PL処世訓第1条「人生は芸術である」 | 御木白日のブログ

御木白日のブログ

学習院大学 仏文科卒業。大正大学大学院文学博士課程修了。
詩人活動をとおして世界の平和に貢献。

 ※文中〝 〟内は二代教祖のお言葉です。

1.「〝人生〟は〝芸術〟である」の悟り


 「人生」という言葉も「芸術」という言葉も、私たちにはなじみ深い言葉です。その「人生」と「芸術」という2つの言葉を結びつけて「人生は芸術である」と表現されたところに二代教祖の悟りがあります。
〝「人生は芸術である」の「人生」とは、人間の生まれてから死ぬまでというよりも、人間の生きている一瞬一瞬ということであります。〟
 「芸術」は目には見えない自分の個性(まこと、独特の持ち味)を見える形に表現することです。
 その人の個性が「いま、ここ」で、その都度、その都度のイメージとして心の中で具体化され、その心の中のイメージがその人によって目に見える形に表現されるのです。それが芸術です。簡潔にいえば、自分の気持ちを物事を通して現していくことです。
 「人生は芸術である」とは、人生そのもの、つまり日常の生活そのものが芸術であるということです。
 芸術といいますと、絵を描いたり、彫刻をする、あるいは詩を作ったり、作曲するといういわゆる「専門芸術」を指すのが普通です。ところが、二代教祖は芸術という言葉をもっと大きく捉え、人生そのもの、日常の生活のすべてが芸術することの連続であって、専門芸術はその一部にすぎないと悟ったのです。
 日常の一つ一つの行為が「芸術する」ことであると分かれば、「もっと上手にやろう!」、「自分の芸術をもっと良いものにして、人生を楽しいものにしよう!」という意欲が湧いてきます。それによって、その人の人生はより意義深く楽しいものになってくるに違いありません。「日々好日」、毎日がより楽しく張り合いのあるものになるのです。
(1)人生のプロセスが芸術です
 特別な才能をもつ芸術家が制作した特別に優れた美しい作品、それが私たちの芸術についての一般的なイメージではないでしょうか。
 ところが、特別に優れた才能をもっているわけでもなく、世の人を驚かせる特別な業績を残すわけでもない、ごく普通の人々の日常生活そのもの、人生のプロセスそのものが芸術なのだというのが二代教祖の悟りです。世の人々は驚き、感動したのです。
 それが「人生は芸術である」の教えです。
 江戸時代の禅僧の鈴木正三(すずきしょうさん/1579〜1655)は「農業則仏行なり」と言いました。お百姓さんが毎日毎日、農業に精を出すことがそのまま仏教の修行であると言ったのです。農業に限らずどのような仕事であっても、日常の仕事そのものが信仰を深める「場」なのです。そのことに気付けば、「人生は芸術である」の教えがぐっと身近なものになります。
(2)専門芸術の大切さ
 「専門芸術」に親しみ、身に付け、その技量をグレードアップさせる「コツ」をつかむことが「芸術生活(人生芸術)」をグレードアップさせる「コツ」にもつながってくるのです。なぜならば「専門芸術」に「芸術生活」の「コツ」が目に見える形で表現されるからです。たとえば〝茶道〟の作法はそのまま「芸術生活」における自他祝福の立ち居振る舞いにつながります。「専門芸術」はその意味で「芸術生活」にとって大切です。
(3)神に依(よ)る芸術
〝芸術は人間が制作するのであって、神がするのではありません。だが人間は、神にらずしては、真の芸術をものすることはできない。〟
〝神に依(よ)らないでは本当の芸術はできない、PLの教えは、神にる自己表現の道を明確にお説きしているのであります。PLの信仰によって、あなたの人生を限りなく発展せしめ、あなた独特の素晴らしい芸術表現を展開していただきたいと思います。〟
〝「人生は芸術である」とは、神業(かんわざ)の中に必死になって飛び込んでいき、真っ向一途に信仰し、ひたすら神にりつつ自己表現する、芸術をするという力強いあなたの人生でなければならないということなのです。〟
 人は神に生かされ、同時に、芸術すべく自ら生きてもいるのです。
 人生が、人の生活が、そのまま芸術であると気付くには、信仰が力強い助けになります。「人生は芸術である」とはたんなる日常の言葉ではなく、「祈りの言葉」であり、信仰の神髄でもあるのです。

