始業式も宿題考査も終わり、瓜兄(息子)の通う学校でも、いよいよ本日から通常授業の始まりです。そして、多くの学校では、新学年の諸々のイベントがあった先週と打って変わって、今週から平常になるのではないでしょうか?

そんな中、またまたやってまいりました、「お弁当作り」…今日はそんな話題です。

 

 

家計を直撃

昨今、物価高が叫ばれていますし、スーパーへ買い物に行くと、食材の高騰に、値札を二度見することも少なくありません。だからと言って、人間食べないわけにはいかないですし、何よりも子どもにはしっかり食べてもらいたいと思うのは、どこのご家庭でも変わりないでしょう。

 

先週の午前のみで学校が終わる2日間は、瓜兄の希望もあって、瓜兄は外食でお昼を済ませています。1日目は「○のや」でとんかつを食べ、2日目はマック(※1)でセットを食べたようです。学食なら、500円を渡すところですが、午前中で終わる日は、学食もやっていないため、この2日間はスマホ決済で外食…マックでも、700円越えなんですよね。松の○に至っては、昔はワンコインでとんかつじゃなかったの? そんな値段では、もう食べられませんよね。

 

子の昼食代も、かなり家計に響くようになりました。

 

※1: 関西では「マクド」と言いますが…ごめんなさい、私、未だに「マック」と呼んでいます。エセ関西人ですね。煽り

 

 

やはりお弁当

いや、わかるんですよ。瓜兄にとって、自分で好きなものを食べたいという気持ちもわかるんですよ。だから、学食で食べてもらう日を、月に1回ぐらいは作っているのです。それでもコストを比べると、お弁当を作って持たせる原価には勝てません。私が勝手に決めた内容の食事を、食べなければならないというのも、面白みはないんでしょうけどね。仕方がないんです。

 

ずっと学食で食べてとなると、楽ですよ。ちょっと比べてみましょうか? 500円×120日=60,000円 これが年間にかかる学食費になります。これがお弁当だったら…
360円(※2)×120日=43,200円 と学食より17,000円程度安く済みます。そして、私の外食費との差まで入れると…なんと合計50,000円以上も差が出てきます。

 

家計の出費を抑えるためにも、お弁当一択となって来るのです。

※2:お弁当の原価を350~380円で納めることを目指しているので、 おおよそのお弁当単価を360円とします。

 

 

“原価計算”始めました

瓜兄が中1の1年間は、とにかく瓜兄が飽きないでおいしく食べられる弁当を作ることに注力したため、あまり“原価”を意識していませんでした。ですが、中2になった今年は、“原価”というものを意識してみようと思います。

中1は「満足度優先」、中2は「持続可能性」へ…です。

 

↑本日のお弁当

 

本日のお弁当で、原価計算をしてみました。

 

  • 白米 ------------------   69円
  • 肉類 ------------------ 119円
  • 青果 ------------------   59円
  • 冷食・加工食品 ----   97円
  • 光熱水費等 ----------  32円
合計:376円
※3 光熱水費は単価からの概算です。
※4 光熱水費“等”とは、光熱水費以外に容器や調味料の使用分費用が入っています。
 

冷凍食品や加工食品を使うと、やはり食材費がかさみますね。でも、朝の時間の便利さを考えると、これ以上手作りを増やすのも、きついです。

材料費をもう少し安くできるような工夫をして、350円程度で抑えられるようにしたい。まずは、現状の把握を1学期でやって行こうと思います。

 

 

まとめ

私立中学校に子を通わせておきながら、こんなしみったれた円単位での弁当の原価計算の話もどうかと思いますが、いろいろなものが値上がりしているこのご時世だからこそ、家計の実態を把握していきたいと思います。

次回は、1週間続けてみた結果をまとめてみようと思います。ですが、まずは何とか頑張って原価を計算するデータをしっかり残す習慣を身に着けて行かなければ…と思いながらも、『めんどくさい』と思っている自分もいます。瓜兄の学習について、説教できる話ではないですね。凝視

MikeNeko

 

突然の長期の海外出張や、瓜兄(息子)の春休みの過ごし方でのバトル等々で、なんか記事を書く(心の)余裕がなかった状態でいたら、もう4月の上旬も終わりになろうかという時期になっていました。世間では、桜もかなり散ってしまっている今日この頃…皆様いかがお過ごしでしょうか?

 

そういうわけで、とても久しぶりな投稿になります。

 

 

中学2年生

昨日は、瓜兄の通う中高一貫校の入学式でした。昨年の4月8日に入学式があったので、瓜兄が現在の学校に入学して、本当に丸一年が過ぎたことになります。ここの学校は、比較的入学式が遅い方ですので、本日の段階で中学受験2026年組の皆様は、無事進学校での第1週を迎えていることでしょう。

 

そして、本日は、いよいよ中学2年生の始業式!

