こんにちは。
昨日、今日とこの冬一番の寒さです。
この寒さの中、昨日は用事があって岐阜県の中津川市へ行ってきました。
初恵比寿のお参りに行く人がたくさん出ていて露天の店もたくさん並んでいるのに驚きました。
駅の近くの古い商店街のなかにも露天の店は続いていて、ぶらぶらと店をのぞきながら歩いていくと、一本目の路地と交わっている角に古い旅館がありました。
玄関のガラス戸には旅館の文字が見えますが、実はこの旅館、もう営業はやっていません。
でも昨日は玄関先に人が行き来し、お客さんの姿も中に見えるのです。
思い切って入ってみました。
白いエプロンをかけた中年の奥さんが立ち働いていたので、
声をかけてここは旅館ですか?
と尋ねると、旅館は辞めましたが月に一度だけ市の日に旅館の一部を開放しているのです、という応えが返ってきました。
立ち話で話を聞いた話では、
その建物はちょうど100年位前に建てられたものだそうです。
広い玄関に、玄関つきのお部屋が二間、そのお部屋をぐるりと囲むように幅半間の廊下があります。
玄関の奥は立ち入り出来ませんが、建物の全体はかなり大きそうにみえました。
廊下にはガラス戸が入っていますが、そのガラスも皆当時のガラス板だそうです。
ガラス戸の向こうは坪庭になっていて、大きな岩をいくつも配置して苔むした庭に椿などの何本かの植木ともみじの木が二本ありました。
紅葉の頃や、若葉の頃は今とまた違った風情ですよ、と女主人が説明してくださいました。
聞けばガラスも今のガラスとは質がまったく違うそうですよ。
テクニック的にはもちろん現在の方が勝っているのですが、今のテクニックをもってしても、当時の粗悪なガラスを作る事は不可能なんだそうです。
へー、そうなんだ。
だからガラスには気を使っていますと仰っていました。
ガラスが違うだけでずいぶん雰囲気が違うらしいですよ。
私は芥川龍之介や、谷崎潤一郎、などの100年位前に活躍した作家の本が大好きです。
今も谷崎潤一郎の文章読本を読書中なので、100年位前に立てられたというこの家を見たとき、
谷崎や芥川が目にしていたような光景が目の前に広がっているという気がして、とても感激しました。
そしてその話を女主人にしますと、
実は旅館をやっているときには島崎藤村も泊まった事があるのですよ、と教えてくれました。
それを聞くとなおさら、当時の文壇の香りがこの建物の中に漂っているようで、なんだか胸がゾクゾクっとしたものです。
今まで何度もこの街を訪れ、この通りも何度も通りかかった事があるのに、
谷崎潤一郎の本と出合い、1900年代初めの時代になじみが出来た今、この旅館の意味が明らかにされるとは、なんて素晴らしいのでしょう。
きっと、去年この旅館に入っても、今のような気持ちでその建物を楽しむ事は出来なかったでしょう。
そう思うとまたもや存在からのギフトをいただいたような気持ちになるのです。
ですから、私にとっては、喜び二倍。
あの旅館を見ることが出来た喜びと、それが谷崎潤一郎を知った後であったという喜び、
ダブルの喜びは、存在からのお年玉ですかね。
だとすれば、
喜びはトリプルになりますね。
ゲ、
喜び無限大。(≡^∇^≡)
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