2.PL立教からPL処世訓へ


(1)神業(かんわざ)は芸術の素材です
 初代教祖は「世の中にあらはれたる一切のものは皆ひとをいかす為にうまれたるものと知れ」と悟られました。この世の中のあらゆるもの、森羅万象(PLの教えでは、「神業(かんわざ)」と言います)は人が毎日を生きていくために神がそのように現れ、現しているという真理に気付きなさいという教えです。
 二代教祖の悟りは初代教祖が現したこの真理を大きく「人生は芸術である」と捉え直すものです。「世の中にあらはれたる一切のもの」を「芸術の素材」と捉え直すのです。
 「芸術する」とは物事に「誠をこめる」、「努力する」、「創意工夫する」ことです。
(2)PL処世訓の誕生
 1945(昭和20)年8月15日終戦(敗戦)のとき、二代教祖は不敬罪で有罪という不当な判決(ひとのみち教団事件)で入獄していましたが、同年10月9日に大赦によって出獄しました。
 二代教祖は、1946(昭和21)年9月29日の「PL教団の立教」を経て、1947(昭和22)年9月29日にPL処世訓21カ条をみおしえにより神授かりました。
 二代教祖は、PL処世訓を授かったときのことを次のように語っています。
〝PL処世訓は本教の「憲法」ともいうべきものであります。
  この処世訓が神授かったのは、PL教団開教1年目の昭和22年9月29日の早暁のことでありました。その時はちょうど広島支部に滞在しておりました。〟
〝その夜、1時間半ばかりの間に全21カ条が授かったのであります。雨がどしゃぶりに降っておる夜のことでありました。〟
(3)神律と人律
 PL処世訓は「真理の言葉」であり、神律であって、人律ではありません。
 法律とか規則とか道徳のような人間が作ったきめごとを人律、人が作ったのではなく、自然・宇宙の法則、真理、「道」ともいうべきものを神律、とPLの教えでは言います。 人律に反すると刑罰を受けたり、仲間外れにされるとか、いろいろ社会的な制裁を受けることになります。人律は「世界平和の為の一切である」(PL処世訓第14条「世界平和」とは「調和とバランス」の極致をいいます)に基づいて成立しています。
 神律に反すると、刑罰を受けたりすることはありませんが、人生は楽しくなく、幸福でもなく、「みしらせ」を受けることにもなります。PL処世訓21カ条はすべて神律です。
 神律であるPL処世訓について、二代教祖は次のように言っておられます。
〝これを守れば、そこに幸福な人生が展開されるのであり、守らなければ、幸福にはならないのであります。〟

3.PL処世訓の要(かなめ)


