中学受験大手集団指導塾のカリキュラムでは、新4年生から理科と社会の学習が本格化します。そして、新4年生になって1カ月が経過した現在、「覚えなければならないことが多すぎる!!」と悲鳴を上げているお子様も少なくないのではないでしょうか?

 

今日は、そんな話から、理科・社会という教科の本質について、少し触れたいと思います。

 

 

“生活科”・おぼえていますか

1989年の学習指導要領改訂で、それまであった小1・小2の理科と社会が廃止され、「生活科」が新設され、1992年から実施されています。

まだまだお若い読者の皆様なら、ご自身も「生活科」の世代です。…と「けっ、年寄どもめ」「あ~、あったあった」と言いたくなる方もいらっしゃるのではないでしょうか?無気力 まぁ、ご自身は知らなくても、お子様はそれで小学生低学年を過ごしているはずです。

 

何をやっていたか覚えていますか?

 

身の回りの自然や街に触れ合って、自分の周りのことに「興味」を持ってもらおうという趣旨の教科になっているんですね。昔の理科や社会が、低学年時代からいきなり知識の暗記を要求するような内容で、嫌いになる子が後を絶たなくなったことの反省に成り立っているんですよね。

 

…本来の趣旨は…ですけどね。凝視

 

 

水の星に愛をこめて

都市部に生活していると、自然に触れ合う機会は、田舎に比べたら、少ないのは確かです。でも、正真正銘の田舎出身の私からしたら、都市部こそ、自然と歴史が詰まっている場所だと思っています。

田舎の自然は、生活の場です。愛でるものではありません。それに対して、都市部には、整備された公園や街路樹など、気にしなければ、そこにあるだけですが、よくよく見てみると、子どもにとって安全な場所で、これほど自然に触れ合える場所があちこちにあるのは、都市部の特権だと思います。

 

そして、都市部の圧倒的な利点は…歴史です。多くの都市は、歴史的に栄えた場所に今でもある状態です。特に現在私のいる関西地方は、歴史的な場所を簡単に訪れることができる歴史マニアにとっては垂涎ものの地域です。それに、どの都市にも、博物館や歴史資料館などがありますね。このような文化施設に事欠かないのも、都市部の利点ですね。

 

このような自然や歴史とのふれあいを通じて、地域・生物・人類…そして地球(水の星)に思いを馳せてみるのも良いかもしれません。

 

 

タッチ

現在、理科や社会を中学受験の教科として取り組んでいるお子様は、実物に興味を示していますか?

テキストに載っているカラー写真の「花」や「虫」…歴史人物がいたであろう「城址」や「(特定の)場所」…。実際に電気を流して、点いたり消えたり、明るくなったり暗くなったりする「電球」や「電気回路」…地図で習った「扇状地」や「リアス式海岸」などの特徴ある地形…。

 

これらに、少しでも触れさせてあげてますか?

 

瓜兄(息子)は、本当にありがたかったのは、周りのことに、とても興味を持ってくれていました。だから、実物を見たがったのです。そして、連れ出しました。山や海、公園、そして史跡や知らない土地へと…。そして、城跡から見下ろせる街道を実際に見せたり、キャンプ場で満点の星空を見て驚き、朝露に触れて、この水滴がどこから来たのかを考えたり…実物に勝る教材はないと確信しました。

 

理科や社会は、やはり「興味」から始まって、「実際はどうなんだろう?」という疑問が、「わかる」ためのエネルギーになります。触れ合うこと、そして、そこに行くこと…これが長期記憶として、残ると思っています。

 

 

君をのせて

でも、最近の子は、なかなか出かけたがりません。家でスマホで動画鑑賞やSwitchでゲームをしている方が、面白いと思ってしまうのです。そこは、どうしましょう?

 

やはり、保護者の頭の使いようです。

 

 - 大阪城…なんであの場所にあるの?

 - もともと、石山本願寺があった場所だから?

 - じゃあ、なんで「石山」って言うの?

 - え? 山じゃないの?

