てなことで、もう父は十分頑張ったから、
少しでも傍にいてあげたいと思う。
ちなみに父は私に「7月10日までに、自宅に帰りたい」と、
小さな声で言った。
なぜ7月10日なのか・・・。
胃瘻を造ったのが6月10日だからかな。
なーんだ。
父はいつも自分で入院の期限を設定している。
最初は6月中だったが・・・。
私は父の行われている医療行為はすべてできるが、
実家に引き取るにしても、
介護休暇をいつまでも取るわけにはいかない。
それはその相談員にも言われた。
現実、足の悪い母もいるしそれは無理だと思う。
なのでどこぞの施設に行くことになると思うが、
父の自宅に帰るという希望は、
外泊という形でも叶えてあげたいと思う。
それは私の望みでもあるから。
特養で今みたいに頻回に吸引してくれるのか?
病院からいきなり施設に行って状態が悪くならないか。
色んな不安があるが、生きて今の病院から出られる事を前提に、
物事を進められるのは、本当に有難い事。
父の心配で体が硬直して背中のだるさや凝りが続くが、
生きてくれているからこそ、心配する事ができる。
父は5㎏痩せて40kgで骸骨みたいになってるけど、
それは父がしんどい中、生きて頑張った証し。
生きている証拠。
だから感謝なんだ。
父が誤嚥性肺炎を繰り返して、
熱が出て痰に溺れて、夜中もナースコールを押して、
苦しい吸引して貰って、十分な睡眠もとれない中、
ホントは作りたくない胃瘻を造る決心をして、
父は身をもって生き抜こうとする力を見せてくれた。
もう父の衰弱していく姿を見たくないと、
弱気になっていたが、そうじゃないと分かった。
父は必死で生きようと母の為に頑張っているのだ。
全力で父のサポートをしようと思った瞬間だった。