「待って、お兄ちゃん! 違う、違うの!」

「? 何が違うと言うんだ?」

 怪訝な顔を見せる兄に、ナコは互いの誤解を説明する。

「あたしが襲われたのは、あたしたちの世界から来たガラの悪い男たちで、だから、先住民の人たちは――」

「悪くないとでも言うのか?」

 ……え?

「確かにお前が直接被害を受けたのは先住民たちからではなかったかもしれない。だが、ガラの悪い連中は、俺たちの世界にいた頃からそうだったわけではない。大半がまともだったヤツらか……こちらの世界で生まれたヤツらばかりだ」

 そうか。こちらの世界でも子供は生まれるのか。ずいぶんと昔からナコの世界の住民は『選ばれ』続けてきたのだから、考えてみれば当たり前だが、ナコは兄に言われて初めてその可能性があったことに気が付いた。

「それに、アイツらが――先住民どもがこちらの世界を支配している以上、アイツらが俺たちを『選』んでいる可能性が高い。その目的は分からないし、どういう方法なのかも分からないが……。俺たちが元の世界に帰ることが出来るとしたら、アイツらに何とかさせるしかないんだ」

 ナコは理解した。兄はずっと前、『選ばれ』る前からこのことを考えていたのだろう。もしも、自分が『選ばれ』たならば――。丁度、ナコが兄を探すことを決心していたように。

 それでも、

「それでも、先住民たちがみんな悪いわけでもない! あたしは、助けてもらった。セイイチに、助けてもらった!」

 ナコは叫んでいた。どうして、素直について行くと言えなかったのだろう。ナコの目的は兄を探すこと。それが達成された今、兄と共に行くことがナコの次なる目的になるはずだった。それが自然なことだと、理性は今でも判断している。それなのに現実には反抗の言葉を兄にぶつけている。

「そうか……」

 兄は一瞬だけ驚いた表情を見せた後、寂しそうな、嬉しそうな、複雑な微笑をナコに向ける。それは、ナコが初めて見る兄の表情だった。

「そうか、ナコは、俺たちと共に戦うことは出来ないんだな」

 ナコは頷く。兄も一つ頷くと、表情を引き締めた。

「分かった。……だが、俺たちの計画は止まらない。ナコ、邪魔だけはしてくれるなよ」

 兄は背を向け、少し後ろに控えていた二人を促す。薄暗い路地の更に奥へと消えようと歩き出し――兄は背を向けたまま立ち止まった。

「ナコ。お前まで『選ばれ』てしまったのは残念だが。それでもお前が元気そうで良かったよ」

 兄の声は小さかったが、ナコの胸に強く響いた。

「あ、あたしも! あたしも、会えて良かった。……またね、お兄ちゃん」

 兄は反応しなかったが、その背中の向こう側でいつもの微笑みを浮かべていてくれている気がした。

 どうしよう。

「ん? 美味しくなかったか?」

 その日の夜、いつもの時間に帰ってきたセイイチとの食事中。彼の作ってくれた料理が口に合わなかったので、どうしたものかと思案していた、というわけではなく。

「何でもないよ」

 と答え、更に行動で示すべく、目の前の料理を口に運ぶ。

 不安げだったセイイチの表情が一気に安堵に緩むのを視界に入れながら、ナコは今後の身の振り方について悩んでいた。

 兄を見つける。こちらの世界で、命を賭してでも達成しようと思っていた目的は、呆気なさ過ぎるほど早くに果たされてしまった。

 その後は兄に着いていくものだとずっと考えていたので、異なる選択をした今、次に何をすべきか全く思いつかないでいた。

 今日を食いつなぐことすら困難な状況であったならば、そんなことを考えずに済んだのかも知れないが。

「ん? 僕の顔に何か付いてる?」

 目の前で口元をこすりながら鏡を探している先住民のおかげで、幸いにも今日明日にも飢餓と闘わなければならない、ということにはならないだろう。この男は何も言わないが、本当に何もしなくても、一生ナコを食わせてくれるのではないだろうか。兄が言うには、先住民はとにかくろくでもないらしいのだが、目の前の男もそうであるとは、ナコにはどうしても思えなかった。