「それじゃ、実際に周りを歩いてみようか!」

 

歩くとわかります。あの場所は、もともと上町台地と言われる台地になっていて、平地のようで、それなりに上っていかなければならない地形なんです。

 

お子様を手練手管で、“のせて”しまうのが一番です。

 

 

CHA-LA-HEAD-CHA-LA

中学受験に限らず、「学習」の原動力は「なぜ?」と思う心と、「わかる」ために行動することです。知識を身につけることがダメとは言いません。ですが、ちょっとだけ知ったことですべてを知った気になる「驕り」で、「なぜ?」と思わなくなったり、「知らない」と言えずに知ったかぶりをした無駄な「プライド」が、「わかる」ための行動を阻害したりと、成長していくと、無駄なものが子どもの中で、育ってきてしまいます。それで頭の中が一杯になった時、「学習」が容易に知識を記憶するだけの「暗記」に切り替わってしまいます。

 

まだまだお子様が幼かった時に、「なんで空は青いの?」と何も気にせず聞いてきた、あの素直さを思い出してください。

あの頃は、「なんで?」「なんで?」と何でも聞いてくることに、とても辟易したものですが、今、「そんなことも分からないのか?」と、素直に聞いてきた子どもの好奇心を潰すようなことはしていませんか?

 

ここは、お子様も、そして保護者自身も、頭の中を“CHA-LA”にして、素直に知らないものは「知らない」と言える関係と、お子様が「なぜ?」と思ったことを、一緒に「わかる」ための行動をしてみるのも良いのではないでしょうか?

 

この時期、まずは手始めに、梅・桃・桜など、春に咲く花を一緒に見に行く…そして、古今和歌集や百人一首の時代の「花」に思いを馳せてみる。こんなことだけでも、テキストに書いている知識だけではない、実物を感じるため、外に繰り出してはどうでしょうか?

 

紙の上だけではない、“実体験としての”理科・社会をやってみるのも、余計なことをしているようで、案外、理科・社会の理解を早める近道かもしれませんよ。(HEAD-CHA-LA ?)

 

MikeNeko

 

 

【おまけ】

今回の記事中の段落タイトルは、すべて往年のアニソンに由来していることに気づきましたか?

 

 ・ “生活科”・おぼえていますか <マクロス>
 (元ネタ「愛・おぼえていますか」)

 ・ 水の星に愛をこめて <機動戦士Zガンダム>

 ・ タッチ <タッチ>

 ・ 君をのせて <天空の城ラピュタ>
 ・ CHA-LA-HEAD-CHA-LA <ドラゴンボールZ>

PS. 先日、「水の星に愛をこめて」の作曲者であるニール・セダカさんが、ご他界されたとの報道がありました。1985年という、あの時代のアニソンの中で、「Z・刻をこえて」と共に、とても斬新な楽曲で、子どもながらに衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。この場を借りて、ご冥福をお祈りいたします。

瓜兄(息子)の三学期期末考査が続いています。基本的に土曜日がお休みの学校なのに、珍しく土曜出校で、期末考査が実施されています。

その期末考査対策の学習状況を見ながら、瓜兄の中学受験時代にずっと“私が”戦い続けたあることを思い出したので、本日の記事のネタにしてみました。

期末考査対策関連の記事は、↓をどうぞ…

 

 

 

 

学習の本質

今回のテーマは、昨年の記事でもいろいろ書いてきた話なので、それの繰り返しになる内容でもあります。でも、私が、わざわざ何度も記事にするのには、それなりの訳があります。

 

この記事で扱う問題さえ解決できれば、中学受験における保護者の悩みの9割は解消すると言っても過言ではないからです。物申す

 

…と、怪しい自己啓発系のセミナーみたいな導入になってしまいましたが…それぐらい重要で、そして、それぐらいなかなか解決しない問題だと、私が思っているのは確かです。

 

お子様の「学習」を「作業」にさせない

 

これをするだけで、全く違う世界が出現すると断言できます。そのためには…

 

(「勉強」の成果) = (やった“時間”)×(やった“量”) 

 

で判断するのではなく、

 

(「学習」の成果) = (理解の“程度”) + (理解の“再現性”)

 

 で判断する必要があるということです。

※ 昨年の関連記事は、↓こちら…

 

 

 

 

“家庭学習”と“宿題”

SAPIXの考え方で、とても気に入っていることのひとつに、家でやる学習を“宿題”とは呼ばずに、“家庭学習”と呼んでいることがあります。な~んだ、たかが言葉の問題か…と軽く見てはいけませんよ。ここにSAPIXが考える学習の本質が詰まっていると思っています。

 

<宿題>

指定された範囲を“提出するために”
終わらせる「作業」

 

<家庭学習>

指定された範囲を“理解するために”
取り組む「学習」

まぁ、本来は“宿題”だって、「指定された範囲を、ちゃんと理解して解いた状態のものを提出しましょう」という意味のはずなんですが、「提出すること」が重視されるため、どうしても「終わらせる」ことに気持ちが行ってしまいます。そしてそれが、終わらせるための「作業」へと容易に変化してしまいます。

 

だから、SAPIXでは家でやってくるように指示する復習を、“宿題”とは呼ばずに“家庭学習”と呼んでいるのです。さらに、“家庭学習”は基本的に、提出を義務付けられません。“家庭学習”をやったことを確認するのではなく、「デイリーチェック」という小テストの点数によって、その範囲の理解度を確認しているのです。

 

 

「作業」にしないためには?

