今日は文鳥の日。

 

 

 

 

 

とってもかわいいつぶちゃん。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 
 
手に幸せなんだけど、
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

手だけじゃなくって私に幸せをくれたね。

 

 

 

 

ありがとね。つぶちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥を飼ったことある?

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8日(水)に右足にできていた腫瘍の生体検査のための手術を受けました。

 

その日は朝7時までに朝食を済ませ10時以降は水分も禁止。

10時に入院。手術する時間は決まっていませんでした。

 

1泊2日の簡単な検査入院です。

(と思っていました。)

 

入院して自分の病室のベッドに入ってまず思ったこと。

 

 

 

枕が臭いっ!・・・ゲロー

 

 

枕がおやじ臭がするのですよ・・・ゲロー

 

枕カバーはもちろん洗濯のしてあるピシっ!としたカバーでしたが、

枕そのものから臭いが・・・ゲロー

 

いやいや、まさか病院に来てまでおやじ臭のする枕に出会うとは・・・

家でいつも寝ている隣に超おやじ臭のする枕があります滝汗

 

持ってきたタオルですぐに枕カバーの上からカバーしました。

 

先が思いやられると思ったのが入院して最初の感想です。

 

 

それが当たってしまうんですよね~

 

 

最初から手術の時間は聞いていませんでしたが

午後からの手術だとは思っていました。

看護師さんからまだ手術の時間が決まっていないので

決まったら知らせるので病室で待っていてと言われて待っていました。

 

でも午後2時半を過ぎても何も言ってこないんです。

 

あれ??時間はまだ決まらないのかな??

と思いつつ、ずっと水分は取っていなかったのですが

そろそろトイレに行っておこうかな?と思っていた矢先、

看護師さんが慌てて来て

「今から手術になりました!すぐに来てください!」と。

 

そのまま手術室に行きすぐにキャップをかぶせられ

すぐに手術台へ。。。。

 

え?手術の前にトイレ行かなくていいの??と思ったのですがもう遅い。

そのまま手術台に乗り脊髄麻酔を打ちました。

麻酔で足の感覚は全くなくなり(これは当然ですが)

その不思議な感覚に手術中にちょっと笑えてきちゃいましたよニヤリ

手術室での看護師さんたちはとても親切で優しく、

室内ではBUMP OF CHICKENの曲が流れていて、

手術台も想像していたのと違って

少し柔らかくて暖かくて

途中で眠くなるほど過ごしやすかったです。

 

 

手術が終わったのは午後4時過ぎでした。

手術が終わって病室に移動してもなかなか麻酔が抜けなくて

身体が重くて動かせなくて結構辛かったです。

水分を取っていいのは午後7時以降で

8時以降に夕食になりますと言われたのですが、

 

私、ずっとトイレに行っていないんですよ!!

 

口から水分は取っていなくても、

ほら、点滴しているじゃないですか。

 

午前11時半頃にトイレに行ったきりですよ。

トイレに行っておこうと思ったところで手術になってしまって、

手術後も下半身は重くて自分では動かせません。

つまり起き上がれないので立つこともできません。

つまりつまり、トイレに行けないのです。

でも私はおむつをしているわけでもなんでもなくて

いつもの普通の下着をつけているだけなので、

このままだとヤバいじゃないですか。

それでも動けないのでどうしようもなく

麻酔が切れてくるのをじっと待っていました。

麻酔が切れればトイレに行けます。

 

そして徐々に麻酔が切れてきた8時半頃に夕食が運ばれてきました。

なんとか上半身を起こしてとりあえず食べましたよ。

夕食はとても美味しかったです。

 

 

 

病院食って良く聞くのは評判が悪い事が多いですが

ここの病院食は思っていたよりずっと美味しかったです照れ

ただご飯の量がいつも食べている量よりも倍以上もあり

食べるのがとても苦しかったのですが

今はお米が高いのでもったいなくて全部いただきましたグッ

 

9時過ぎに夕食を食べ終えてからやっと身体も少し動かせるようだったので

トイレに行きたいと看護師さんに伝えて

車いすでトイレに連れて行ってもらいました。

手術で切ったところが痛くて便座に座るのも一苦労でしたが

やっと用を済ませて下着を上げようとしてびっくり!

