普段はまったく忘れてて思い出しもしないことを、たった一言のキーワードで、バーッといろんな記憶が甦ってくるってことないですか??私にとってのそんなキーワードが・・・

5月3日

なんです。

もう何年前のことかも思い出せないんですが、私がホテルマンとして働いていた時のことです。
そのホテルは本館と新館に分かれていて、渡り廊下で繋がっていました。
夕方薄暗くなった頃、その渡り廊下の外れにある倉庫にある物を取りに行こうと歩いていた時、一瞬顔にすごい風を感じ、それと同時にドサッという音が。

その音のした方向を見ると、アスファルトに男の人の姿……。
分かりますか?


そう、上から人が降ってきたんです。


そういう時って、すぐには何が起こったか分からないんですよね。
でも、 「あ、部屋から飛び降りたんだ! と思ってすぐに上を見上げても、どの部屋かは分からず……。

それと同時にたくさんの視線と叫び声が。
その日は学生の団体が宿泊していて、本館と新館の向き合った窓から学生同士が会話をしていたらしく、飛び降りの瞬間をたくさんの学生が目撃していたんです。

それからはもう大変!
フロントに走って戻り、事情を話して救急車を要請。
『意識や脈はあるのか』と聞かれ、確認。(すでに無かった)

それから救急車とパトカーが同時に来て誘導。
やはり即死だったようで、救急車は遺体を乗せてサイレンを鳴らさずに行きました。

ホテルの従業員は、全員でどの部屋のお客様が飛び降りたのかを確認するのに
てんやわんや(客室数が多かったので)

その後私が第一発見者として、数人の学生が目撃者として、警察の調書作成に協力することに。
その時の学生の話で、私があと30センチほど右にずれていたら、私の真上に落ちていただろうということを知りました。

警察からは2時間程、同じことを何度も何度も聞かれ、終わった頃はヘトヘトに。
ようやく帰宅出来ることになって車に乗り込んでから、自分の身に何が起こったのかを実感してきて、身体が震えてきて号泣。しばらく涙が止まりませんでした。

数日後、警察の人がホテルに来て、
・飛び降りた人の身元が分かったこと
・覚醒剤の常習者で、恐らく幻覚や幻聴に襲われ飛び降りた可能性が高い

ということを聞きました。
新聞にも載ったし、テレビのニュースにも流れたし、「ホテルのイメージが悪くなるなぁ」と思ったことを覚えています。

私はと言えば、後になればなるほど恐怖心が湧いてきて、1カ月程電気を消しては眠れない、という日々が続きました。自然に治っていきましたが。
あの時の学生の子たちは変なトラウマになってないかなぁ?と心配もしました。

『5月3日』というキーワードでこれだけのことを鮮明に思い出して、その時の恐怖心を一気に体に感じます。
「文字にする」というリハビリで、早く思い出さなくなりたいなぁ、とも思います。
この記憶の引き出し、いつになったら開けなくてすむようになるのかな?


illustrated by AkihisaSawada