遅くなりましたが2020年初投稿です。

ブログは今年も不定期にでも更新していきたいと思います。
昔の私のように悩んでいる人に届きますように、と思いながら書いていきます。

※20:10追記
アメトピに載ったみたいです。
いつも来てくださっている方、今回アメトピから来てくださった方、ありがとうございます!
「いいね」やコメント、メッセージ、全部とても嬉しいです。
反論でも批判でも嬉しいです。
反論批判は考えるきっかけになりますし、知る人が多くなればその分子どもたちの未来が良くなると信じてます。


イルカイルカイルカイルカイルカイルカイルカイルカ
マレーシアで
「俺はまだ本気出してないだけ」長男18歳
毒舌だけど家族に甘い長女16歳
列に並ばない(並べない?)次男6歳
の3人を育てるワーママ美帆44歳です。
夫は単身赴任中!
最近流行りのグレイヘアはじめました。
やしの木やしの木やしの木やしの木やしの木やしの木やしの木やしの木

こういうブログを書いていますと
「優しいお母さんなんでしょうね」
と言われたりします。




「優しい」なんて言うと、子どもたちは大爆笑でしょう。


「スパルタ」
とか
「無茶ぶり」
とか
そんな言葉がわたしには似合います。



なぜ優しいように見えてしまうのか。
それは多分、「日本で生きづらかった息子を海外に連れ出したから」
そして
マレーシアやインター校の素晴らしさを語っているからでしょう。


そんなところに連れて行って「優しい」。
過分の評価です❤️❤️
子どもたちには笑われるでしょうが🤣



私は「障害は個人にあるのではなく、社会にある」と考えています。
そして、海外での教育を選びました。



それはなぜか???

海外なら日本より楽だから?



答えはNOです。
そもそも英語苦手なのに英語を学ぶのではなく英語で学ぶなんて大変以外の何ものでもない…


確かにマレーシアはADHDでも生きやすい国だと思います。
日本は障害が多い国だと思います。


でも、海外で学ばせているのは楽をさせたいからではありません。



日本だったら、
「個性です」
「無理をさせるのはやめましょう」
と言われて
努力出来る環境から遠ざかるからです。
私には、ADHD他…発達障害の当事者や親に、この想い、モヤモヤした感情があるように思えます。





「障害は個人にあるのではなく社会にある」
と言うのは
「周りが社会がなんでもしてくれて当たり前」
ではありません。
少なくとも私はそう捉えています。



本人が勉強したいなら勉強させる。
努力と結果は本人次第。


という、当たり前のことを前提としています。



インター校に入る前も
入ってからも
英語も英語で学ぶ各教科も
努力して努力して懸命になって
アルの今があります。


「なぜ成績が上がったんだと思う?」
ブログを始めた時に、私は彼にそう聞きました。


「うーん…日本では努力してなかったから。今は努力してるからだと思う」
彼はそう答えました。



ADHDだから、と言ってしまうと何もできないしできるようにもならない。


ADHDだから無理させない
それもひとつの選択肢。


でも私のポリシーは
ADHDのせいにするな
です。



アルが例え何かが出来なかったとしても
それはアルという一人の人間が苦手としていることである
ただそれだけなんです。


ADHDじゃなくても苦手なことは誰しもありますよ。
それがどこか、ってだけでしょう。


その上で、
近視なら眼鏡を掛ける。
それと同時に、例えば字を大きく書いてあげる。
前方の席に座らせてあげる。
それだけで勉強出来るなら、それをやって欲しい。


アルが一度で理解出来ないなら、
録音して彼が何度も聴けるようにして欲しい。
録音機器の持ち込みを許可して欲しい。


テストで物音が聞こえると集中出来ないから音を減らして欲しい。
例えば一人別室で受けさせて欲しい。


勉強したい子に勉強させる環境が欲しい。


何度かブログでもご紹介している記事です。
日本では、療育と教育が両立するのは難しいのが現状なのです。






彼が入学前にやったこと。
私がやらせたこと。

その一つ。

問題集の数をこなすこと。

中学から高校までの英語の問題集をひたすらやらせました。
間違えていても良い。



これで英語が出来るようになったわけではありません。
私は単に彼の努力を可視化してやりたかったんです。
「あなたはこれだけのものをやった」
「それは誇って良い」
と言ってやりたかった。



意味はありました。
彼自身も、自分がやり遂げた問題集の山を見て
「俺頑張ったよね」
そう言っていました。


やっている最中はスパルタでした。
最初の2ヶ月は完全に監視して隣に座ってやらせました。
ですがやり遂げた問題集が積み上がるようになると自発的にやるように変わりました。



そして学校に入学する時には、
わからないなら人に聞きなさい。
先生にわかるまで食いつきなさい。
わからないまま諦めるな。
どうしてもできない教科は捨てて良い。
でも自分がやりたい事なら努力しろ。
そう言って送り出しました。



彼は愚直なまでに先生に聞き続け
先生方も鬱陶しがらずに(たまには鬱陶しがられつつ)
根気よく彼に教えてくれました。



「ADHDだから無理」
とは、絶対に言われませんでした。




今アルは「すごく良い成績」ではありません。

でも悪くもありません。



偏差値35だったことから考えると、劇的な変化です。
いい先生。親身になってくれるチューター、寮のハウスマスター…皆さん彼のことを真剣に見てくれます。


もちろん日本でも良い先生にたくさん出会いました。
ですがどの先生にも余裕が無かった。
忙し過ぎた。


彼は日本では高校に入ることも叶わなかったでしょう。


どうせ出来ない
そんな顔をしたままでしょう。


自分の理解力の低さを嘆きながら
時折荒れながら
それでも努力する今のアルはきっと居なかった。




例えていうなら

近視の人は近づかないと黒板の字が読めないから前の方の席に座らせてもらう。
それが配慮です。

近視の人たちだけ集めて小さい字でも推測出来る範囲のことだけ学ばせる。もしくは近視で見えないんだから仕方ない、それは個性ですよ、と学びから遠ざける。
それが区別です。



日本がやっているのは区別です。

近視で考えるとおかしな話でしょう??
近視というのは一部分でしか無いのに、あたかもそれが全てであるかのように言ってしまう。
それが今の日本です。



この配慮か区別かという問題が
「障害がどこにあるのか」
ということだと考えています。

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