 他の先住民のことは、ナコは知らない。でも、セイイチは信じよう。身元も分からない、言葉も通じない、異世界の民であるナコを拾ってくれて、今もナコにずっと話しかけるこの男は。……友達だ。施してもらうばかりで、全然対等ではないけれど。それでも、友達だと言いたい。そして、友達だと思ってもらいたい。

 あ。そうか。今、あたしがしたいこと。あたしの目標。見つかった。見つけた。

「セイイチ。あたし、あなたの親友になる。あたしのこと、親友って呼ばせてみせる」

「ん? そうか、美味いか。良かった良かった。初めて作ったヤツだから、ちょっと自信なかったんだよ」

 相変わらず言葉は通じない。それでも感情の浮き沈みは伝わるようになってきた。

 そうだ、最終的にはあたしの言葉を分かってもらおう。それで、助けてもらうばかりじゃなく、セイイチと助け合って生きていく。そうやって、この世界であたしは暮らしていこう。

 決意を目に宿らせて、セイイチを見つめ、

「あれ? どうしたの、セイイチ?」

 彼の右手に痣を見つけた。ナコの心配そうな声音と視線に気付き、セイイチは軽く手を挙げてみせ、

「ん? これか? そーだ、聞いてくれよ。今日さ……」

 憤っているような、それでいて少し嬉しそうな表情で、セイイチは話し出す。ちょっとイヤなことがあって怪我をしたが、愚痴る相手がいて嬉しい、といったところか。

「……で、途中で……が沢山乗ってきてさ。もう……の中はギュウギュウ。多分その中の誰かの荷物が当たったんだろうな。そのせいだよ、この痣」

 いくつか聞き取りにくい単語の中に、聞き捨てならない言葉があった。

 待って。何て? 何て言った、セイイチ? ……デンシャ? デンシャ、って言った?

 デンシャの中はギュウギュウ。多分その中の誰かの荷物が――

「どうした? やっぱり不味かったか?」

 セイイチが心配そうに聞いてくるが、ナコは反応出来なかった。

 どうしようどうしようどうしよう。先ほどまでの自分に降りかかっていた漠然とした不安とは決定的に違う。

五日後、セイイチが、危ないかも知れない。

何も考えられず、ナコは寝床へと向かう。彼女のために、とセイイチが簡易ではあるが用意してくれたものだ。

ふらふらとした足取りで歩くナコの背後からは、嫌いな味付けだったかな、と首をかしげるセイイチの独り言が聞こえた。

 今日からは本格的に探そう。当てがないのは最初と変わっていないが、拠点があるだけで心強さはかなり違う。

 まずは……近くにある公園の方向を探してみよう。そう思い、出来るだけ細く寂れた路地を選んで歩いていく。ひとまずは公園を目指しながらも、横道があればその度に足を止めて覗く。これを繰り返していけば、兄ではなくとも、もしかしたら顔見知りを見付けることが出来るかも知れない。

 しかし、途方もない数の道に目を凝らさなければならないだろう。何百、何千。もしかしたら何万もの――

「準備はどうなっている?」

「上々ですよ。今我々以外の者が運搬作業にあたってますが、本日中には例の場所に全て運び終えるでしょう」

「そうか。ならば予定通り五日後には計画を実行出来るな。……? 誰だ!」

 三つ目の横道を覗いたところに、先住民とは明らかに違う大きさの影が三つ、固まって何かを話しているのが見えた。内容がよく分からないうちに、その内のリーダー格の男に誰何の声を掛けられ、ナコはまずその声に驚き、振り向いたその顔に更に驚嘆した。