(1)第1条と他の20条との関係
〝「人生は芸術である」ということは私の悟りであります〟
 PL処世訓21カ条の中でも、この第1条「人生は芸術である」こそが要(かなめ)です。二代教祖の悟りの根本であり、PLの教えの中心です。
〝処世訓の第1条には「人生は芸術である」とありますが、この第1条があって、あとの20カ条もあるわけであります。あとの20カ条も全部この第1条に包含(ほうがん)されるのであり、1カ条1カ条が、「人生は芸術である」につながっているのであります。同時に1カ条1カ条が互いに関連しあっているのであります。〟
(2)「人生は芸術である、楽しかるべきである」
 二代教祖は「人生は芸術である」だけでなく、「人生は芸術である、楽しかるべきである」と続けて話されることがしばしばでした。
〝「人生は芸術である」ということは自己を表現せよということです。
  「人生が芸術」であるとは、真実の自己を表現するということです。真実の自己は物事に対して一生懸命努力するところにのみ現れるのであり、人は自己の真実を現すことのできる場合が、一番楽しく幸福なのです。日常生活の一つ一つに自己の息吹をかけ誠をこめてこそ、意義があるのであり、幸福感もまたそこに無限に伴うのです。〟
〝君は何か? と問われたら僕は「芸術するんだ」と答える。究極するところ、「芸術する」ということが「人である」ということなのだ。一切の論議はそこから生まれるのでなければならない。人生は芸術である、楽しかるべきである。楽しくないというのは、どこかが間違っているのである。
  こんなに合理的に微妙につくられている人間の世界が——神業(かんわざ)の世界が——幸福でないはずがない。どう考えてみても人生は楽しかるべきである。そこに思い至って、「人生は芸術である」——人が神業(かんわざ)を——神の芸術を——更に芸術するために、宇宙はつくられているのである——という、この真理が理解できたときに、はじめて人生は幸福そのものとなるのである。〟
 この世の中に現れたあらゆるもの、それらすべてを神業(かんわざ)として肯定する、受け入れる、そして凝視し、それを素材として創意工夫をこらし誠をこめて芸術する、それが人間です。 「誠をこめる」とは、芸術の素材であるすべての神業(かんわざ)を凝視して、その持ち味を十分に引き出し、調和させながら  「努力」することです。 
(3)「芸術する」のは人間だけです
 この世の中で人間のみが芸術することができるのです。
 神は直接「芸術する」のではなく、人間が神にり芸術することを通して芸術しておられるのです。また、神が人間として現れていること、宇宙の森羅万象として現れていることを、比喩的に「神の芸術」ということがあります。
 動物が芸術することはありません。動物は本能に支配されていて本能から自由ではないからです。人間は本能に支配されるばかりではなく、自由である側面も持っているからこそ芸術することができる、芸術する必要があるのです。神は芸術させるために人間に自由を与えてくださっているのです。
 人間は自由であるからこそ、「悪」に走ることにもなります。本能に支配されて自由のない動物には「善」も「悪」もありません。
 ですから、人間には「悪の芸術」も可能で、そこに喜びを感ずることもあり得るわけです。「末梢神経の快楽」といわれるものもそうです。しかし、それは究極のところで「楽しかるべき」ものとはなり得ないのです。幸福になることもありません。そこには必ず「くったく(屈託)」が伴ってしまうからです。

3.芸術は「イメージの造型」


〝芸術とはイメージの造型であります。イメージとはその人その人の心のしらべであります。その人の生命の躍動であり、リズムであり、ハーモニーであります。イメージはその人独自のものであり、無限に流転・進展・展開・発展するものであり、このイメージの造型にこそ人間としての生きる喜びがあるのであります。〟
 目には見えないその人独特の個性、モチーフによって目や耳などの感覚器官から取り入れた対象を素材に心の中につくり上げられたイメージを目に見える形に表現するのが芸術です。心の中に具体的なイメージをつくるにあたっても、そのイメージを目に見える形に表現するにあたっても、その人の身の回りのあらゆる「もの(物)、こと(事)」が素材として使われます。
(1)「目に見えないもの」と「目に見えるもの」
相転移(そうてんい)
 芸術は「イメージの造型」です。目に見えない自分の心の中のイメージを目に見えるように造型するところに芸術があります。
 その人の個性(まこと)はその人の本質であり、目には見えないものです。目には見えない本質を目に見える現象に「相転移」させるのが芸術です。芸術することによって目に見えないその人の本質、個性が他の人にも自分にも目に見えるものとして現れるのです。
 同じ水(H2O)でも固体の「相」(現れた姿)と現象したり、液体の「相」と現象したり、気体の「相」と現象したりします。温度や圧力を変化させたとき、ある点(臨界点)まできたとき、一挙にそれまでと「相が変わる」現象を物理学で相転移といいます。
 感情やクセでも一定の範囲内に収まっていて、度を過ごすことがなければ、「みしらせ」(不幸、災難、病気などの形で現れる神の警告)にはなりません。でも、度を過ごすと相転移を起こして「みしらせ」となるのです。
デュナミスをエネルゲイアに
 古代ギリシャの哲学者で万学の祖といわれるアリストテレスは、目に見えない本質をデュナミス(可能態)、目に見える現象をエネルゲイア(現実態)と捉え、世界の姿をデュナミスがエネルゲイアに変化するプロセスと捉えました。
 芸術とは人が自分のデュナミスをエネルゲイアにすることです。デュナミスは現代語のダイナミックの、エネルゲイアは現代語のエネルギーの、それぞれ元になった言葉ですが、現在ではその意味はかなり違ってきています。
 「力」をデュナミスといい、その「働き」をエネルゲイアという使い方があることは前に記しました。
(2)実行律「芸術する間のしらべ」
 近代ヨーロッパの芸術論、美学では、「芸術とは何か?」が論じられました。
 結果として優れた、美的芸術作品が生まれることが芸術にとって必要なことだとされていたのですが、人間の行為そのもの、「人生のプロセスそのもの」が芸術だと二代教祖の悟りは芸術を大きく捉え直したのです。
 人生、人間の日常生活がそのまま芸術であるとすると、そこには当然時間性、プロセスが加わってきます。
 二代教祖はそれを芸術における実行律と捉えます。実行律は「芸術する間のしらべ」で、芸術における形式(律)、内容(律)よりも大切にしなければならないと二代教祖は説かれるのです。

