頭ではわかってるけど血はわかってない。 | 私らしさ、がぐんぐん輝く生き方を。『いつだって自分史上最高の私へ』

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とことん自分によりそい
とことん自由に生きたいあなたへ。

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あなたを解放し、
そんなあなたが本当に願ってきた
未来を創造するサポートをしています。


こんにちは、みーです。





こう言われたらこうする、
こういう時はこうする、


私すっごいこういう、
どうやったら→どうなるっていう
パターン学習的なものを積んできたし



自分の成育歴の背景にあった
昭和、平成初期っていう時代背景を考えても
そういうものを求められがちだったよね、
って思います。


こういう時は、黙るのが正解。
こういう時は、自分から手をあげずに
周りを伺うのが正解。

とかね。





これって集団生活をスムーズに
みんなが同じ目的に向かって
足並みをそろえよう、というときには

とっても大事なことなのですが



今や時代も令和に変わり

みんながみんな同じ目的に向かって
進まねばならない、とか
ひとりだけはみ出るなんかしないで
みんなと一緒がよし、とかいう

価値観もだいぶだいぶ薄れてきてますよね。





そして私たちも、それは
頭ではわかっているんですよ、頭では。



娘たちの小学校では

1人1人を大切にしよう、と
耳にたこができるくらい言ってるし、

個別最適化した学習、なんて言葉も
巷でふつ~~に聞かれるようになりました。

個性が大事、とかね。

多様性、SDGs、とかね。。





だから、頭ではわかってる。


しかし、


血は、わかってない。









え。血?!?!って思われたでしょうか。

私も書きながらこんなワードが
自分から繰り出されるなんてという

軽い衝撃とともにタイピングを
続けていますが。




いや、そうですよ、
血、はわかってないんですよ。





脈々と受け継がれてきた血、は。

そこにある記憶は。

私たちの身体の中には
私たちが昭和世代として感じた
体感とともに、

汗水たらした血とともに、





みんなと同じでなければならない、
足並みそろえることが大事、
こういう時はこうしようという
パターン学習こそ身を助ける、

という種類の血が・・生きています。ええ。





その血がですね、


こういうときは→こうする、に
慣れ親しんでしまった血がですね、





自分はこういうふうに思うけど、、、っていう

フツーに過ごしていたら
見過ごしそうな自分だけが感じる

小さな違和感とか


こうしたら→こうなんて

そうかもしれないけどそうじゃない道も
あるんじゃないの?っていう

小さな好奇心みたいなものとか



幼児みたいになんでこうなるの?
なんでそうしなきゃいけないの?
こういうやり方もあるかもよ?

って思いつくままにわ~わ~湧き上がるように
 


しかも
ライトにそれを言ってのける気軽な自分の声、


をですね、




その血が、じゃまするんですよ。






んなあこたあ、思ってもろくなことがないぜ、

いいから右向け右しておき、

みんなと違ったら危ない目にあうぞ、

どうせあなたの声なんて聞かれないんだから
言っても無駄・・etc..






もう過ぎ去った昭和、大正、、、、

そのあたりから流れてる血がね、
あなたを必死に守っていい方向へ導こうと

ささやいてくるんですよ。







何がいいたいのかというと、

わたしたちは今までの時代、と
違う時代に生きているにもかかわらず、

今日という日は
昨日という日とは全く別の日にもかかわらず、





同じパターンで
同じようにいかせようと

してしまいがちです。



そしてそれを一度学習したら

やっぱりこれが正解だよね、と
いわんばかりに

それをくり返してしまいがちです。

だって、安全だもんね。
間違いない、って学習してるし。





だけども

昨日通用したことが
今日も通用するとは限らないし


こうしたら→こうなるっていう

再現性のある最大公約数みたいなものは
発見できるかもしれないですが




それが

あなたの生活で
あなたのケースに当てはまるかなんていうのは

まったく別の話なのです。





なので、

もし自分が
こうしたら、こうなるよね、とか

こういうときはこういう風に
答えておいたら安全だよね、とか


何らかのパターンを繰り返してるなって
気づくことができたら。




本当にそうか?

私の場合はどうなのか?




ちゃんと、自分に聞いてみてください。







長女の中学受験関連の
教育座談会みたいなものを聞いていても

あーでこーで、
で、どうすればいいの??っていう

「How」を聞いてつぶしたからって
またその「How」を聞くでしょうよ、、、っていう



質問の多いこと、多いこと。

(正直うんざりする、自分の子を見てないで
外側を見てるんだよね、正解パターンがほしいの。
しかし、焦るとそうなる気持ちもわかる。)





子育て界隈では

ママの要望はIメッセージで伝えましょう、とか
こういうふう場合はこうしましょう、とか


え、それ言い切る?!って
疑問に感じちゃうような投稿だったり

質問解答だったり、なんかモヤっとすることも。






だからね、


その、古い血は脈々とつがれていくから
こうしたら→こうなるかな?って

そこにしがみつこうとしてる自分に気づいたら




おおう、わたしの優秀な血がまた
がんばってくれているぜいい、と思いつつも

古いパターンは自分から手放して





わたし、どうしたいんだろな、


それをすることで

どんな状態になりたいのかな、って

ちょっとでいいから
自分の本心に聞いてみてほしいなって思います。





どうする?どうする?
こうする?ああする?はキリがないからね。





学びを生かす視点と手放す視点、

両方あっていい、けど

バランスなのかもしれないね。





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