「え。……お兄ちゃん?」

 今度は見間違いではない。聞き間違えでもない。最後に見た時よりも幾分大人びてはいるが、間違いなく兄だ。

「……もしかして、ナコか?」

 兄の方でもこちらに気付いたようだ。残りの二人に、大丈夫、俺の妹だ、と告げてゆっくりと歩いてくる。

「久しぶりだな、ナコ。四年ぶりか。……お前も『選ばれ』てしまったんだな。」

「……うん」

「そうか。……いつからこっちの世界にいるんだ?」

「えっと、十日くらい前かな」

「最近じゃないか。しかし、今まで大変だったろう、ナコ。よく頑張ったな。もう大丈夫だ。俺がいるからな」

 そう言って、兄はかすかに微笑んだ。

 ああ、これだ。あたしが探していたのはこの笑顔だ。歳を重ねたためか、穏やかさとともに深みが加わっているが、この笑顔は紛れもなく兄のものだ。

 懐かしさで涙があふれてくる。久しぶりに再会した兄の前で弱いところは見せたくない。急いで俯いて目をこする。

 と、少しぼやけたナコの視界に、大きさも形も、そして新しさも様々な傷跡が飛び込んできた。それらは兄の身体の至る所に刻まれていて、

「お兄ちゃん、どうしたの? ていうか、大丈夫なの?」

 勢いよく顔を上げたナコに、一瞬きょとんとした表情を見せた兄だが、すぐに、ああ、と自分の身体を見下ろして、

「大丈夫だ。ここ最近に付けられた傷じゃない。一番新しいものも、半年は前のものだしな」

「お兄ちゃんもあいつらにやられたの?」

「『も』? お前もやられたのか?」

「あ、あたしは路地裏に追いつめられて、そこにあったガラスの破片を踏んだだけだから、厳密には違うんだけど」

「そうか。よく無事だったな。……やはり、ろくでもないヤツらだな、アイツらは」

 兄にしては珍しく、怒りの感情をあらわにしている。長い間、ああいったチンピラたちと対立していたのだろう。身体に付いた無数の傷からもそれが推測出来る。ああいった輩が数多くいるとしたならば、正義感の強い兄がそれらと対立するのは当然の帰結なのかもしれない。

 とすれば、

「ねぇ。あっちの人たちは……?」

「ああ、俺と一緒に戦ってくれる仲間たちだよ。紹介しよう」

 そう言うと、兄は少し離れたところでナコたちの会話から離れていた二人を呼び、紹介してくれた。二人は、妹なんだね、よろしく、と簡潔に挨拶をすると、兄に向き直り、小声でそっと何かを呟く。兄は目線を彼らに向けて小さく頷くと、再度ナコを正面から見つめる。

「勿論、一緒に戦っているメンバーはこの三名だけじゃない。今のところ、総勢でこの十倍程度のメンバーがともに戦っていて、アジトで揃って寝泊まりしている。とは言えこの程度の数では、ヤツらと出くわした時のための逃げ道と避難所を確保するのが精一杯という現状だがな」

 この兄の言葉に、ナコは違和感を抱いた。ナコが遭遇したチンピラグループは4人。他のグループもメンバー構成はさほど変わらないのではないかと思っていたのだ。

 しかし、三十名からなる兄のグループが逃げの一手のみを取っているとなるとそうではないのだろうか。いきなり異世界に飛ばされたという境遇では、ヤクザな商売に身を落とす者の方が主流なのかもしれない。

そう思い至り、ナコは兄の言葉に改めて耳を傾ける。

「だが、俺たちは今までただ逃げ回っていたわけではない。ヤツらに一泡吹かせるために準備をしていたんだ。それが今日、完了する予定だ。それでも大打撃を与えることは出来ないだろうが、アイツらに俺たちの存在を知らしめることなら出来るだろう」

 またしても、違和感。兄の言葉では、相手にとってこちらの存在は道ばたの石ころ程度のものでしかなく、しかし、石ころでもつまづかせることは出来る、と言っているようにしか聞こえない。