4.「しらべ高き芸術」= よき芸術


(1)芸術にはグレード、段階、優劣があります
 同じ芸術であっても、それが「しらべ高き芸術」であるか否か、よき芸術であるか否かが問題です。「しらべ高き芸術」こそ「よき芸術」です。
 よき芸術には美があります。「調和とバランス」があります。品位があります。そして創意工夫があるのです。
(2)「世界平和の為の一切である」の芸術
 この地球上には80億余の人々がいるそうですが、それぞれの人が独特の他に代え難い個性を持っています。そのように神が現れているのです。
 それぞれの人がその個性を自由に発揮しながら芸術することによって、全体として「調和とバランス」のとれた一大ハーモニーとなるところに、人間と世界の究極の在り方としての「世界平和」が実現します。私たち一人一人がよき芸術をすることによって「世界平和」に参加しているのです。それによって「世界平和」が実現するのです。

5.「人生は芸術である」の教えと「みしらせ・みおしえ」の教え


 二代教祖が悟った「人生は芸術である」がPLの教えの基本中の基本です。
 では、「人生は芸術である」の〝PLの教え〟と幽祖(ゆうそ、かくりおや)、初代教祖以来の〝この教え〟の背骨ともいうべき「みしらせ・みおしえ」(「みしらせ」は不幸、災難、病気などの形で現れる神の警告。「みおしえ」は「みしらせ」の原因を指摘する神の言葉)の教えとの関係について考えてみましょう。
(1)「みおしえを守る」ことは「芸術する」こと
 「みおしえを守る」ことを二代教祖は「芸術する」ことの中に、積極的、肯定的に捉え直し、幽祖、初代教祖から引き継がれた「みしらせ・みおしえ」の教えをさらに進歩発展させたのです(「一切は進歩発展する」PL処世訓第16条)。
 「みしらせ」は災難、病気、けがなど私たちが苦痛を感じる、いわば消極的、否定的なもの、マイナスのもので、「みおしえを守る」ことによってみしらせ以前の元の状態に戻す、ゼロに戻すというイメージがあったと思います。
 二代教祖は、「みしらせ」をバネとして「みおしえを守る」=「芸術する」ことによって自分自身を変えていく、みしらせ以前の元の状態に戻すに止まることなく、さらにグレードアップさせる、進歩発展させていくのだと「みしらせ・みおしえ」を肯定的、積極的に捉え直すのです。「みしらせ」はピンチではなく、自分自身を変え、進歩発展させていくチャンスとなったのです。
(2)「yes, but…」(そのとおりです、しかし…)
 どんな神業(かんわざ/この世に現れ、起きるすべての「もの(物)、こと(事)」)でも嫌がることなく無意見、無条件に肯定する(yes)、しかし(but…)、そのまま無気力にそれに流されてしまうのではなく、その神業(かんわざ)を芸術の素材と自覚的に捉え直し、人生の向きを神の方向性(「世界平和のための一切である」PL処世訓第14条)へと軌道修正し、芸術するのです。それによって自分を変え、楽しい人生を自分のものとすることができるのです。

