
たくさん学ばせてくれたのが
特に
リトリートの時
長い時間を過ごす中で
生きることや死ぬことに始まり
瞑想や呼吸法。
ヨガの話や覚醒体験の話。
そして
仏教や神道や
音の響きや波の話や
量子力学のこと。
ケンスケさんの口から出る
話題が
あまりに幅広いことに
いつも驚いていた私。
だから
私から見たケンスケさんは
ドラえもんのポケットのように
幅広く豊富な知識と体験を
内側に秘めた人で
もしも
その手の話をエンドレスでして欲しいと
お願いしたら
1週間でも10日でも
違う話題を話し続けられそうだと
そして今回
この本を読ませていただいたら
まさに
私がイメージしていた
ケンスケさんの真骨頂が
余すところなく
書き下ろされていると
思ったのです。
しかも
まるで
ケンスケさんの肉声で
ケンスケさんと話した時に
とりわけ印象深かったのが
死と
前世にまつわる
様々な知見でした。
私自身
肉親や
大切な人の死を
何度も目にしていて
ケンスケさんと
話したことで
その受け止め方が
よりリアルになり
優しくなったという
体験をしています。
そして
この本の中にも
それにまつわるお話が
何回か出てきて
あの時と
同じ感覚を
追体験することに
なったのです。
生きることや
死ぬことについて
ケンスケさんが
何度も
味わい
考え
感じてきたことが
本の
そこかしこに
織り込まれていて。
読み進むほどに
今この命を
生きていることへの
静かで確かな感謝を
感じずには
これまでにあった
不思議な体験。
その中には
記憶の奥底に沈んで
忘れていたことが
たくさんあって。
それが
静かに浮上して
(あ。こんなことあったなぁ)
(あ。こんな気持ち抱いたなぁ)
(こんな出来事あったあった)
そんな風に
内側にある記憶に
アクセスしては
当時の感覚を
垣間見て
アクセスしては
ケンスケさんの描写に
共鳴する。
そんな感じで
読ませていただきました。
きっと
世代を問わず
老若男女問わず
そういう感覚を
味わいながら
(次に何が起こるんだろう?)
ってワクワクしながら
読める本なんじゃないかと
思います。
この本は
不思議な物語でありながら
全てが実話で
そこに書かれている
ケンスケさんの
リアルな視点と
リアルな感覚が
鮮やかに
細やかに
浮かび上がってくるので
従来持っている
物の見方や感じ方に
間違いなく
新しい息吹を
与えてくれる一冊だと
まさに
「人生をひらく」本。
2020年を迎えるにあたって
ぜひ一読されることを
ケンスケさん
初出版
あなたの人生が