 それほどまでに戦力差が圧倒的なのか。いや、そうじゃない。ナコと兄の間で『アイツら』に関して齟齬が生じているのでは。

「数日後にはアイツらが移動手段にしている、デンシャという箱の通り道に仕掛けをして、事故を起こす。俺たちから先住民どもへの反撃ののろしになるだろう」

 疑惑が確信に変わる。兄はナコの心情の変化にも気付かずに続ける。

「ナコ。お前も俺と一緒に来い。平和な暮らしをアイツらから勝ち取るんだ」

 兄の力強い言葉と視線に、ナコは思わず頷きそうになる。が、

「待って、お兄ちゃん! 違う、違うの!」

「? 何が違うと言うんだ?」

先住民たちの喧噪からいくらか離れた所まで来て、ふと考える。薄暗く生き物の影が少ない通りの利点は、物理的に歩きやすいことだろう。そして、それと表裏の関係にある欠点は、

「お嬢ちゃん、どこ行くの?」

 けけ、と下品な笑い声が思い出したように響くことか。

 こういったことはナコがいた世界であれ、この異世界であれ、変わりがないようだ。とは言え、今絡んできているのは、ナコよりも以前に『選ばれた』連中のようだが。

 先ほどまで図体の大きな先住民たちの大群を見たせいか、彼ら――二人組だ――はいくらか小さく見えた。それでも彼らは大人と言っても差し支えない身体つきで、こうした状況を話にしか聞いたことがないナコにとっては、十分すぎるほど恐怖を感じる対象だ。

 声も出せず、一歩下がる。すると、

「おっと。こっちは行き止まりだぜ?」

 どうやら彼らは二人組でなく、四人組だったようだ。はっと顔だけ後ろに向けると、薄暗い路地のさらに細い脇道から、前の二人と似た背格好の男たちが、やはり下品な笑みを浮かべながら出てきたところだった。

 進行方向を九十度変えて、壁に向かって後退りする。が、すぐに背中が壁にぶつかる。

「コイツ、『選ばれ』てきたばかりか? ちょーっと若すぎるかもしんねぇけど」

「や、だからこそ、一部に高く売れんじゃねえかよ」

「お嬢ちゃん、俺たちも生きるためなんだ、恨むなよ」

 初仕事ではないのだろう。彼らの言動からそれが分かったが、ナコにとっては全く良いニュースではない。

 さっきから心臓が身体全体を叩いている。耳の奥の痛みが頭全体に響き始めて、目の前の光景がかすんできた。

 こんなところで、お兄ちゃんを見付けられないまま、終わるの……?

 四人組で一番ガタイのいい男が手を伸ばしてきて、ナコはぎゅっと目を瞑る。瞼の裏の光すら消えそうになった時――

「おーい。……いるのか?」

 声。一部意味の分からない言葉が聞こえたので、先住民の声だろう。この声の主は敵なのだろうか。それとも……

「ちっ! ヤツらが来た! ずらかれ!」

 リーダー格の男が叫び声を上げると、それまで余裕の笑みを浮かべていた男たちが一斉に声が聞こえてきた方とは逆に駆けていく。

彼らにとって、先住民は敵なのだろう。当面の危機は去ったが、敵の敵が味方であるとは限らない。

ナコも逃げ出したいのだが、先ほど手を伸ばされた時に固めてしまった身体がまだ動こうとしてくれない。

「おーい」

 ただでさえ薄暗い路地に更に闇が重なる。声と闇に誘われるようにナコが振り向いた先には大きな影。開けた場所からの強い灯りで逆光になっていてよく見えないが、先住民の成体、おそらくは男だろう。

「お、やっぱりいた。なんだぁ、ケンカしてたのか?」

 やたらと呑気な声が頭上から響く。先ほどのやりとりを見ていないからそんなことが言えるんだ、と思った後、彼らなら先ほどの光景もケンカにしか見えなかったかも、ともナコは思った。