6.PLの教えの歴史と伝統


 金田徳光師(徳光教の初代教祖)の教えが御木徳一師(ひとのみち教団の初代教祖)の教えへと発展し、それが御木徳近師(PL教団の初代教主)の教えへとさらに発展しました。徳光教、ひとのみち教団、PL教団という3つの教団は、本来別々の教団です。それぞれの教団の教義も同じではなく別々のものです。
 しかし、「みしらせ、みおしえ」の教えを教義のバックボーンとしていることにおいて、この3つの教団は一致しているのです。
 そのため御木徳近師は1955(昭和30)年3月13日に、この3つの教団を1つの教団の如く捉え直し、〝この教え〟と呼び「〝この教え〟においては代々教祖が顕れる必要がある」という独特の教義を明らかにしたのです。
 この教義において、徳光教の初代教祖金田徳光師は「幽祖」(ゆうそ、かくりおや)と位置付けられ、ひとのみち教団の初代教祖御木徳一師は「初代教祖」に、PL教団の初代教主御木徳近師は「二代教祖」とそれぞれ位置付けられたのです。
 ちなみに、御木徳近師は、ご自分が〝この教え〟の「二代教祖」として顕れたのは、1936(昭和11)年9月27日に行われたひとのみち教団の二代教祖継承奉告祭によってひとのみち教団の二代教祖に就かれた時ではないし、1946(昭和21)年9月29日のPL教団立教の時でもなく、1947(昭和22)年9月29日PL処世訓21ヶ条を神授かった時であると語っておられます。
 私が御木徳近師を「二代教祖」とお呼びしているのは、〝この教え〟における「二代教祖」のことです。1936(昭和11)年9月27日に行われたひとのみち教団の二代教祖継承奉告祭によって就かれたひとのみち教団の二代教祖のことではないことを念のため申し上げておきます。御木徳一師を「初代教祖」とお呼びするのも、ひとのみち教団の初代教祖のことではなく、〝この教え〟における「初代教祖」のことです。
 なお、〝この教え〟において「みしらせ・みおしえ」の教えは、次のように進歩発展しています。
(1)幽祖の教え
 幽祖は初代教祖の師匠で、弘法大師(774〜835)を唯一の師匠とし、犬鳴山や高野山の深山で修行した行者、霊能者で神秘的な霊力の持ち主でした。
 幽祖は「人の病気や災いは不自然な心によっておこる」と悟得され、人の病気や災い(みしらせ)の原因を直観し、それを正す心得(みおしえ)をその人に授ける特別の能力を持っていました。
 幽祖はそのような特別の能力、「みおしえ能力」は自分だけのもので、「自分が亡くなったあと、一万年経ってもみおしえのできる者は現れないだろう」と言っていました。
(2)初代教祖の教え
 1919(大正8)年1月4日に亡くなった幽祖から託された遺言にしたがい、初代教祖は幽祖が亡くなられたあとの土地に榊(さかき)を植え、〝ひもろぎ〟として守りました。
 そして、4年有半、1923(大正12)年9月16日、初代教祖は「かみは一体であるばんしんなきことを知れ」を、1924(大正13)年2月9日に「世の中にいきるものの元は皆水である。その元は日である」を、同年10月26日には「世の中にあらはれたる一切のものは皆ひとをいかす為にうまれたるものと知れ」と、残り3カ条すべてを「みおしえ」によって授かったのです。
 初代教祖が幽祖の「みしらせ・みおしえ」の教えの正統な継承者として現れたのです。
 このようにして、「一万年経っても現れない」とされていた「みおしえ能力」が幽祖の遺言を通して初代教祖によみがえる神業(かんわざ)が起きたのです。
 ひとのみち教団の初期、初代教祖は自分以外誰も「みおしえ」のできる人のいない時に「みおしえのできる人間を201人つくるのが理想である」と、ずっと念願していました。
 そして、二代教祖が「みおしえ」ができる心境になったと初代教祖が直観されたとき、「これで201人できたも同じだ」と喜んだそうです。
 こうして、初代教祖の「みおしえの能力」、霊能者としての霊力は二代教祖へと引き継がれたのです。
(3)二代教祖の教え
「みおしえ能力」の現実化
