今日からは本格的に探そう。当てがないのは最初と変わっていないが、拠点があるだけで心強さはかなり違う。
まずは……近くにある公園の方向を探してみよう。そう思い、出来るだけ細く寂れた路地を選んで歩いていく。ひとまずは公園を目指しながらも、横道があればその度に足を止めて覗く。これを繰り返していけば、兄ではなくとも、もしかしたら顔見知りを見付けることが出来るかも知れない。
しかし、途方もない数の道に目を凝らさなければならないだろう。何百、何千。もしかしたら何万もの――
「準備はどうなっている?」
「上々ですよ。今我々以外の者が運搬作業にあたってますが、本日中には例の場所に全て運び終えるでしょう」
「そうか。ならば予定通り五日後には計画を実行出来るな。……? 誰だ!」
三つ目の横道を覗いたところに、先住民とは明らかに違う大きさの影が三つ、固まって何かを話しているのが見えた。内容がよく分からないうちに、その内のリーダー格の男に誰何の声を掛けられ、ナコはまずその声に驚き、振り向いたその顔に更に驚嘆した。
「え。……お兄ちゃん?」
今度は見間違いではない。聞き間違えでもない。最後に見た時よりも幾分大人びてはいるが、間違いなく兄だ。
「……もしかして、ナコか?」
兄の方でもこちらに気付いたようだ。残りの二人に、大丈夫、俺の妹だ、と告げてゆっくりと歩いてくる。
「久しぶりだな、ナコ。四年ぶりか。……お前も『選ばれ』てしまったんだな。」
「……うん」
「そうか。……いつからこっちの世界にいるんだ?」
「えっと、十日くらい前かな」
「最近じゃないか。しかし、今まで大変だったろう、ナコ。よく頑張ったな。もう大丈夫だ。俺がいるからな」
そう言って、兄はかすかに微笑んだ。
ああ、これだ。あたしが探していたのはこの笑顔だ。歳を重ねたためか、穏やかさとともに深みが加わっているが、この笑顔は紛れもなく兄のものだ。
懐かしさで涙があふれてくる。久しぶりに再会した兄の前で弱いところは見せたくない。急いで俯いて目をこする。
と、少しぼやけたナコの視界に、大きさも形も、そして新しさも様々な傷跡が飛び込んできた。それらは兄の身体の至る所に刻まれていて、
「お兄ちゃん、どうしたの? ていうか、大丈夫なの?」
勢いよく顔を上げたナコに、一瞬きょとんとした表情を見せた兄だが、すぐに、ああ、と自分の身体を見下ろして、
「大丈夫だ。ここ最近に付けられた傷じゃない。一番新しいものも、半年は前のものだしな」
「お兄ちゃんもあいつらにやられたの?」
「『も』? お前もやられたのか?」
「あ、あたしは路地裏に追いつめられて、そこにあったガラスの破片を踏んだだけだから、厳密には違うんだけど」
「そうか。よく無事だったな。……やはり、ろくでもないヤツらだな、アイツらは」
兄にしては珍しく、怒りの感情をあらわにしている。長い間、ああいったチンピラたちと対立していたのだろう。身体に付いた無数の傷からもそれが推測出来る。ああいった輩が数多くいるとしたならば、正義感の強い兄がそれらと対立するのは当然の帰結なのかもしれない。
とすれば、
「ねぇ。あっちの人たちは……?」
「ああ、俺と一緒に戦ってくれる仲間たちだよ。紹介しよう」
そう言うと、兄は少し離れたところでナコたちの会話から離れていた二人を呼び、紹介してくれた。二人は、妹なんだね、よろしく、と簡潔に挨拶をすると、兄に向き直り、小声でそっと何かを呟く。兄は目線を彼らに向けて小さく頷くと、再度ナコを正面から見つめる。
「勿論、一緒に戦っているメンバーはこの三名だけじゃない。今のところ、総勢でこの十倍程度のメンバーがともに戦っていて、アジトで揃って寝泊まりしている。とは言えこの程度の数では、ヤツらと出くわした時のための逃げ道と避難所を確保するのが精一杯という現状だがな」
この兄の言葉に、ナコは違和感を抱いた。ナコが遭遇したチンピラグループは4人。他のグループもメンバー構成はさほど変わらないのではないかと思っていたのだ。
しかし、三十名からなる兄のグループが逃げの一手のみを取っているとなるとそうではないのだろうか。いきなり異世界に飛ばされたという境遇では、ヤクザな商売に身を落とす者の方が主流なのかもしれない。
そう思い至り、ナコは兄の言葉に改めて耳を傾ける。
「だが、俺たちは今までただ逃げ回っていたわけではない。ヤツらに一泡吹かせるために準備をしていたんだ。それが今日、完了する予定だ。それでも大打撃を与えることは出来ないだろうが、アイツらに俺たちの存在を知らしめることなら出来るだろう」
またしても、違和感。兄の言葉では、相手にとってこちらの存在は道ばたの石ころ程度のものでしかなく、しかし、石ころでもつまづかせることは出来る、と言っているようにしか聞こえない。
それほどまでに戦力差が圧倒的なのか。いや、そうじゃない。ナコと兄の間で『アイツら』に関して齟齬が生じているのでは。
「数日後にはアイツらが移動手段にしている、デンシャという箱の通り道に仕掛けをして、事故を起こす。俺たちから先住民どもへの反撃ののろしになるだろう」
疑惑が確信に変わる。兄はナコの心情の変化にも気付かずに続ける。
「ナコ。お前も俺と一緒に来い。平和な暮らしをアイツらから勝ち取るんだ」
兄の力強い言葉と視線に、ナコは思わず頷きそうになる。が、
「待って、お兄ちゃん! 違う、違うの!」
「? 何が違うと言うんだ?」