「あ、キミ、足! 足を怪我してるじゃないか!」

 え? と下を見ると、確かに血が流れている足と、一部が赤く染まったガラス片が。気付かぬ内に踏んでいたのだろう。

 先ほどまでは恐怖が勝っていたこともあってか、痛みを全く感じなかったが、気付いてしまったその瞬間に怪我をしたのかと錯覚するほどに、急に痛みが襲ってきた。

「痛そうだな。大丈夫か?」

「……平気よ。こんなの」

 言って、ナコは男から顔を背ける。今のところ彼からは危害を加えようという意図は見えないが、うっかり信用して何をされるか分かったものではない。本当は涙がでそうな程痛かったのだが、強がって一歩踏み出す。

「っあ!」

「うわ。……大丈夫じゃなさそうだな」

 痛みに耐えかねて漏れ出た悲鳴に、男が驚きと共に心配そうな表情を見せる。そして、しょうがないな、と言いながらナコに手を伸ばして――

「や、は、離して!」

「こらこら、暴れない暴れない」

 ひょい、と抱え上げられたナコは手足を振り回して男の腕から逃れようとする。しかし、ただでさえ手負いのナコの力では先住民の男に敵うはずもなく、男の手はがっちりとナコをつかまえたまま離れない。こうなれば、恨みはないが、顔面に一発入れてひるんだところを抜け出すか。

 男の顔をきっ、と睨む。抱え上げられた今ならば簡単に手が届くだろう。ぶら下げられた体制から身体を捻り、手を振り上げ――たところでナコは固まった。

「ふう。ようやく分かってくれたか」

 彼を信用して動きを止めたわけではない。驚いたのだ。間近で、まともに見た男の顔が、

「お……兄ちゃん?」

 兄に似ていたから。

 いや、よく見ると風貌はそれほど似ていない。それでも兄と見間違えたのは、兄と同じ、優しさをその顔に纏っていたからだ。

「んじゃ、僕の家に行くか? あー、アパートは……なんだけどな」

 意味の分からない言葉がまた混じる。ナコをひょい、と抱えたまま――今気付いたが、これは俗に言うお姫様抱っことやらではないだろうか――、男は危なげなく歩き始める。

彼は兄ではない。それでも、ナコは彼を信じ始めていた。少なくとも傷の手当てをされてやってもいいくらいには。

やはり、先住民の男は兄とは似ていない。十日ほどの間、彼――名前はセイイチというらしい――と過ごしてよく分かった。

彼は何かをする時、いつもナコに伺いを立てる。おはよう。何飲む? ジュース? ミルク? 夜は何が食べたい? 怪我の調子はどう? 少し歩きに出てみる?

こちらの言葉が伝わったことはないが、それでも彼はナコに口を開くことをやめない。

兄はどちらかというと寡黙な方だった。セイイチのようにナコに笑顔を向けるようなことは稀で、いつも前を見据えていた。

そう、兄はいつもずっと先を見ていた。その横顔に憧れのようなものをナコは抱いていた。セイイチはいつもすぐそこ、足下を見ている。彼の横顔は見たことさえほとんどない。

もうひとつ。兄は歯を見せて笑うことは稀だったが、セイイチは、

「それじゃあ、行ってきます」

 いつもナコに全開の笑顔を見せる。どうしたら、ここまで無防備になれるのか、というほどに。

 そう、無防備にも彼は、見知らぬナコを部屋に置いたままほとんど毎日のように朝から晩まで外出する。この十日のうちの七日はそうだ。ナコと一緒に朝食を食べ、冷めても美味しいのを置いとくから、とナコのための昼食を用意して外出、そして夜に帰宅。

 最近ではナコの足の怪我も大分回復してきたので、少し開いた窓の隙間から外に出て散歩するのだが、そうしたことが出来る状態で外出することも無防備だ。最初の方こそ彼に注意はしたのだが、

