話の出来ない息子は『あいうえお表』で「い た い」と度々訴えた。
体を触られる時はもちろん、例えば、血栓予防(所謂、エコノミー症候群)のために足先から太ももまでスッポリ入れて加圧で足全体をマッサージできる優れものの機械も「い た い」と途中で止めてもらった。
この加圧式の足マッサージは本来、血栓予防のために必要だからやっているのだけど、それ以前にこれはとても気持ちが良いらしく、看護師さんも「これは皆さん、気持ちいいって喜んでくれて、またやってって頼まれるのよ。もう一回、少し弱めてやってみない?」と再度、言ってくださったのに、息子は「いたいからいやだ。」と目をつぶってしまった。
こんなふうにせっかく看護師さんや介護師さんたちが「~しましょうね。」と言うことをことごとく断り続ける息子に看護師さんたちも段々と困惑してくる。
そして、一番、看護師さんたちが驚いたのは・・・少し後のことになるけれど、一般病棟に移って、たくさんの看護師さんや介護師さんたちが関わってくれるようになった時、彼らの看護や介護の基本として患者さんとのコミュニケーションの第一段階的に行われているらしい行動をした時だった。
それは患者さんを安心させるために患者さんの肩や体を軽く触ってスキンシップを取りながらの声かけ。
一般病棟に移って不安いっぱいの息子に彼らは優しく息子の肩をさすりながら、または軽くポンポンと腕を叩きながら言う。
「ねこ山くん、よろしくね!」
「ねこ山くん、大丈夫だからね!」
「ねこ山くん、一緒に頑張ろうね!」
こうやって、看護師さんたちが優しく声をかけてくれた瞬間、目をむいて真っ赤な顔をして烈火のごとく怒り出す息子・・・。
こんなふうに優しく声をかけてスキンシップを取った患者さんがこんなふうに噛み付かんばかりに怒り出したなんて経験がなかったんでしょうねぇ・・・どの方も息子の豹変ぶりに飛び上がるくらい驚いていた。
「えっ なに
何
ナニ
私、何か悪いことした
」
「すみません どうも、ちょっとでも触ると痛いみたいなんですよ
」
牙を剥いた息子に噛まれそうになって(←本当に噛むかと思ったほど)思わず手を引っ込めてアワアワしている彼らに向かって私は平謝り
そして、この「いたい」の正体を息子の顔の筋肉も少しずつ動くようになって、『あいうえお表』を上手く使えるようになったり、気管切開をしているため声はまったく出なかったものの、口パクで私たちとのコミュニケーションも取れるようになって来て、いろいろなやり取りから、やっと理解できた。
この「いたい」は正座をしてビリビリに痺れた足を誰かにいきなり触られた時のような感じ。
あの正座をした後、ビリビリ痺れている時に触られると触られた瞬間だけじゃなく、ジ~~~~~~ンと衝撃が長引き、それが去るのをひたすら耐えなければならない。
息子の体は意識が戻ってから、最初は手足、その後、体中がそんなふうに痺れている状態になっていたのだそうだ。
確かに、息子は「いたい」の他に「からだがしびれてる」と『あいうえお表』で訴えていた。
でも、まさか、これほどまでの痺れだとは思っていなかったし、気づいてやれなかった。
息子はいろいろなことを拒否してきたけれど、それでも、必要な治療や清拭やリハビリのためのマッサージはやってもらっていた。
でも、その時にも体中の痺れは絶えずあり、そういうどうしてもやってもらわなければならない時は覚悟を決めて必死で我慢していたそうだ。
正座をした後の足の痺れは私も何度も経験があるけど「今、足が痺れてるから、絶対に触らないでよっ! 絶対よっ!」と、わざと触ろうと手を伸ばしてる家族を怒ったりした・・・あの痺れが全身?・・・それは辛かっただろう
この痺れは何ヶ月もかけて徐々に治まっては来たけれど、手首から先の痺れが治まったのはつい最近のことだし、足首から先は未だ痺れていて、だから、足先を触る時は今でも「足、触るよ~!」と声をかけ、息子が心の準備をしてからでないと触ることは出来ない。