 

なんと、

 

 

 

漏らしていました・・ゲッソリ ゲッソリ ゲッソリ

 

 

すごくショックです・・・・えーん

 

 

幸い下着だけでベッドも服も異常なかったのですが

え?いつ漏らした??

 

 

その後は下着を交換しましたが1泊2日の入院なので

下着の替えは今履いたこの1枚だけしか持ってきていません。

 

麻酔が完全に抜けていないともしかして感覚がなくてまた・・・

 

そう思うと気が気ではなく、

かと言って忙しい看護師さんを頼んで

何度もトイレに連れて行ってもらう訳にもいかないので

本当に落ち着かない夜でした滝汗

 

 

翌朝10時に無事退院しましたが

今回はただ生体検査のための手術だったので

もう一度本格的な手術になるかもしれません。

結果によるとこのまま様子をみることになるかもしれませんが

 

もし今度入院することがあるならば

 

できれば

 

 

おやじ臭のしない枕をお願いしたいです。真顔

 

 

 

 
大事な大事な白文鳥のつぶちゃんが9月1日月曜日にお空に旅立ちました。
 

 

 

 

 
つぶちゃんは満10歳7ケ月でした。
いつかこの日が来てしまうと分かっていても
前日までいつも通りのつぶちゃんだったので
まさかこの日が『今日』だとは思いませんでした。
 
いつも通りと言っても実はつぶちゃんの変化も感じていました。
 
亡くなる数日前からつぶちゃんの身体に力が入っていなかったのです。
力がなく身体を全て私に預けている感じでした。
 
そして数日前の朝に血の混ざったうんちをしたのです。
それを見た時はびっくりしてとても心配したのですが
血の混ざったうんちはその一度だけだったので
血ではなかったのかも・・と安心してしまいました。
 
そんなことがあっても『つぶちゃんはいつも通り』だと私が思ったのは
つぶちゃんが体調の悪いのを隠していたからかもしれません。
鳥は体調が悪いとそれを隠すのです。
 
でもつぶちゃんが体調が悪くても私にはどうすることもできなかったと思います。
 
 
 
つぶちゃんを翌日の9月2日午後より火葬しました。
 
本当はもっとゆっくりかわいいつぶちゃんと一緒にいたかったのですが
なんといってもこの暑さです。
仕方ありませんでした。
 
悲しくて悲しくて号泣するとはこういうことだと知りました。
 
息ができなくなるほど泣きました。
 
 
でもつぶちゃんと一緒に過ごした10年半もの時間は
毎日が本当に楽しかった。つぶちゃんがかわいかった。
家族の中でもいつも中心にいてくれて
話題はつぶちゃんのことばかりでした。
つぶちゃんがいてくれたから私も笑顔になれた時間が多かったのです。
 
 
 
 
つぶちゃんは病院に行くこともなく元気に10歳以上も生きてくれました。
本当に感謝しかありません。
 
 
つぶちゃん、本当にありがとね。
大好きだよ!!
また会おうね!!
 
 
 
 
 
 
 
 
娘とつぶちゃんの祭壇をどれにしようかと相談していた
9月7日日曜日の午前中。
 
今度は母が亡くなりました。
 
前回の記事に書いたように母は余命宣告を受けていましたが
まさか、一週間の間につぶちゃんと母の両方を亡くすことになるとは
夢にも思いませんでした。
 
母が入院していた病院の同じ病室の人がコロナに感染したため、
病院からしばらく面会できなくなったと連絡があり
毎日行っていたお見舞いにも丸1週間行けませんでした。
コロナに感染した人と同じ病室に閉じ込められているため
母もコロナに感染してしまうのではと心配していたのですが
母は感染はしておらず熱もなく血圧も安定しているとのことで
来週の月曜日ぐらいからもしかすると面会解除になるかもと言われたのですが
面会できないまま母は亡くなりました。
 
9月8日にお通夜
9月9日にお葬式をしました。
 
家族葬だったのですがご近所の方や私のいとこがたくさん来てくれて
母がいかに人とのお付き合いを大切にしていたか分かりました。
いとこ達が「おばさんはすごく優しかった」と言って泣いてくれました。
とても有難かったです。
 