もちろん、「デイリーチェック」の点数で、その子がやった家庭学習が「作業」だったのか、「学習」だったのかの判断はある程度できます。でも、それは事後でしかないです。算数だと、算数Bで新単元を習い、その翌週の算数Aでその単元をもう一度習うというように、繰り返し定着を図る仕組みがあります。(関西だったら、さらにその翌週の特算で、その単元の演習を実施する。) ですが、その他の教科では、数か月後にしか、スパイラル学習での同一単元の再出はできません。

 

だったら、やはり家庭学習自体が「作業」になっていないのかのチェックをする必要があります。

 

やり方は様々な方法があると思います。その中で、私が瓜兄にやっていた方法を、紹介しておきます。

  1. (A)学習範囲 と (B)学習時間 の両方を指示するが、優先するのは、(B) 学習時間
  2. 算数の場合、マル付をした後、次のことを瓜兄に聞く。(1) 間違えた問題の間違えた原因  (2) 〇を付けた問題をランダムで選び、どのように解いたのかの説明
  3. その他の教科の場合、学習した内容をランダムで質問し、瓜兄に答えてもらう
  4. その時に学習した内容を、瓜兄自身の言葉で短く説明してもらう
これで、「答えを写す」という意味のない「作業」を防ぐことができます。書いているだけだと、簡単に思えてくるから不思議です。ですが、実際にやってみると分かります。
子どもの学習を「作業」にさせないことは、想像以上に難しいのです。
それに、難点もあります。1は誰でもできると思いますが、2~4は、その真偽を判定するため、聞く方もその範囲の内容を理解できていないと、それこそただ聞くだけの「作業」になります。
 
全員に当てはまる話ではないと思いますが、中学受験生…特に成績上位層の子は、大人顔負けのズルを簡単に思いつきます。テキトーなことを言って、誤魔化しているだけなのに、まるで本当のように自然に説明してきます。それを見破れるだけの内容の理解が、聞く側に求められる所以です。
 

 

内容なんか理解できませんえーん

正直に白状します。中学受験経験があり、過去に中学受験生の家庭教師や塾講師(どっちも学生アルバイト)の経験がある私でも、今の算数の難問とかをすべて理解するのは不可能でした。じゃあ、そんな時どうしていたと思いますか?

 

多くのSAPIXの校舎で、「家庭学習の提出を推奨」されると思います。校舎によっては、「義務」と言われるところもあります。これは、なぜだと思いますか? 残念ながら、家庭学習の意味をいくら説いても、提出しなくていいとなると、瓜兄のように、そもそも家庭学習を「やらない」という子が一定数出てきます。それを防ぐためというのが、一番の理由ですが、もう一つの理由があります。

 

SAPIXの講師が、家庭学習で生徒たちがテキストやノートに書いた内容を確認し、「作業」ではなく理解するための「学習」につながっているかをチェックしてくれているのです。

 

だ・か・ら…「家庭学習はやったものを、“必ず”翌週に持って行きなさい」と瓜兄に要求していました。保護者が内容を理解できないのであれば、塾の講師の力を、遠慮なくお借りすればいいのです。

 

 

「勉強」ではなく「学習」

私は、「勉強」という言葉を使わないようにしています。それは、勉強=「強(し)いて勉(つと)める」が語源となっていて、「無理して(好きでもないことを)やるもの」というニュアンスを含んでいると思っているからです。だから、瓜兄にも「勉強」ではなく、「学習」をしてほしいから、終わらせるための「作業」にならないよう…それだけを一番注意深く見てきました。

 

そもそも瓜兄のように、家庭学習を“やらない”というのは論外にしても、作業としての“宿題”ではなく、理解するための“家庭学習”になるように、(伴走という「圧」も含めて)環境を、これまでずっと整えてきたつもりでした。ただ、それでも「学習」は、油断すると簡単に「作業」に変化してしまいます。

どんな子でも、「作業」に変化させるのは簡単です。それに、「学習」の状態を維持するには、子どもも親も手間がかかります。それでも、その差は長い目で見れば、とても大きな差になります。それはわかってはいるのですが…相も変わらず、“言うは易し行うは難し”ですね。

MikeNeko

 

