【お金にまつわる母の教え】
私の母は戦前生まれの
ちゃきちゃきの江戸っ子です![]()
(フォルムは「ジャイアンのお母さん」笑)
子供の頃は
そんな迫力満点の母に逆らえず、
窮屈な想いもしましたが、
大人になって
先生になって
親になって
母には本当に感謝しています![]()
母にははたくさんの
「人としての在り方」を教えてもらいました![]()
今日はそんな母のお金に関しての格言集です![]()
戦中〜戦後の貧しさを経験した母でしたから
「1円を笑うものは1円で泣く」
(→お金は大切にしなさい。
『必要ないもの、大して欲しくもないもの
を買う』のは無駄遣い。
お金は腐らない、
欲しくないなら無理して買うことはない
貯金しなさい)
と
私たち姉妹によく説いていました。
ちなみに
母にとっての「大して欲しくないもの」とは
「洋服」でした(笑)
母はファッションにまったく興味がなく
センスのない服を着ていて
子供心にそんな母を少し恥ずかしく思ったものです![]()
もう何年も着ているよれよれのパジャマ姿で
「ボロは着てても心は錦(にしき)」
と笑いながらよく言っていたのを思い出します。
でも
そのよれよれのパジャマを着たぽっちゃり体系の母に抱きつくと
とても気持ちよかったな〜![]()
・・・かといって
「貧乏だった」
というわけでもなかったと思います
「ケチ」とか「倹約家」というのとも
ちょっと違うんですよね![]()
ふだん贅沢はしなくても
使う時にはバーン!と使う人でした
メリハリのある
ポリシーを持ったお金の使い方を
していましたね![]()
「普段塩なめてでも
客人がきたらもてなせ」
ともよく言っていて
(「塩なめて」という表現は
戦前生まれならでは(笑))
私が小学生の頃は
月1くらいのペースで我が家で宴(うたげ)
(近所の人たち数家族との飲み会)
がありました
その日は食べきれないほどのごちそうが
テーブルに並び
子ども心にもその日がとても楽しみでした![]()
また
私が小学生の頃に
「塾に行きたい」と言った時も
「先取りして授業を聞かなくなるだけ」
とあっさり却下![]()
(ちなみにこの時
別に授業についていけてなかったわけでも
中学受験をするわけでもなく
周りが行き始めて「なんとなく・・・」という理由でした
)
でも
高2の時
学校で希望者対象のホームステイがあり
どうしても行きたくて
勇気をだして、恐る恐るお願いしたら
あっさり
「いいよ、行っておいで
」
母は自分が潤う(着飾る)ためのお金は
ほとんど使わない人でした
その代わり人が来れば
ご馳走を作ってもてなし、
子どもたちには
習い事は最低限でしたが
3人の子どもたち全員を
私立の高校に通学させてくれて
受験の年だけ塾にも通わせてくれました![]()
いわゆる肝っ玉母ちゃんでしたね~![]()
母の教えは
しっかりと私のなかに根づいています
これこそが
「遺産」なのだと思います
(…って、まだ生きてるけど(笑))
「金は天下の回りもの」







