新入生との対面式もあり、なんか勝手に、後輩ができたと喜んでいました。

 

実際には、部活や生徒会活動でしか、先輩たちと関わる機会はないのですが、小学校の時と違って、明確に「後輩」と認識できる人たちができるのを、楽しみにしていたようです。

 

↑ 関西SAPIXの合格者紹介特集号で、

後輩たちの予習をする瓜兄でした。

 

宿題考査

とは言っても、春休みの宿題を確実に理解したかどうかを図る「宿題考査」が、早速明日実施されます。これまで休み明けの宿題考査の結果が芳しくなかった瓜兄は、今回の春休みに3学期末考査の復習をやらされ…やったり、苦手な数学や幾何の宿題をじっくりと丁寧にやったりと、これまでの長期休暇とは、一味違う休みを過ごしたはずです。

 

満足いく結果になるのかどうか? 今回、長期休暇の学習方法にかなり口を出した私としては、気になるところです。

 

中学受験が終わって、1年以上が経つというのに、Mike家にとっては、瓜兄が学習面で自走する未来が来るのか、かなり不安になってきました。

 

ですが、今回は点数というより、この春休みにやったことが“再現できるか”の確認になると思っています

 

 

お弁当作り

今週は、始業式と宿題考査と午前中のみで終わる日だけなので、弁当を持たせる必要のない週でしたが、来週からは、またお弁当作りがスタートします。

 

1年間お弁当作りをしてきて、それなり“慣れ”ては来ているので、中学2年の今年は、もう少しおかずのバリエーションを増やせるようにしていこうと思っています。GWごろまでに、お弁当に合うおかずのレシピを入手しておこう。

 

 

2年目のスタート

成績については、全く持って胸を張って話ができる状態ではありませんが、それでも1年間、1日も休まず「とても楽しい」と言って通ったことが、最もうれしいことでした。

 

小学校時代に、友達と言えるようなクラスメイトはほとんどいなかった瓜兄ですが、今の中学に入って、仲の良いと言える友達が、たくさんできています。多少成績のことについても、結果を残してほしいところではありますが、今のところは、まず楽しく学校に行っていることが、一番の喜びと思って、中学2年生のスタートに当たり、瓜兄をサポートする気持ちを新たにした、始業式の日の夜でした。

MikeNeko

 

中学受験大手集団指導塾のカリキュラムでは、新4年生から理科と社会の学習が本格化します。そして、新4年生になって1カ月が経過した現在、「覚えなければならないことが多すぎる!!」と悲鳴を上げているお子様も少なくないのではないでしょうか?

 

今日は、そんな話から、理科・社会という教科の本質について、少し触れたいと思います。

 

 

“生活科”・おぼえていますか

1989年の学習指導要領改訂で、それまであった小1・小2の理科と社会が廃止され、「生活科」が新設され、1992年から実施されています。

まだまだお若い読者の皆様なら、ご自身も「生活科」の世代です。…と「けっ、年寄どもめ」「あ~、あったあった」と言いたくなる方もいらっしゃるのではないでしょうか?無気力 まぁ、ご自身は知らなくても、お子様はそれで小学生低学年を過ごしているはずです。

 

何をやっていたか覚えていますか?

 

身の回りの自然や街に触れ合って、自分の周りのことに「興味」を持ってもらおうという趣旨の教科になっているんですね。昔の理科や社会が、低学年時代からいきなり知識の暗記を要求するような内容で、嫌いになる子が後を絶たなくなったことの反省に成り立っているんですよね。

 

…本来の趣旨は…ですけどね。凝視

 

 

水の星に愛をこめて

都市部に生活していると、自然に触れ合う機会は、田舎に比べたら、少ないのは確かです。でも、正真正銘の田舎出身の私からしたら、都市部こそ、自然と歴史が詰まっている場所だと思っています。

田舎の自然は、生活の場です。愛でるものではありません。それに対して、都市部には、整備された公園や街路樹など、気にしなければ、そこにあるだけですが、よくよく見てみると、子どもにとって安全な場所で、これほど自然に触れ合える場所があちこちにあるのは、都市部の特権だと思います。

 

そして、都市部の圧倒的な利点は…歴史です。多くの都市は、歴史的に栄えた場所に今でもある状態です。特に現在私のいる関西地方は、歴史的な場所を簡単に訪れることができる歴史マニアにとっては垂涎ものの地域です。それに、どの都市にも、博物館や歴史資料館などがありますね。このような文化施設に事欠かないのも、都市部の利点ですね。

 

このような自然や歴史とのふれあいを通じて、地域・生物・人類…そして地球(水の星)に思いを馳せてみるのも良いかもしれません。

 

 

タッチ

現在、理科や社会を中学受験の教科として取り組んでいるお子様は、実物に興味を示していますか?