「ん? 今日の晩ご飯? んー……でも作ろうかな」

 言葉が通じないため、万事こんな感じだ。

ちなみに、彼が何を作ると言ったのかは聞こえなかったが、それはとても美味しかった。異世界の食べ物は意外にも美味しいものばかりだった。

そういうわけで、怪我の手当、安全な寝床、美味しい食事を提供してくれるセイイチには申し訳ないと思いながらも、

「よっ、こいしょっ、と」

 ここ二、三日はこうして窓の隙間から外に出ている。このまま何もしないでも、セイイチの所にいればそのまま彼が養ってくれそうな勢いだが、そういうわけにもいかない。

 だって、あたしには目的があるから。

 自分自身に言い聞かせて、今日も懐かしい影を探す。と言っても、先日までは周囲をゆっくりと散歩するだけの、半分リハビリのようなモノだったのだが。

 今日からは本格的に探そう。当てがないのは最初と変わっていないが、拠点があるだけで心強さはかなり違う。

 妙な居心地の悪さにナコが目を覚ますと、そこはいつもの柔らかい寝床ではなかった。硬くてツルツルしてて冷たい、無機質な壁と床に囲まれた薄暗い場所に、彼女は丸くなっていた。

 草の匂い、風の匂い、水の匂いがしない。代わりに、今まで嗅いだことのない匂い――お世辞にも芳しいとはいえない――が鼻を突いて思わず顔をしかめる。

 いつまでも横になったままでいても仕方がない、と身体を起こして、ぐるりと辺りを見回した。どこを見ても灰色ばかりが目に付く。よくよく観察すると、壁にはくすみが、地面には木屑やガラス片が多く見あたる。モノトーンの世界に迷い込んでしまったのか、と一瞬思った程に、彩りが見あたらない。

見覚えがないどころか想像すらしたことのない光景にしばらく呆然としていたが、次第に心が落ち着いてきた。

 ここがどこで、これからどうするべきなのかが分かったからではない。分かったのは全く違うこと――『選ばれた』のだということだけだった。

 ナコが生まれ育った村のこどもは、十二になると『選別』が行われる。誰がどのように行うのかは分からないが、その年代のこどもの半数は、ある日、忽然と消えてしまう。大人たちは、消えてしまったこどものことを『選ばれた』こどもだと言うが、実のところは言葉のイメージで誤魔化しているだけで、誰しもが消えたこどもは『選ばれなかった』のだ、と思っている。

 つまりは、ナコも実質『選ばれなかった』ということだ。

 誰も口には出さないが、誰もが思っている。消えてしまった先で、子供たちは過酷な環境での生活を強いられ、そして苦境の内に死ぬ、と。

 そこに思い至り、ナコの身体が恐怖に震え、足が止まる。が、

「……探さなきゃ」

 やるべきことを思い出し、うつむきかけていた顔を、くっ、と上げる。どこかで自分が『選ばれる』ことを予感していたナコは、こうなった時のために自分自身に課題を課していた。ただ当てもなく生存することのみを目的としたならば、心が荒んでしまいそうだったから。

「……お兄ちゃん」

 声に出して自分を鼓舞し、一歩踏み出す。当てがないのには変わらないが、目標があるだけで前へ進める気がした。

 踏み出した足元は、どこか冷たかった。

 ナコの兄が『選ばれ』て姿を消したのは四年前。四つ年上の兄は妹としてのひいき目を除いてもとても聡明で、同年代の中でも群を抜いて大人びていた。いつも冷静で微笑みを絶やさず、何があっても動じない。そんな兄がいることがナコにとっての一番の自慢であって、兄も慕ってくる妹の面倒をよく見てくれていた。

 だから、兄が消えたその日、ナコは誰よりも泣いた。親を含め、周囲の者たちは『選ばれた』という言葉で全てを覆い、ナコ以外には誰も涙を流さなかった。

 それが余計に悲しくて、ナコは次の日も泣いていた。丸二日間泣き続けた疲れで眠りについた時、夢を見た。在りし日の兄がいた。兄は言っていた。

「過去を振り返るのは立ち止まって泣くためじゃない。前を向いて歩き出すためなんだ」

 目が覚めたナコは、もう泣くことをやめた。そして、代わりに考えるようになった。もしも、自分も『選ばれた』なら――。

 一日考え続けて分かったことは、考えても何も分からない、ということだった。だから、頭を使う代わりに身体を鍛えることにした。その甲斐あってか、十二になるころには、女の子らしからぬ逞しい身体を獲得していた。