そして兄の喪主挨拶には泣かされました。
兄は一人で認知症の母の世話をしていて
施設に入る1年ちょっと前までは本当に大変だったのですが
その母への介護には後悔があるようでした。
私からすれば十分に母を介護し母のことを大切にしていたと思います。
でも認知症の母には言ってもなかなか伝わらず、
母に暴言を吐いたりして母を泣かせてしまったこともあったと。
なので
「また生まれ変わっても母の子供に生まれたい。
そして今度はもっともっと母を大切にしてもっと幸せにしたい」と。
心のこもった喪主挨拶を聞いて
母は本当に兄と過ごせて幸せだったと思いました。
 
母は私にとっても本当に自慢の母でした。
誰にでも優しくて頑張り屋でスポーツも得意で明るくて友人も多かった。
私も母みたいな人になりたいですし、
生まれ変わってもまた母の子供で生まれたいと思います。
 
 
お母さん、ありがとう。
お母さんに大事に育ててもらって幸せでした。
本当に本当にありがとう。
ゆっくり休んでね。
 
 
 
 
悲しすぎることが続きましたが
 
つぶちゃんも母もどうしてこのタイミングだったのか。
 
まるで私の事情を分かっていたかのようでした。
 
私はずっと前から足首にできた腫瘍に悩んでいました。
その腫瘍のせいで歩くのが困難なほど痛くなったのが7月。
そして検査した結果、個人病院では手術できないので
総合病院に紹介状を書いてもらいました。
でも母の状態とつぶちゃんの年齢から
どちらもいつどうなってもおかしくなかったので
総合病院にいくことすらためらっていました。
そして先月の末にやっと総合病院で検査をしてもらい
手術の日を決めました。
 
母とつぶちゃんのことを考えて10月に手術をすることにしてもらったのですが
本当に、つぶちゃんも母もそのことを知っていたのかもしれません。
だから慌てて9月に・・・。
 
実際、つぶちゃんが先に亡くなったので
母の葬儀時はつぶちゃんのお世話の心配をすることなく
葬儀だけに向き合えました。
そして母も亡くなったので私はもういつでも手術ができるのです。
 
手術といってもまずは良性か悪性かを調べるために
腫瘍の一部を採取するだけ手術なのでわずか1泊2日。
それでも万一その日に何かあったら・・・と気になっていたのです。
 
本当に何も心配することなくしっかり母を見送れました。
 
 
つぶちゃんと母を見送って
心に穴が開いてしまったような感じです。
 
妙に時間が余ってしまって
 
どうしたらいいのか・・・
 
ま、とりあえず
少しのんびりしてから何か目標を決めようと思います。
 
 
 

私の母は認知症で要介護5です。

1年ちょっと前から介護施設に入所していました。

 

その母が先月救急車で運ばれました。

不整脈で脈拍が200。血中酸素濃度も65%程度しかなく

肺炎になっていました。

そのまま入院です。

 

母が施設から救急車で運ばれたのはこれで3度目です。

他の2度とも不整脈で脈拍が200もあったのですが

薬を投与すると治まるので入院することなくそのまま施設に戻っていました。

 

でも3度目の今回は肺炎を併発していたので入院です。

 

今回の入院でドクターに言われたことは

血管が細くて薄いので点滴をすることも難しい。

今は不整脈も薬で落ち着いているけれどまたいつなってもおかしくない。

若ければカテーテルを入れて治療することは簡単だけど

なんといっても血管が薄いのでできない。

いわゆる老衰なので、このままできる治療は続けるけれど

いつ心臓が止まってしまうか分からない状態。

とのことでした。

 

それでもその後、母は回復し肺炎も不整脈も良くなったのですが

入院して3週間ほど経った頃、

一時血圧も下がり危機的な状態になって私たち家族も呼び出しがありました。

その時はついにこの時が来てしまったと思ったのですが

再び母は回復しました。

 

そしてこれ以上救急病院に入院することはできないので

転院することになりました。

いわゆる『老人病院』へ転院です。

 

救急病院を退院する前にドクターに言われたのは

やはりいつどうなってもおかしくない状態であることです。

老衰なので少しづついろいろな臓器が衰えてやがて最期を迎えるでしょうとのこと。

 

そして転院先のドクターから言われた内容も同じでした。

血管が細くて薄いので点滴ができない。

飲み込む力が弱いので食事をすると肺炎を起こしてしまうので食事もできない。

皮下輸液での対応になるとのこと。

いわゆる老衰で

今の状態は『終末期』。

数週間から一番長くもって2か月。

とのことでした。

 