テキストに載っているカラー写真の「花」や「虫」…歴史人物がいたであろう「城址」や「(特定の)場所」…。実際に電気を流して、点いたり消えたり、明るくなったり暗くなったりする「電球」や「電気回路」…地図で習った「扇状地」や「リアス式海岸」などの特徴ある地形…。

 

これらに、少しでも触れさせてあげてますか?

 

瓜兄(息子)は、本当にありがたかったのは、周りのことに、とても興味を持ってくれていました。だから、実物を見たがったのです。そして、連れ出しました。山や海、公園、そして史跡や知らない土地へと…。そして、城跡から見下ろせる街道を実際に見せたり、キャンプ場で満点の星空を見て驚き、朝露に触れて、この水滴がどこから来たのかを考えたり…実物に勝る教材はないと確信しました。

 

理科や社会は、やはり「興味」から始まって、「実際はどうなんだろう?」という疑問が、「わかる」ためのエネルギーになります。触れ合うこと、そして、そこに行くこと…これが長期記憶として、残ると思っています。

 

 

君をのせて

でも、最近の子は、なかなか出かけたがりません。家でスマホで動画鑑賞やSwitchでゲームをしている方が、面白いと思ってしまうのです。そこは、どうしましょう?

 

やはり、保護者の頭の使いようです。

 

 - 大阪城…なんであの場所にあるの?

 - もともと、石山本願寺があった場所だから?

 - じゃあ、なんで「石山」って言うの?

 - え? 山じゃないの?

「それじゃ、実際に周りを歩いてみようか!」

 

歩くとわかります。あの場所は、もともと上町台地と言われる台地になっていて、平地のようで、それなりに上っていかなければならない地形なんです。

 

お子様を手練手管で、“のせて”しまうのが一番です。

 

 

CHA-LA-HEAD-CHA-LA

中学受験に限らず、「学習」の原動力は「なぜ?」と思う心と、「わかる」ために行動することです。知識を身につけることがダメとは言いません。ですが、ちょっとだけ知ったことですべてを知った気になる「驕り」で、「なぜ?」と思わなくなったり、「知らない」と言えずに知ったかぶりをした無駄な「プライド」が、「わかる」ための行動を阻害したりと、成長していくと、無駄なものが子どもの中で、育ってきてしまいます。それで頭の中が一杯になった時、「学習」が容易に知識を記憶するだけの「暗記」に切り替わってしまいます。

 

まだまだお子様が幼かった時に、「なんで空は青いの?」と何も気にせず聞いてきた、あの素直さを思い出してください。

あの頃は、「なんで?」「なんで?」と何でも聞いてくることに、とても辟易したものですが、今、「そんなことも分からないのか?」と、素直に聞いてきた子どもの好奇心を潰すようなことはしていませんか?

 

ここは、お子様も、そして保護者自身も、頭の中を“CHA-LA”にして、素直に知らないものは「知らない」と言える関係と、お子様が「なぜ?」と思ったことを、一緒に「わかる」ための行動をしてみるのも良いのではないでしょうか?

 

この時期、まずは手始めに、梅・桃・桜など、春に咲く花を一緒に見に行く…そして、古今和歌集や百人一首の時代の「花」に思いを馳せてみる。こんなことだけでも、テキストに書いている知識だけではない、実物を感じるため、外に繰り出してはどうでしょうか?

 

紙の上だけではない、“実体験としての”理科・社会をやってみるのも、余計なことをしているようで、案外、理科・社会の理解を早める近道かもしれませんよ。(HEAD-CHA-LA ?)

 

MikeNeko

 

 

【おまけ】

今回の記事中の段落タイトルは、すべて往年のアニソンに由来していることに気づきましたか?

 

 ・ “生活科”・おぼえていますか <マクロス>
 (元ネタ「愛・おぼえていますか」)

 ・ 水の星に愛をこめて <機動戦士Zガンダム>

 ・ タッチ <タッチ>

 ・ 君をのせて <天空の城ラピュタ>
 ・ CHA-LA-HEAD-CHA-LA <ドラゴンボールZ>

PS. 先日、「水の星に愛をこめて」の作曲者であるニール・セダカさんが、ご他界されたとの報道がありました。1985年という、あの時代のアニソンの中で、「Z・刻をこえて」と共に、とても斬新な楽曲で、子どもながらに衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。この場を借りて、ご冥福をお祈りいたします。