 二代教祖は「人は本来、誰でも『みおしえ』のできる能力を潜在的(デュナミス)にもっている」と「みおしえ能力」をより普遍的なものと捉え直しました。
 二代教祖のこの捉え直しによって、「みおしえ」をすることが「芸術する」ことの最高段階であり、誰でもがそこに到着できる可能性が開かれたのです。
 私が二代教祖からお聞きしたのは「わしが示す正しい方向で修行をし、わしがこれならよしと認めた境地に達した者に対し、わしが背中をちょっと押すだけで、『みおしえ』ができるようになる」ということです。
 人は「みおしえ能力」を持った師匠の下で師匠が示す正しい方法で修行することによってその潜在的(デュナミス)な「みおしえ能力」を現実化(エネルゲイア)することができるのです。
 宗教的に高い境地に至るには、正しい方法を知らなければならず、そのためには正しい方法を会得している師匠の下で正しい修行をする必要があるのです。
「宗教芸術」
 二代教祖は宗教を「精神造型」、「宗教芸術」と捉え、「芸術」の意味をさらに大きく捉え直しました。そして、PLの教え以外の別の宗教を信仰している人でも、PLの教えを実践することによって、その別の宗教の信仰をさらに深めることができると説いたのです。驚くべき教えです。
 「超宗教」、「メタ宗教」、あるいは「脱宗教」という方向性を示したのです。「超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔」(大平和塔)はその方向性の象徴といえるでしょう。
マインドフルネス
 アメリカやヨーロッパではブッダの説いた初期の仏教が「マインドフルネス」(mind-fulness)として姿を変えて、精神鍛錬の方法として人気を集めています。
 人は心に煩悩のある状態、つまり「迷い」の状態にあるために毎日の生活が苦しいものになるが、それは自分が知らないうちに「悪い癖」、つまり習慣的で盲目的な行為にからめ取られているからだ。その「悪い癖」、盲目的で習慣的となっている行為が永久に出ないようにするために「マインドフルネス」の実践が必要なのだと説かれているのです。
 無意識についつい習慣的に出てしまう「悪い癖」を止めるために、「いま、ここ」で自分が行っている一つ一つの行為(たとえば「呼吸」とか)に意識を集中することによっていつもの「悪い癖」が出るのを止めることができる、それが「マインドフルネス」の実践であるというのです。
 「昨日、会社の上司に怒られてしまった。今日もまた怒られるのではないか」とくよくよしてしまう、「明日もまた怒られるのではないか」と先のことを思い悩む。このように「過去」や「未来」にとらわれるのではなく、「いま、ここ」、「現在」に意識を集中することを習慣づけることによって自分自身を変えていこう、変えることができるというのが「マインドフルネス」です。
 「人生は芸術である」の教えは「マインドフルネス」と親和性があり、それを先取りしているものでもあるのです。
 アメリカのある医学者は、「仏教の瞑想方法である禅から一切の宗教色を取り除いた」瞑想方法を「マインドフルネス」と科学的なものとして定義し、精神療法に著しい効果があると言っています。また、スポーツ選手、アスリートのためのメンタルトレーニングでも効果を上げているそうです。
 「マインドフルネス」はこのように宗教的領域だけでなく科学的領域にも及ぶもので、「宗教と科学は一致すべきものである」との初代教祖の言葉は、その意味でも「マインドフルネス」を先取りしているのです。
(4)「みしらせ・みおしえ」の教えから「人生は芸術である」の教えへ
 初代教祖から幽祖にまでさかのぼる「みしらせ・みおしえ」の教えを誰にでも理解でき、実践できる普遍的な教えに進化させ発展させたのが二代教祖です。それが「人生は芸術である」の教えです。
 人間とは何であるか?
 「人間は芸術する動物である!」
 「自己が手がけるそのことごとく、芸術ならざるものなし!」と神に祈り、芸術に邁進(まいしん)し、楽しい人生を謳歌(おうか)したいものです。