毎回「謎」だと思っている、定期考査開始前日の休みを経て、瓜兄(息子)の通う学校では、本日から三学期の期末考査が始まっています。結果的に私が介入した今回の期末考査対策ですが、瓜兄の中でちゃんと理解するところまで行けてるのかどうかが不明ながらも、概ね順調に回っています。

 

ただ…これで良いのか?という葛藤は続いたまま、考えがぐるぐる回っている状態の私の頭の中を、小話程度の記事にしてみました。

 

期末考査への介入について書いた記事は、↓をどうぞ…

 

 

 

定期考査の位置付け

多くの中学校や高等学校では、学期の中間と末に、それぞれ中間考査や期末考査といった「定期考査」を設定しています。本来、この定期考査の目的は、次の2点であると認識しています。

  1. 一定の日数で区切られた学習期間における、その期間に学習した内容の理解度と定着度を測り、生徒が今後の学習への指標とする。
  2. 測定された理解度と定着度を、学校が個人成績の評定に使用する。
この目的に照らし合わせれば、直前に定期考査の対策をやるのは、邪道な気がしてきます。でも、実際には、直前に対策のために総復習する機会を無理やりにでも設けることも含めて、定期考査の目的だと思っています。そうじゃないと、復習しないもん…普通の中学生は…ニコニコ
 

 

定期考査のもう一つの重要な位置付け

先日、大阪の公立中に通学するお子様を持つ保護者達と話をする機会がありました。来週には、大阪府立高校の一般選抜入試が実施されます。その話題になった時、当然「内申点」の話が出てきます。大阪府立高校入試における「内申点」は、1年生~3年生の全学年が対象となります。つまり、上記2の学校による個人成績の評定に使用するという意味に、「内申点」評価の一部になるという意味が含まれているのです。

 

「内申点」、公立高校への入試を考えている子には、絶対避けて通れない評価基準です。定期考査も高得点をとらなければならないと、インセンティブが働きやすくなりますよね。物申す

 

 

中高一貫校の場合

そこで、翻って考えてみました。中高一貫校の場合、どうなんだろう?

大学附属の中高一貫校の場合、内申点ではないですけど、定期考査の結果が内部進学時の志望学部学科を決めるための評価点に影響を与える重要な要素になります。でも、中学時代の評点は、そこまで大きく反映されません。

 

じゃあ、中高一貫進学校の場合はどうなんでしょう?

推薦入試で大学進学を検討している子には、十分関係ありそうですが、だいたいの場合、高校2年生からの評定しか影響しない場合がほとんどですね。

では、一般入試で大学進学を考えている子は…??

 

もう完全に、定期考査の結果なんぞ、関係ないですね。それこそ、成績が良かった時に、友達にマウントを取って、「あいつ何言ってんだ? 陰キャの癖に…」と撃退されるという黒歴史を作るためのネタにしかならないんじゃないだろうか?(いや、撃退されるんか…ww)ネガティブ

 

 

中高一貫校の定期考査の位置付け

…あれ? じゃあ、中高一貫進学校において、定期考査に真剣に取り組むメリットって何なんだろう?

 

親に嫌な顔をされないため?

できる自分のイメージを壊したくないため?

将来の夢を叶えるため?

こうやって考えると、瓜兄にとっては、定期考査で良い成績をとったとしても、現時点では、親が嫌な顔をしないということ以外のメリットがないんじゃないか?

そりゃ、真剣に定期考査対策をしようなどというインセンティブなんか、働かないよな~…。と妙に納得してしまいました。

ただ、先にも述べているように、本来の定期考査の意味は、「その期間に学習した内容の理解度と定着度の確認」なんですよ。それこそがインセンティブになるのですが…そこまで意識高い系の生徒は、何人いるんだろうな?凝視

 

 

まとめ

瓜兄は、中学受験で第一志望校に合格して、そこに通っていますが、決して何もせずにもテストで高得点が取れるような、一握りの天才ではありません。

そんな子は、本来、

 

(授業の予習をする)⇒ 授業で内容をある程度理解する ⇒ 次の授業までに授業内容を復習する ⇒ 演習問題をやって、理解度を確認する ⇒ 間違った問題の直しをやって、理解を深める ⇒ (次の授業の予習をする) ⇒ (以下ループ)

 

このような学習のルーティンを習慣づけて行かない限り、学習内容の理解の定着など、期待できないのです。

 

でも、私が介入しないと、定期テスト対策すらしない…う~ん、中高一貫進学校の中学生としては、当たり前の状態といえなくもないんだよな。でも、やっぱり、放っておけない…。真顔 ヤバイ、また葛藤の深みはまっていく…魂が抜ける

 

これ、中高一貫進学校の保護者の皆様は、どうしているんでしょうね。

MikeNeko