堺屋太一『組織の盛衰』を深掘る-その15「現代人は織田信長を超える生き方ができてるか?」 | 問題意識の教材化(MIK)ブログ

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8月17日の一読は第二章の最後「(5)強い機能組織を作った織田信長ーもう一つのケース・スタディー」までです。これまでの内容を踏まえて最後に織田信長の事例を持ってくるあたりの堺屋氏の感覚は基本的に好きです。ただ読んでいると、当時の織田信長の卓越性を機能体組織の観点から的確に捉えていると感じる一方で、本能寺の変の結果を当然のように捉えて、現代から見れば気づける問題点を指摘しているのに止まっていたのが残念な印象を受けました。


やはり、現代に生きる日本人から見ても、織田信長という一個人の行動は歴史上の人物で片付けるのには困難な実績があります。もちろん、織田信長以降に同様の行動をする人物は出てきていたかもしれませんが、トータルで見ても、やはり信長の革新性は薄らぎはしないと感じています。


その意味で、現代人はどれだけ織田信長の生き方から学び、それを超えるような実践をしているかと問うと疑問符がつきました。というのも、織田信長は卓越した個性を持ちつつも、あくまでも組織の中に位置付けられていたからです。組織関係なく、自由な人はいくらでもいるといると思いますが、組織と関わり続けた生き方をして、さまざまな実践をしたことには正直脱帽しかありません。


個人的には、徳川家康よりも、豊臣秀吉よりも、織田信長の方が好きというのもありますし、永井豪が漫画で紹介した歴史上人物としても注目しているという偏りはあります。


それでもやはり織田信長の生き方は軽んじれないと実感しています。