 十二を迎えてからは、『選ばれた』先の世界のことを考えていた。もしも無人島に飛ばされたら? いや、それよりもいきなり海の中にいることだってあるかもしれない。考えても無駄だということは四年近くも前に分かっていたのだが、それでもいくつかのパターンは想定して、心構えだけでもしていこうと思っていた。しかし――

「わ」

 目の前のものにぶつかりそうになって、ナコは小さく悲鳴をあげる。別段、ぼうっとしていたわけではない。そのものの方が突然目の前に現れてきたのだ。

 想定外の出来事。

 それは飛ばされた世界の先住民だった。今までに見たこともないような、全くの異形の生物ではない。むしろ、自分たちに似ているのではないか、と思う。

目が二つ、鼻と口が一つずつ、顔にくっついているし……。

と、似たところを探しても意味がない。大事なのは違うところ――その大きさと、数。

個体差はあるようだが、小さな個体でもナコよりも一回りも二回りも大きい。

そして、数。ものすごい数だ。ナコが最初に寝ていた場所からしばらく歩くと開けた場所に出ることが出来たのだが、そこには先住民たちが我が物顔で――実際、そうなのだろうが――大量に歩いていた。

先住民たちは、身体が大きい以外は自分たちと見た目はそう変わりなく、いきなりとって食われるようなことはないだろう、と思い、ナコは彼らに何度も話しかけた。しかし、姿は似ていても彼らにナコの言葉が届くことはなく、顔は向けても足を止める者はほとんどいなかった。まれに足を止める幼い個体以外にとっては、ナコが珍しくもないようだ。

時折聞こえてくる彼らの話し声は大体理解出来るのだが、その疎通は一方通行のようだ。

せっかく何らかの情報を得ることが出来ると思ったのに。

賑やかな方を目指して歩いていたナコだが、ここで方針と方向を転換して、もといたところのような暗く静かな方へと足を向けた。特に目的があったわけではなく、障害物が少なそう、という理由からだけだが。

先住民たちの喧噪からいくらか離れた所まで来て、ふと考える。薄暗く生き物の影が少ない通りの利点は、物理的に歩きやすいことだろう。そして、それと表裏の関係にある欠点は、

「お嬢ちゃん、どこ行くの?」

 けけ、と下品な笑い声が思い出したように響くことか。

ですね。


いや、そんだけですけど。



そーいえば、前にダイエットしてます、て書いた気がします。


結果。



65→62



うわー、びみょー。


しかも、「よーし、ダイエット終わったから、大盛り食べちゃうぞー」


というノリで食べまくった結果、一日で1㎏のリバウンド。


単純計算で三日で元通り。



そこには元気に跳ね回るお腹の脂肪が!


「もう二度と過度の食事制限はしないよ」



みたいな。



さて。


まあ、それでも思うところはあるわけです。


2週間。めっちゃ頑張りました。


それがたったの三日間。あら不思議、元通り。



ここでちょっと計算のお時間です。


「めっちゃ頑張った2週間」+「三日間のサボり」=「元通り」 …①


ここで、


「元通り」=0、

「めっちゃ頑張った」=「120%の努力」、

「サボり」=「-(100%の努力)」、


とおき、①に代入すると、


「120%の努力」×14 + 「-(100%の努力)」×3=0、

「120%の努力」×14 = 「100%の努力」×3


またここで、便宜上「14≒15」とすると、


「120%の努力」×5 ≒ 「100%の努力」



よって、「120%の努力」よりも、「100%の努力」の方が5倍大事である。



あやしさ満載の計算式を打ち出しました。


でも何となく、導き出した解は結構は案外真理だったりするのでは、


とか思ってます。


サボらないって大事ですね、というお話。



では。