Vol.74 『ひぐらしの恋』 | 猫又小判日記

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石井綾乃が綴るブログエッセイ。精力的に短歌を詠む。第一歌集「風招ぎ」、次いで第二歌集「猛禽譚」を上梓した。また「文学さろん 美し言の葉」を主宰。筋金入りの猫好きである。最近はプール通いで健康維持を図る。そんなつれづれを、日々思うままに書いていきたい。

Vol.74 『ひぐらしの恋』

 

いよいよ夏ですね。

蝉の声も日ごとに響きを増して、

暑さもあおられるようです。  

 

ここ、東京地方で限られることかも知れませんが、

東京では、7月の半ばから終わりごろの、

ほんの短い間にひぐらしの声が聞けます。

でも、緑の多いところでは、

ひぐらしの「カナカナカナ」というものがなしい声を堪能できますが、

都会では、大きな公園にでもいかない限り、

あまり聞くことが出来なくなりました。

残念なことです。

 

さて、一匹のひぐらしさんが、

7年間の眠りを終えて、ドキドキしながら出てきました。

限られた7日の間に、恋人を見つけなくてはなりません。

 

ところが出てはきたけれど、ひぐらしの数があまりにも少なく、

他のひぐらしの声が聞こえません。

 

そんな中で、力強く鳴いているのが油蝉です。

力いっぱい、声を張り上げて、恋人を探しています。

みんみん蝉もいます。

今はいませんが、夏の終わりには法師蝉、

いわゆる「オーシーツクツク」も鳴きはじめます。

 

ひぐらしさんは、男らしい鳴き声の油蝉君に、

ほのかな恋心を抱きました。

「わあ、力強い鳴き声。あんな蝉さんが彼氏だったらなあ」

でも、蝉どうしとは言っても異種ですから、

繁殖は出来ません。

 

でも、実は会話をすることは出来るんですよ。

「カナカナカナ。油蝉さん、どうしてそんなにいい声なの?」

ひぐらしさんは聞きました。

「ぼくは、土の中から出てきて、もう6日になるんだよ。

明日には死んでいかなくちゃならない。

だから、いま精一杯鳴いているのさ」

油蝉さんはジージーと鳴きながら、ひぐらしさんに答えました。

ひぐらしさんはショックを受けました。

「あら、あたしは昨日出てきたばかりよ。

悲しいわ、油蝉さんと今日1日限りなんて」

「でも、僕たちはこういう運命だからね。

ひぐらしさんは素敵な彼氏をみつけてくれな」

 

翌朝、ひぐらしさんが地面を見ると、

あの油蝉君が仰向けに転がって死んでいました。

ひぐらしさんはわんわん泣きました。

「せっかくお友達になれたのに」

 

蝉と言うのは、死ぬときはみんな仰向けに空を見たまま死にます。

おおきな空が恋しいのでしょうか。

 

ひぐらしさんは思い切り泣きましたが、

自分にも、あと5日しか残されていないので、

なんとか彼氏を作って、卵を産んで、

ひぐらしとしての一生を全うしなければ、と、

別の木に飛んで行って、「カナカナカナ」と、優しく鳴きました。

 

すると、遠くのほうで「カナカナカナ」という、

別のひぐらしの声が聞こえるではありませんか。

ひぐらしさんは思い切り力を溜めて、

その声のする方角へ飛んでいきました。

 

そして、すぐそばの木に止まると、

「カナカナカナ」とあいさつをしました。

そのひぐらしも、「カナカナカナ」と満更でもないように、

鳴きました。

ひぐらしさんは尋ねました。

「あたしはあと5日生きられるの。あなたは?」

「ぼくは今日出てきたばかりなんだ。

恋人になってくれるかい?」

ひぐらしさんは喜んで、

「ええ、ありがとう」と答えました。

 

恋人の出来たひぐらしさんは幸せでした。

卵もいっぱい産みました。

でも、5日間はあっという間です。

あれから5日が経って、

もはや木に登る力もなくなってしまったひぐらしさんは、

地面に、仰向けに横たわりました。

彼氏のひぐらしは心配していましたが、

こればかりはどうしようもありません。

 

横たわったひぐらしさんは、彼氏のひぐらしに言いました。

「ありがとう。幸せだったわ。

7年後に私たちの子どもたちが土からでてくるのね・・・」

最期に「カナカナ・・・」と、弱々しく鳴くと、

それきり動かなくなりました。

青空をあおいだまま。

空はどこまでも晴れてあおく、

太陽は夏の盛りを目いっぱい照らしていました。

 

たくさんの蝉たちが、生と死を繰り返していました。