救急病院のドクターからもいつどうなってもおかしくないとは

何度も言われていましたし、その覚悟もしていますが

転院先のドクターに『終末期』という言葉と

初めてあとどれくらいという余命宣告をされて

なんだかすごく胸に刺さりました。

 

もう長くないって分かっていても

覚悟をしていても(しているつもりなのかも)

母にもう会えなくなってしまうと思うと

今まで母と過ごして来た日々が浮かんできて

悲しくなります。

 

今は母に会えるだけ会いに行き

たくさん感謝の言葉を伝えたいと思います。

 

 

 

 

先月のことです。

 

主人がホームセンターに行こうと玄関を出たところで

ちょうど主人の友達が来ました。

主人は、友人が釣ったばかりのイサキを持ってきてくれたと言って

その大きなイサキを私に渡してからホームセンターに出掛けていきました。

この主人の友達はたまにこうしてたくさん釣れると魚を持ってきてくれます。

せっかくわざわざ持ってきてくれるのに申し訳ないのですが、

本音を言うと私は釣って来た魚は欲しくありません。

下処理をしなくてはいけないからです。

 

そもそも我が家には「ウロコ取り」がないのです。

なのでその友人が魚をくれるといつも出刃包丁の背の部分を使ってウロコを取っていました。

やはり「ウロコ取り」ではないのでウロコを取る時になかなか取れなくて、

しかもウロコがすごく飛び散って台所が汚れるのですよ。

その後の掃除とか・・・ゲロー

 

そんな魚の下処理嫌いの私ですがふと思ったのです。

「あ、今、主人がホームセンターに行ったじゃん!「ウロコ取り」を買って来てもらえば楽になるわ!」って。グッ

早速「ウロコ取りを買って来て」と主人にメールしました。

 

そしてその後、主人からメールが。

「ウロコ取り、買ったよ。ガラスの。」と・・・!?

 

ガラス製のウロコ取り??それってもしかして高価じゃないの?え??

ガラス製で割れないの???めっちゃ高そう!

でもま、いいや。高くても1つは家にあった方がいいから。

と思って主人の帰りを待ち

主人から手渡された物をみてびっくりポーン

 

それは、浴室の鏡やガラス等のウロコ状になった水垢を取るチューブに入ったクリーナーだったのです!!

 

 

え?さっき、あんた友達から何をもらった?

魚をもらったでしょ?

私、ウロコを取るのが面倒だって言ったでしょ?

その流れでなんで鏡のウロコを取るクリーナーを買ってくるわけ?????

意味わからないっムカムカ

と、私が怒ると

主人も

もう二度とお前のおつかいはしない!!ムカムカ

と久しぶりに大ケンカに。

 

でも魚をもらっている以上、なんとかしなくてはいけません。

私は主人が買ってきた鏡用のウロコ取りをホームセンターに返品に行き、

そこで魚のウロコ取りを買おうとしたのですがそのお値段が千円以上!

やっぱり安い方がいいやということでその足で100均に行きました。

魚のウロコ取りと、

我が家の出刃包丁は私の研ぎ方が悪いのか全然切れないので

念のため出刃包丁も買ってきました。

主人が買ってきた鏡のウロコ取りは700円近かったのですが

私は出刃包丁と合わせて220円ですみましたよグッ

 

で、早速ウロコ取りを使ってみたのですが

やっぱりウロコ取りはウロコ取りですね!

今までより早く楽にウロコが取れました。ニコニコ

 

そして100均の出刃包丁。

こんなぺらぺらのおもちゃみたいな出刃包丁で切れる訳ないよね~

と思っていたのですが、使ってみてびっくりです。

我が家の出刃包丁より全然切れるじゃないですか!!

というか我が家の出刃包丁って一体・・・滝汗

結局100均の出刃包丁でイサキを捌きました。

100均もあなどれないですねウインク

 

そして、捌いたイサキは塩焼きで美味しくいただきましたニコニコ

ごちそうさまでした!

これからはあの友人から魚をいただいても嫌がらずに捌きますよ!

むしろもっとウロコを取りたいかもニヤリ

 

 
 
 
ご近所さんからいただいたハイビスカスです。
 

 
ご近所さんのご主人が株分けして増えたからと言ってくださいました。
ハイビスカスは花は咲いても翌日には落ちてしまうのですが
毎日咲くのを楽しみにしています。

 

またまたご近所さんには感謝です!